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第6話

 最も死に近い一軍の行動は、大きく二パターン。

 自分の見た目を悪くして容姿の点数を下げようとするか、教師の言っていたパスワード総当たりをするか、だ。

 

 ただし、後者を実行している生徒は既にいない。

 パスワードの条件は、長さが八文字以上十六字以上であり、使える文字が数字と英字と記号。

 仮に、数字と英語の八文字だけを総当たりしようとした場合、全部で三十六の八乗通り。

 およそ二兆八千億通り。

 とても現実的ではないと気づき、総当たりに動いていた手はすぐにとまった。

 

 そして今、一軍の生徒たちは、整っていた髪を掻きむしってグシャグシャにしていた。

 

「なあ、どうだ?」

 

「あんま変わんねえ!」

 

「ちくしょお!」

 

 金呉と叉銅は、髪をグシャグシャにした後、互いに容姿を評価し合って容姿の良さが隠し切れない現実に悔しがっていた。

 特に苦しんでいたのは、叉銅だ。

 金呉は髪を長くのばしていたため、寝ぐせのようなデザイン性のない癖を作りやすかった。

 対して叉銅はショートカットであり、サラサラとした髪質が影響して癖を上手くつけることができていなかった。

 叉銅が髪を触る度、指の隙間を通り抜けた髪の毛がサラリと靡き、心配そうに見つめている女子生徒たちの心臓を高鳴らせた。

 

 困っていたのは、ギャル組の女子生徒三人も同様。

 

「やー! ホント無理ー!」

 

 ピンク色のツインテールがトレードマークの鳩がはとがはら恋々(れんれん)は、ツインテールをほどいた後、前髪をゴム紐で束ねて見たり、チョンマゲのような髪形にしてみたりと、順調に容姿を崩していた。

 ただし、崩すたびに鏡で自分を見て、自分の不細工さを嫌がって叫びながら。

 

「ああ! 五月蠅い!!」

 

 そんな恋々にイライラとした声をぶつけながら、愛原あいはら愛美まなみは自身の赤いショートカットを掻きむしる。

 容姿を崩すためではなく、容姿を崩せない苛立ちをぶつけるために。

 叉銅と同様、手入れなどなくてもサラサラとしていた自慢の髪が、ことルッキズムデスゲームにおいては大きく足を引っ張っている。

 

「もう! なんでよ! ボサボサになりなさいよ! もう!!」

 

「お、落ち着いて愛美」

 

「うるさい! 落ち着いていられるわけないでしょう!」

 

 真鍋まなべこころがいつも通り愛美を落ち着かせようと手を伸ばすも、愛美は手を振って情の手を近づかせなかった。

 情はそんな愛美の様子を悲しそうな目で見た。

 

 チャラ男組とギャル組。

 その中で、最も落ち着いているのが、情だ。

 情はディスプレイに流れる全生徒の点数を眺め、現時点で、自身が女子生徒の中で上から三番目であると知った。

 つまり、順当にいけば一時間目で死ぬのは愛美、二時間目で死ぬのは恋々。

 三時間目で、情の番が回ってくる。

 情は、依然死の圏内ではあるが、一時間目という時間を、生き延びるためでなく攻略法を考えることに使うことができていた。

 

 情は頭を回す。

 退学にならないように、警察の世話にならないように、そして愛美と恋々から嫌われないように、情はクレバーに馬鹿をやってきた。

 その経験から得た知恵を、自分が生き延びるために回す。

 

「愛美! こういう時だからこそ、落ち着くの。映画とかのデスゲームだと、焦った人から死んでいくの。絶対攻略法があるから、考えよ。ね?」

 

 情は決して引き下がらず、愛美に対話を持ちかけ続けた。

 

「……でもぉ! 攻略法なんて、わかんないわよ! あたし馬鹿なんだから! 思いつかないわよ!」

 

