第9話
午前十時。
二時間目開始のチャイムが鳴り響く。
『ゲームスタートです』
恋人と親友を同時に失った恋々は、泣きはらした目で席に座っていた。
時折、愛美の持っていたハサミを見つめながら、また涙を流す。
ハサミから力也の血は既に拭き取られており、ステンレス色の光沢が恋々の朧げな瞳を映している。
力也は、そんな恋々に声をかけることもできず、一先ずスポーツマン組である他の二人と合流した。
「目、まだ痛むか?」
「少しな」
強から心配の言葉を受け取った力也は、軽く笑いながら左目を押さえる。
左目にはハンカチが当てられ、ガムテープによって固定されていた。
既に力也の左目は既に視力を失っており、鈍い痛みだけが残っていた。
強と剛が少しだけ安堵の表情を浮かべたところで、力也は本題を切り出した。
「さて、じゃあ考えるか。俺たちは、どうするのかを」
チャラ男組が全員脱落した以上、スポーツマン組である三人が次の脱落者の本命だ。
それ故に、スポーツマン組は身の振り方を決める必要があった。
チャラ男組とスポーツマン組の違いをあげるならば、スポーツマン組の三人は自己犠牲の精神を持ち合わせていることだ。
即ち、どうせ誰かが死ななければならないのなら、自分が犠牲になって一人でも多くの友達を救う方が良いのではないかという、高尚な精神だ。
一方で、三人全員が、未来に希望を持つ高校生でもある。
力也は陸上選手として、強は野球選手として、そして剛はバスケットボール選手として、日本を代表する選手となり、世界で勝負したいという夢があった。
幸い、力也も視力を失いはしたが、短距離走という競技において選手生命が立たれるほどの被害ではなく、未だ夢を追える位置に立ってはいた。
自分の夢と他人の救済。
三人の心は、揺れ動いていた。
自分たちは、どちらを選ぶのが正解なのかと。
そんなスポーツマン組を、男子生徒たちは注視する。
一時間目に一軍の男子生徒が髪を乱すことで容姿の点数を下げたように、スポーツマン組が大きく点数を下げてくることがあれば、二軍の男子生徒たちも死の圏内に入る。
それ故、スポーツマン組の行動によっては、スポーツマン組の真似をし、自分たちも点数を下げる必要があるのだ。
力也は、自分たちに刺さる視線の意味を知りながら、自分たちに期待されていることを知りながら、それでも強と剛の二人をまっすぐ見た。
「俺は、皆が助かるよう、全力を尽くすつもりだ。そして当然、俺も生き残るつもりだ」
一時間目の時点において、力也は自分が犠牲になっても構わないと考えていた。
しかし、友達の死を見て、そして愛美の手から飛んできたハサミという選手生命の危機という可能性を見て、考えを改めた。
夢を失いかけた力也は、自分の中で夢が大きく広がった。
誰かが死んででも自分が生きて、夢を叶えたいと願う程度には。
とはいえ、皆を救いたいという願望もまた事実。
「強、剛。君たちもどうしたいか、教えてほしい」
そう言い残した後、力也は立ち上がって、皆を救える可能性を持っているだろう人間の元へと向かう。
木理矢は忙しそうにパソコンを操作していたが、力也が近づいてきたことに気づいて手を止めた。
「なんだ?」
「パスワードは、突破できそうか?」
「無理だな。一応マクロを組んでパスワード入力を自動化しようとしてみたが、学校のポリシーが実行を邪魔してくる」
「ポリシー?」
「簡単に言うと、できることを制限してるんだよ。学校支給のパソコンから、生徒が勝手にエロサイト見たりできたらやばいだろ?」
「よくわからないが、パスワードの突破がすぐにはできないということはわかった」
力也は、自力で全員を救うことができないと自覚していた。
そもそも力也はスポーツの方面で高い実力を発揮できる存在であり、勉強は人並み、デジタルに至ってはスマートフォンのSNSがギリギリだ。
学校のシステム全体を相手に、敵う見込みなどなかった。
だから、力也にできるのは、システムと戦えそうな相手に期待することだけだった。
そのうちの一人が木理矢である。
次に力也は、期待する残り一人にも視線をやる。
木理矢が一軍二軍に振り分けず、三軍を口にしても決して名前を挙げなかっただろう、一人のソロプレイヤーに。
一人の男子生徒は、教室の最後列の席に座ったまま微動だにせず、じっと教室全体を見渡していた。
力也は、その男子生徒と仲が良いわけではなかったが、自分とは違う方向で才能があることを知っていた。
さらに言えば、デスゲームが始まって以降、一度たりとも怯えていないことに期待をかけていた。
デスゲームを恐れていない理由に、現状を打破する可能性を見出していた。
「やあ」
「…………」
「何を見てるんだい?」
「…………」
が、力也が声をかけても、男子生徒は口を開かなかった。
力也に気付いているが、反応するに値しないという態度。
「はあ……」
何度か呼びかけた後、力也は諦めて強と剛の元へと戻った。
「お疲れ」
「どうだった?」
「今のところ、皆が助かる方法は見つかっていないことがわかった。少なくとも二時間目の終わりには、また誰かが死ぬことになるだろうな」
「そうか」
力也の言葉に、強と剛は顔を見合わせ、決意を込めた表情で力也を見る。
「力也。俺たちも、皆に生きてほしい。だが、自分が生き残るために、最善も尽くすことにした」
「皆が助かる方法を探しながら、正々堂々、このデスゲームを戦うことにした」
先の力也からの問いかけに対し、二人の回答は、力也の決意と同じだった。
正々堂々。
それこそが、三人の生き方であり、人生だった。
「そうか」
力也は、強を見る。
髪をボサボサにしている力也と剛と違い、野球部の強は坊主頭だ。
ショートカットの叉銅以上に、髪形をいじる余地などない。
一時間目までは、叉銅という強者がいたから死んでいないだけで、次に死ぬ最有力候補は間違いなく強だ。
力也の視線の意味を察した強は、ニカッと笑い、親指を上に立てた。
「さっき言ったろ。正々堂々。どっちが死ぬことになっても、恨みっこなしだぜ!」
穏やかな教室の中、三人がデスゲームという場にそぐわない青春を繰り広げる。
ところで、現時点で教室の雰囲気がやや穏やかなのは、次に死ぬ人間が確定しているからに他ならない。
男子生徒は、スポーツマン組の三人が死ぬと決まっているのだから。
スポーツマン組が何をしようとも、二軍の男子生徒たちはスポーツマン組の真似をすれば生き残れるのだから。
一時間目と同じように。
そう、真似ができれば。
「力也、剛。これが、俺の覚悟だ!」
強は、覚悟を決めた目で机の前に立った。
「うおおおおおおおおお!!」
そして、顔面を思いっきり机に叩きつけた。
額の皮膚が裂け、血が机にべっとりと付着した。