第5話
午前九時二十分。
一時間目が終わる三十分前。
授業の行われない教室の中では自分の席という概念が崩壊し、各々がいたい場所へと陣を作っていた。
教師の言った通りパスワード総当たりを試す者、迫りくる死の恐怖に怯える者、行動は様々だ。
木理矢の周りには二人の男子生徒――林平と中野森生が座っていた。
林平は相変わらず口を開かずにパソコンを操作する木理矢の姿をじっとみつめ、森生は緊張のあまり何度も瞬きをしながら教室をきょろきょろと見渡している。
作業に一区切りがついた木理矢は、パソコンを操作する手を止め、教室内を軽く見渡す。
「いつものグループに分かれたって感じだな。チャラ男組とギャル組は、やっぱ一緒にいるか」
「チャラ男組?」
木理矢の言葉に、森生が首をかしげる。
「ああ」
当然、学校のグループ分けとして、チャラ男組やギャル組と言った定義はない。
これは、木理矢が勝手にグループ分けし、勝手に名前を付けただけにすぎない。
木理矢は教室に固まるグループを指差しながら、持論を展開していく。
「あれが、チャラ男組とギャル組」
指差す先には、男子生徒二人と女子生徒三人の五人組。
男子生徒は、先程木理矢と衝突した、金呉と叉銅。
女子生徒は三人とも、校則でギリギリ許されない程度の化粧と制服の着崩しをしており、派手な金呉と叉銅の横に並んでも遜色ない。
そして全員、顔が良い。
つまり、全員が次で死んでもおかしくない脱落候補。
「あれが、スポーツマン組」
次に木理矢が指差す先には、男子生徒三人組。
そのうちの一人は、先程木理矢と話していた陸上部エースの力也。
残りの二人は、野球部エースの小谷強、そしてバスケットボール部エースの桜田剛だ。
全員が身長百八十センチメートルを超えており、運動部だけあって身体も引き締まっている。
さらに言えば、顔が良い。
つまり、全員が次で死んでもおかしくない脱落候補。
「あっちが、真面目組」
次に木理矢が指差す先には、女子生徒二人組。
書絵の死体の周りから離れず、未だに涙が止まっていない文音と記紅。
書絵の親友二人にして、書絵同様教師からの信頼が厚い優等生二人だ。
ギャル組にこそ容姿は劣るが、平均と比べれば化粧など必要としないほど優れた容姿を持っており、ギャル組がいなければ脱落候補だ。
「ここまでが、カースト一軍」
「い、一軍?」
「で、二軍は男子の普通組と女子の普通組、後は水泳部組と仲良し組」
男子の普通組は、男子生徒三人。
女子の普通組は、女子生徒三人。
水泳部組は、男子生徒三人。
仲良し組は、女子生徒三人。
誰に何を思われるかなど気にも留めず、木理矢は次々と指差していく。
「で、三軍が」
「も、もう大丈夫だから!」
三軍という言葉が出た時点で、森生は焦って木理矢の言葉を止めた。
森生は、木理矢が二軍の説明をしている時点で、木理矢たち三人に強い視線が刺さるのに気づいていた。
二軍までであれば、言い換えれば平均とも言えるため、木理矢たちに向けられるヘイトも適量で済むだろう。
だが、三軍となれば明確な侮蔑だ。
森生は、木理矢が三軍の名前を口にすることで三軍とトラブルになるのを避けた。
もっとも、一軍二軍を示し切った以上、必然的に指されていない生徒たちが三軍以下という扱いになるのだが。
言葉を遮られて不満そうにする木理矢に、林平がそっと耳打ちをする。
「ち、ちなみにぼくたちって」
「三軍の陰キャ組」
「あ、えと、うん。そう……だよね」
木理矢の言葉を聞いていた三軍の生徒たちは、金呉と違い木理矢へと突っかかることはなかった。
理由は二つ。
木理矢が三軍と呼んだことを不愉快に感じたとしても、相手に面と向かって文句を伝えに行くような性格ではないから。
そしてもう一つは、木理矢の言葉がルッキズムデスゲームによって下された評価と概ね合致していたから。
つまり、この場において口を挟めない事実であったから。
教室に備え付けられたディスプレイは、脱落した書絵と銀河の顔写真を写すのをやめ、黒い背景に白い文字を永遠とスクロールして流していた。
白い文字は、名前と数字。
つまり、SHRのゲームで評価された、教室にいる生徒全員の容姿の点数だ。
名前と数字は、残酷に生徒たちを区別していた。
区別によって起こったのが、完全な分断。
自身の死をほとんど確定と捉え、恐怖し、どうやれば生き延びれるかを必死で考える一軍。
一軍が全員死んだ後、つまり六時間目以降に六分の一というサイコロ並みの確率で死ぬ可能性があり、残された時間を目一杯使って生存確率を上げようとしている二軍。
デスゲームが翌日にまで継続されない限りは、天地がひっくり返っても死ぬことのない安全圏の三軍。
ところで、デスゲームの終わりが明言されていない現状において、翌日にまで継続される可能性を考えている生徒は少なかった。
もしも下校時刻を過ぎても生徒が帰宅してこなければ、生徒の保護者は間違いなく学校へ連絡を入れるだろう。
生徒の保護者が学校へ連絡を入れれば、連絡がつながらない事実に不思議がるだろう。
不思議がった保護者は、現地へ駆けつけるか、警察に我が子が返ってこないと相談するだろう。
現地に到着した保護者と警察は、入ることのできない校舎を前に、生徒たちが閉じ込められていることを察するだろう。
そうなれば、生徒の監禁という事件を解決するため、警察は急いで外部からの強制解錠を行うだろう。
事実、別の学校でシステム異常により閉じ込められた生徒が、警察到着から一時間で解放された前例がある。
だからこそ、デスゲームの勝利条件は今日を生きることだと、生徒たちの中で共通認識があった。
それはつまり、このルッキングデスゲームが、三軍の生徒たちが一軍全員の死を見届けた後、二軍の誰が死ぬかを眺めるゲームであるという結論に収束する。