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第7話

 愛美、恋々、情の三人は、自分たちの席に戻っていた。

 物理的に離れることで、他の生徒たちに三人は相談などしていないという状況を見せる演出だ。

 

 愛美は、自分の席で時を待っていた。

 時々、情の方に視線を向けるが、情もまた席に座って机に視線を落としている。

 完全に、諦めた者の姿だった。

 

(さすが情ね。これなら、絶対上手くいく)

 

 情の姿は、教室全体の雰囲気にも影響を及ぼしていた。

 自分が死ぬなどと思っていなかった三軍はもとより、一軍が容姿を乱せば自分たちも死ぬ可能性があると考えていた二軍も、情を見て手を止めた。

 

 一軍である情、愛美、恋々が何もしないのであれば、二軍が死ぬことはない。

 それは、SHR後のディスプレイに映った点数が物語っている。

 二軍の生徒たちは、自分が死なないことを確信し、容姿を悪くする行動から校長のアカウントにログインする行動へと切り替えていた。

 自分が生き延びるため、ほんの少しでも高い可能性に縋った。

 

 愛美が時計に目をやると、時刻は九時四十一分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十二分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十三分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十四分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十五分。

 情は、未だに動かない。

 

(大丈夫……よね?)

 

 死ぬ人間が決まるまで、残り五分。

 情の作戦は、授業の終わる一分前に一気に動くこと。

 しかし、いざ現実にタイムリミットが近づいてくると、愛美は冷静でいられなくなっていった。

 焦りから立ち上がり、情の元と向かい、情に耳打ちをする。

 

「ね、ねえ。ちょっと早いけど、そろそろ」

 

 近づいてきた愛美を、情は叱るように言う。

 

「まだ、五分もあるわ。真似されちゃうでしょ」

 

「そ、そう……よね……」

 

 愛美と同様の想いは恋々にもあったようで、恋々も情の元へとやってくる。

 金呉をセットにして。

 

「頼む! 死ぬなんて言わないでくれ! 頼むよ恋々!!」

 

「もー! ちょっと黙っててよー!」

 

 恋々に対しても、情は同様の返事をする。

 愛美も恋々も、情の作戦を聞かされていない以上、待つしかなかった。

 

 時刻は九時四十六分。

 情は、未だに動かない。

 

 愛美が情を見るも、情は目を瞑っている。

 その内心を、愛美は読めない。

 

 時刻は九時四十七分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十八分。

 情は、未だに動かない。

 

 時刻は九時四十九分。

 情は、未だに動かない。

 

 情は、約束の時間を過ぎても動かなかった。

 

「ちょっと! 作戦は!? 作戦はどうなってるの!? 早く教えて! 全員を出し抜く前に、私たちが死んじゃうじゃない!」

 

 約束の時間を過ぎても動かない情を見て、愛美の感情は決壊した。

 黙っていようと約束した作戦を口にし、教室中の視線を集めた。

 

 数多の視線の中、情は愛美を見て、面倒くさそうに溜息をついた。

 

「嘘よ」

 

「……嘘?」

 

「そ。私が生きるための嘘」

 

 情の言葉で、愛美は情の作戦を理解した。

 情が他の生徒を出し抜く作戦など立てておらず、愛美と恋々に作戦があると伝えることで、愛美と恋々が自分の容姿を悪くしないようにしたのだと気づいた。

 出し抜かれたのは、自分たちだったと気づいた。

 

 作戦の何もしないには、容姿を悪くすることも含まれていた。

 死ぬ覚悟を決めた振りをする以上、容姿を悪くすると振りだとばれる可能性がある、という建前の元。

 

 全部全部、情が確実に生き残るための、情のためだけの作戦だった。

 

「馬ー鹿」

 

「ああ……ああああああああああ!?」

 

 愛美は叫んだ。

 情への恨み言もあったが、それ以上に、このままでは三十秒後に自分が死ぬことを理解して。

 

「ああああああああああああ!?」

 

 呆然と立ち尽くす恋々の目の前を走り抜け、愛美は髪を掻きむしりながら、自動ドアに向かって走った。

 自動ドアに体当たりをし、びくともしない自動ドアに跳ね返されて仰向けにひっくり返る。

 すぐに起き上がって自動ドアを殴りつけても、自動ドアはびくともしない。

 

「いやあああああああ!?」

 

 時計の秒針が示す、残り二十秒。

 

 自動ドアから出るのを諦め、窓を割って逃げ出そうと、愛美は走った。

 が、途中で机と接触し、机と椅子を巻き込んで教室の床に転倒した。

 机の中に入っていた教科書が床にぶちまけられ、筆箱からペンや消しゴムが散らばる。

 

 床に伏した愛美は、涙があふれだす目で情を見た。

 

 情は、愛美をじっと見つめ、気色の悪い笑みを浮かべていた。

 情の唇が動く。

 さよならと言っていることを、愛美ははっきりと読み取った。

 

 時計の秒針が示す、残り十秒。

 

「情おおおおおおおおお!!」

 

 愛美は叫び、床にへばりついたまま、手を情に向かって伸ばした。

 溢れ出る涙が、情の姿をぼやけさせる。

 

「ありがとね。愛美のおかげで、私は生き残れるわ。あははははは!」

 

 情はクレバーに馬鹿をやってきた。

 愛美と恋々から嫌われないように。

 言い換えれば、いなくなる人間相手に、馬鹿を演じる必要もない。

 

 愛美の伸ばした手は、ぺたりと地面に落ちていくだけ。

 高笑いを始めた情に届くはずもない。

 代わりに床に転がっていたハサミに触れた。

 愛美が倒した筆箱から転がったハサミに。

 

「う……ああああああああああああ!!」

 

 愛美に、もはや思考力など存在しなかった。

 

 体が動いた理由は、ただの本能。

 愛美は触れたハサミを手に取って、自分の髪を容赦なく切り刻んだ。

 

「あっははははは……は?」

 

「ああああああああああああああ!!」

 

 生への執着が、体を動かす。

 愛美の持つ無意識が、生きるために体を動かす。

 

 愛美の赤い髪の毛が、床へ容赦なく落ちていく。

 髪は女の命という言葉が真実であれば、愛美の命は半分以上消えただろう。

 

 午前九時五十分。

 教室にチャイムが鳴り響いた。

 

『結果を発表します』

 

 スピーカーから機械音声が流れた。

 

『ディスプレイをご覧ください』

 

 ディスプレイに映る顔写真は、SHRの時と同様、二つ。

 

 黒夜叉銅。

 そして、真鍋情。

 

「……は?」

 

 動きが止まったのは、情である。

 ディスプレイに釘付けとなり、瞬き一つできなくなった。

 

 情の計算では、ここで死ぬのは愛美だ。

 そして、二時間目で恋々だ。

 しかし、髪を出鱈目に切った愛美と、金呉に全身を揺らされしがみつかれ髪がボサボサになった恋々の点数は、情の点数を下回っていた。

 情もまた、情の作戦によって自身の容姿を悪くする手を止めていた。

 それ故の、結末。

 

『男子生徒は黒夜叉銅、女子生徒は真鍋情に決定しました』

 

 機械音声の発表が耳に入った瞬間、情は叫んだ。

 

「ふざけんな! なんで私なんだ! あんたみたいな馬鹿が生き残ったところで!」

 

 叉銅は、青ざめた表情で自身を見てきた金呉に、穏やかな笑顔で言った。

 

「お前は、ゆっくり来いよ」

 

 赤いレーザーが、叉銅と情を打ち抜いた。

 

 叉銅は穏やかな表情で、情は鬼のような形相で、床に倒れて絶命した。

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