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第3話

『ゲームスタートです』

 

 午前九時。

 本番の始まりは、悲痛な叫び声から始まった。

 

「銀河!? おい、銀河!!」

 

 金呉が倒れた銀河を抱え上げ、体を揺らす。

 

「冗談だろ? おい! おい!!」

 

 その後ろから、黒夜くろやしゃ叉銅あかがねも叫ぶ。

 いつも放課後に三人で集まり、馬鹿をやっていた悪友三人。

 金呉と叉銅は、銀河の死をこの場の誰よりも悲しんだ。

 

「書絵! 書絵!!」

 

「起きてよ! 書絵えええ!」

 

 書絵の親友二人――尾形おがた文音あやね片岡かたおか記紅きくも、書絵の死体に縋りついて泣きじゃくる。

 書絵の体から流れ出る血でスカートが赤く染まるのも気にせずに、ただただ書絵の死を嘆く。

 

 他の生徒たちはと言えば、さっきまで生きていた同級生が死んだ事実を受け止め切れず、大半が口を開けたまま固まったり呼吸が荒くなったりと、動揺が溢れ出ていた。

 

「……許せねえ」

 

 涙を流し尽くし、真っ赤になった目で最初に動いたのは、金呉だった。

 直情的な金吾は、自身の感情一つで手と足が動く。

 それは時に行動的と評価され、時に短絡的と評価される。

 

 金呉は一つの机の前へと向かい、その席に座る男子生徒一人の首根っこを掴み上げた。

 

「てめえがやったんだろ! 根暗やろう!!」

 

「ひぃ!? え……? え……?」

 

「しらばっくれんな! こんな手の込んだことできんの、毎日最初に学校来てるてめえ以外考えられねえんだよ! コツコツコツコツ、しこんでやがったんだろ!」

 

「ち……違……」

 

 金呉に首根っこを掴まれた男子生徒――土田つちだ林平りんぺいが、苦しそうな表情で金呉の手首を掴む。

 だが、筋トレによって人並みの筋力を維持している金呉に対し、読書を趣味として筋肉どころか脂肪も少ない林平の抵抗は、あまりにも無意味なものだった。

 金呉が林平を掴む力は弱まるどころか強くなっていき、金吾は逆の手で拳を握って振り上げた。

 

「銀河はなあ、いいやつだったんだよ。そりゃあ、時々すかしていけ好かねえところもあったが、一緒に騒いで、笑って、滅茶苦茶いいやつだったんだよ」

 

「苦……し……」

 

「てめえみたいな根暗野郎に、殺されていいやつじゃねえんだよお!!」

 

 金呉の拳が振り下ろされる、その瞬間。

 

「やめないか!」

 

 近くの席に座っていた男子生徒――はやぶさ力也りきやが金呉の手首を掴んで、拳が振り下ろされるのを止めた。

 

「やめろ馬鹿」

 

 近くの席に座っていた男子生徒――小暮こぐれ木理矢きりやが、金呉に膝カックンをした。

 

 膝カックンを受けた金呉は、膝に力を入れることができずに全身を下へと落とした。

 そして、手首を掴まれた力也の手に、ぶらりと支えられる形で止まった。

 

「てめえ! 何しやがんだ!」

 

 突然の不意打ちを受けた金呉の怒りは、林平から木理矢へ移った。

 ぶらりと支えられたまま金呉は木理矢の方へ振り向き、殺意を持って睨みつける。

 一方の木理矢は、金呉の視線などないように無視し、金呉から解放された林平の元へと向かった。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……。ありがと……」

 

「おい! 無視してんじゃねえよ!」

 

 木理矢の態度にさらに腹を立てた金呉は立ち上がり、やはり感情のまま木理矢へ近づこうとする。

 が、金呉の腕を掴んでいる力也がそれを許さず、さらに後から追ってきた叉銅によって、金呉の体はがっしりと固められた。

 

「おい! 離せ!」

 

 金呉は身動きが取れないと分かると、叉銅の拘束から逃れようと暴れながら、鼻息を荒くしながら木理矢を睨み続けた。

 林平に怪我がないことを確認した木理矢は、ようやく金呉に視線を向けた。

 

「何をしたかって? 馬鹿の暴走を止めただけだろ」

 

「誰が馬鹿だ! オタク野郎!!」

 

「お前だよ。暴力禁止のルールがある中で、暴力を振るおうとするやつを馬鹿と言わず、なんて言うんだよ」

 