 情の言葉に愛美は大粒の涙を流し、泣き喚き始めた。

 姉御肌でありながら、一度感情がゆすぶられると感情に引きずられ幼児退行してしまう愛美の性格は、デスゲーム下においても変わらなかった。

 

 情はそんな愛美を抱きしめて、愛美の耳元でそっと囁く。

 

「大丈夫。私に一つ、アイディアがあるの」

 

「え!? それって!」

 

「でもそれは、ギリギリにしか使えないの」

 

「……なんで?」

 

「周りを見て?」

 

 情の言葉に従い、愛美は教室を見渡す。

 一軍の生徒たちは必死で容姿を悪くしようと焦り、二軍の生徒たちは一軍の様子を観察しながら一軍の真似をして、三軍の生徒たちは何もしていなかった。

 

「わかった?」

 

「何が?」

 

「私たち、真似されてる」

 

「……っ!」

 

 真似するなと怒鳴りつけようと動く愛美を、情は腕を引いて止める。

 

「落ち着いて。続きを聞いて。もしも、今すぐ私のアイディアを使えば、すぐに真似されて、私たちの誰かが死ぬことになっちゃう」

 

「…‥‥い、嫌」

 

「だから、ギリギリにだまし討ちをするの。諦めたふりをして、授業時間の終わる一分前に一気に動くの」

 

「わ、わかった」

 

「大丈夫。私を信じて。私が必ず助けるから。私の大切な親友を、こんなところで死なせたりしないから」

 

「こ、情お!!」

 

 ギャル組の危機は、いつだって愛美の行動力か、情の知識量で乗り越えてきた。

 情は愛美を優しく抱きしめて、愛美も情を強く抱きしめ返した。

 

「ちょっと、何!? 二人で何してんのよ! ねえ?」

 

 情と愛美が抱き合っているのを見た恋々は、焦った表情で二人の元へやって来た。

 仲間外れは嫌だという一心で。

 

 情は、恋々にも同じ話をし、恋々もまた情の提案を受け入れた。

 

 三人は立ち上がり、また三人で抱きしめ合う。

 教室の生徒たちに聞こえるように、決められた言葉を口にする。

 

「せめて最後は、皆で一緒に」

 

「うん」

 

「あたしたち、親友だもんね」

 

 諦めの言葉を。

 

 表情は、時に雄弁に言葉を語る。

 だから三人は、しばらく俯きながら抱き合って、表情を周囲から隠した。

 誰にも作戦がバレないように。

 

 諦めの言葉を口にした三人に対し、慌てたのは事情を知らないチャラ男組の二人である。

 髪をボサボサにする手を止めて、金吾は恋々のところへと走り、恋々の肩を揺さぶる。

 

「おい! 何言ってんだよ!? 諦めんじゃねえよ!」

 

 突然のことに恋々はギョッとした表情を浮かべ、すぐに三人の約束を思い出して、目を閉じ俯いた。

 

「いいの。私のことは、気にしないで」

 

「ふっざけんな! 気にするに決まってんだろ!」

 

 金呉と恋々は恋人同士。

 恋人の死への諦めに対し、金呉の動揺は当然である。

 

「本気なのか? 情、愛美」

 

「うん。もう決めたの」

 

 焦った声で説得する金呉に対し、叉銅は冷静に情の目を見た。

 そして、情の瞳の中にたくらみが含まれているのを察した。

 

「そうか」

 

 叉銅はそれ以上何も言わず、情の元から離れ、髪をボサボサにする作業に戻った。

 

「生きろ! 生きるって言えよ!」

 

「生生生生生生!? 頭ぐわんぐわんー!」

 

 金呉は、自身の容姿を崩すことも忘れ、恋々を必死に説得していた。

 一方の恋々は、情と誰にも話さないことを約束した以上、口を開かずにどうやって金呉を止めればいいのか悩んでいた。

 

 

 

 時間は、刻々と経過していく。

 

 時計が、午前九時四十分を指した。

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