第25話
「念のため、俺の周りを囲んでくれ。森生を俺に近づけさせないでくれ」
木理矢はカメラの下に立って、生徒たちに言った。
生徒たちは困惑しながらも、木理矢であれば何か考えがあるのだろうと、言う通りに木理矢を囲んだ。
「森生。命令のカラクリなんて、もうわかってる」
「だろうね。木理矢君は、強い人間だからね」
だが、森生は動くことはなかった。
既に木理矢が何をやるだろうことを理解したうえで、ただ儚げな笑顔で見守った。
木理矢はカメラに顔を向け、瞬きを何度も繰り返した。
森生がやっていたように。
時に長く瞑り、時に短く瞑る。
スピーカーから、機械音声が流れてくる。
『ピー』
『ダブリュー』
『ディー』
『スラッシュ』
『アール』
『オー』
『オー』
『ティー』
『スラッシュ』
羅列される文字列は、木理矢と森生にのみわかる内容を紡いでいく。
「ルートユーザーを使ってんのか」
「ルートユーザー?」
「深く考えるな」
木理矢が瞬きを繰り返せば、スピーカーから機械音声が流れてくる。
木理矢からの説明がなくても、生徒たちが状況にうすうすと気づき始めた。
「それって、モールス信号?」
「そうだ」
「カメラを使って、パソコン操作してんのか?」
「そうだ。サーバーのコンソールにコマンドを打ち込んで……説明が面倒だな」
『エス』
『エイチ』
『ユー』
『ティー』
『ディー』
『オー』
『ダブリュー』
『エヌ』
『システムを終了します』
生徒たちが見守る中、スピーカーから機械音声が流れた。
余りにも、あっけなく。
「え、終わり?」
誰かが呟いた。
「これで、本当に終わったのかい?」
余韻のない結末に、力也が木理矢に問う。
「ああ。本当に終わりだ」
「……さっきみたいに、また起動したりはしないのかい?」
「オーエスごと落としたからな。もうコマンドは受け付けない。パソコンからGUIコンソールに接続して、サーバーを起動すれば再起動はするだろうが」
説明をしながら、木理矢は森生を見る。
森生は、目を瞑ったまま天井を見上げ、満足げに微笑んでいた。
「今からパソコンを広げて、GUIコンソールに接続するのは無理だろうな」
「何を言っているかはほとんどわからなかったが」
力也の口角が上がっていく
再び、喜びをかみしめるために。
木理矢の言葉を求める。
「今度こそ、大丈夫なのか」
「ああ。今度こそ、デスゲームは終わりだ」
木理矢の言葉に安堵した力也は、両手を高く上げて、大声で叫んだ。
「皆! 今度こそ、本当に終わりだ!」
力也の声が、生徒たちの脳を起こす。
成り行きを見守っていた生徒たちは、力也の声で覚醒し、一人、また一人と両手を上げて喜びを叫ぶ。
「終わった! 今度こそ、本当に!」
「生き残った!」
「やったー!」
教室に転がる死体を見れば、完全勝利とはとてもいいがたい。
木理矢が一軍と呼んだ生徒たちのほとんどは死に、森生が目的を概ね達成していることを考えれば、敗北と言えるかもしれない。
だが、ルッキズムデスゲームは終わった。
その一点だけは、確実な事実であった。
皆が喜びにあふれる中、恋々は一人、速足で森生の元へと向かっていた。
そして、気配を感じて目を開けた森生の頬を、思いっきり引っぱたいた。
「この人殺し! あんたのせいで!」
森生は床に仰向けで倒れ、じんじんと染みる頬に手を添えた。
「痛い」
「金呉も! 愛美も! 情も! 痛いなんてもんじゃなかったわよ!」
恋々の行動で、生徒たちは気づいた。
デスゲームが終わった以上、暴力行為を行っても死にはしない現状に。
視線の先には、デスゲームを仕掛けた犯人が一人。
喜びが怒りへと変わっていく。
恋々の後は自分の番だと、森生にじりじりと近づいていく。
「おい、待て!」
これから起きるだろう森生への制裁を予測し、木理矢も森生の元へと急ぐ。
もちろん、止めるために。
ところで、正当な怒りで染まっているが故に、この場の誰も気が付いていなかったことが一つある。
ルッキズムデスゲームは、朝のSHRで二人、一時間目から六時間目でそれぞれ二人、合計十四人が死ぬ設計のゲームである。
つまり、教室内で壮絶な殺し合いでもない限り、半数以上が生き残ることが決定している。
そして、学校で支給された端末からしかアクセスできないネットワークへハッキングしている以上、ゲーム終了後に専門業者がシステムを解析すれば、ハッキングの際にアクセスした端末が判明し、芋づる式に端末の持ち主が即座に判明する脆弱性を持つ。
簡潔に言えば、ルッキズムデスゲームは、ゲーム終了後に確実に犯人が分かる仕組みだ。
であれば、犯人は、森生は、考えているはずなのだ。
ゲーム終了後の、自身の身の振り方を。
「そうだね。苦しかっただろうね」
「あんた……!」
「だから、罪は償うよ」
森生の言葉に反応したのは、一人だけ。
目を見開いて、人にも机にもぶつかることをいとわず、木理矢は走った。
「馬鹿野郎……!」
手を伸ばした。
停止したシステムは、あくまでもレーザーを発射するスイッチの一つでしかない。
レーザー自体は、今でも生きている。
生きて、次の命令を待っている。
森生は仰向けに倒れたまま微笑み、ポケットに入っていたスイッチを押した。
レーザーはスイッチからの命令に従い、森生の額を正確無慈悲に貫いた。
「ひっ!?」
突然、横を通過したレーザーに驚き、恋々はその場にしりもちをつく。
木理矢は、しりもちをつく恋々の横をすり抜け、倒れた森生の手を握る。
「馬鹿野郎……」
教室が開錠されたのは、午後三時二十五分。
夕方のSHRが開始される時間だった。