「黙れ! 犯人はそいつだ! そいつが死ねば、デスゲームも終わるんだよ! 殴ったって、死ぬことはねえんだよ!」

 

 金呉の言は、願望が多分に含まれていた。

 木理矢は、理解できない金呉の思考に対して大きな溜息をつき、自身の頭を押さえた。

 そして、子供を諭すように口を開いた。

 

「まず、林平が犯人である証拠がない」

 

「馬鹿か! さっき言っただろ! 毎朝最初に学校に来てるそいつが、一番怪しいんだよ!」

 

「それは証拠じゃないし、誰もいない教室にいる時間が長いやつが怪しいなら、学級委員として誰よりも長く放課後に残っていた花野さんも怪しいということになるだろ」

 

「ますます馬鹿か! 花野は死んでんだよ! 死んだ人間が、どうやってデスゲームの準備なんてすんだよ!」

 

「昨日までは生きていただろ。昨日までで準備を終えることは、十分できる」

 

「じゃあ、なんで花野は死んでんだよ! おかしいだろ!」

 

「自殺願望と他殺願望があって、自分の死を以ってデスゲームの開始を考えていた、という仮説も立つが……、やめておこう。接点が少なかったとはいえ、亡くなった人間を悪く言いたくはない」

 

「なんで花野が自殺すんだよ! 花野が自殺なんてする訳ねえだろ! てめえらみたいなオタク野郎と一緒にすんじゃねえよ!!」

 

 教室全体に漂っていた悲しみの雰囲気は、少しだけ薄れていた。

 喚く子供がいれば、意識が子供へと映ってしまう様に、感情を振りまいた金呉がいたことで、生徒たちは冷静さを多少なりとも取り戻した。

 

 金呉を拘束していた叉銅の力が強くなる。

 

「頭冷やせ金呉! 銀河が……ああなっちまって泣きてえのは、俺も同じだが」

 

「なんだよ!」

 

「言ってることは、小暮が正しい。土田が花野と銀河を殺した証拠はねえし、土田を殴ってもデスゲームが終わる確証がねえ。暴力なんてふるったら、今度はお前が死んじまう!」

 

「そんな訳……!」

 

「俺に、この短時間で二人も親友を失えって言うのか?」

 

 叉銅の切実な叫びに、金呉は動きを止めた。

 叉銅の口にした未来を想像して、寂しそうな叉銅の表情が浮かび上がって、全身から力が抜けた。

 

 金呉、銀河、叉銅、三人の中で、最後まで冷静さを保てるのが叉銅だ。

 感情が決壊してもおかしくな現状においても、ストッパーとしての役目を全うし、金呉の暴走を止めた。

 

「くっそがあっ!!」

 

 金呉は、床に向かって残りの怒りを吐き捨てると、ドスドスと足音を立てながら自分の席へ戻っていった。

 席に座った後も、うつ向いたまま机を見て、歯をギリギリと噛みしめる様からは、その感情が容易にくみ取れた。

 

 金呉が大人しくなったのを見届けた叉銅は、金呉に首根っこを掴まれていた林平の方を向く。

 

「金呉がすまねえ」

 

 申し訳なさそうな表情をしつつも頭を下げることがない、叉銅から林平への呟くような謝罪。

 

「あ、いや……」

 

 口下手故に、三文字しか口にできない林平の代わりに、木理矢が口を開いた。

 

「ペットに首輪くらい、ちゃんとつけとけ」

 

 叉銅は申し訳なさそうな表情を止め、木理矢へと向いた。

 

「小暮。金呉も悪かったが、お前も言い方を考えろ。挑発するような言い方しやがって」

 

「懇切丁寧に説明して理解できる頭があるやつなら、もっと丁寧に言ってたさ」

 

「ふん」

 

 叉銅は木理矢に不満げな表情を向けた後、金呉の座る席へと戻っていった。

 途中、教室に置かれていた花瓶から花を二本抜き取り、一本を銀河、一本を書絵の死体の上に乗せて。

 教室から出ることのできない今、叉銅なりの精一杯の弔いだ。

 

 叉銅が去った後、林平は木理矢に小さく頭を下げた。

 

「あ、ありが……」

 

「別にいい。悪いのは、あっちだ」

 

「でも……」

 

「林平、お前は悪くない」

 

 木理矢は林平から顔を背け、授業用に配布されているノートパソコンを取り出して、電源を入れた。

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