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第24話

「君たちは、強い人間ってどんな人間だと思う?」

 

 森生は、木理矢の後ろに立つ生徒たちを見ながら言った。

 瞬きは既に止まっており、森生の感情から焦りが消えていることを示していた。

 

「一本橋君は言った。喧嘩が強いやつが、強い人間だって」

 

 金呉はすぐに手が出てしまう性格故、その行動を内心で正当化する理由を探していた。

 結果、辿り着いたのが、喧嘩の強さを人間の強さとするマインドだ。

 

「永遠君は言った。子孫を残して人類という種の繁栄に貢献できる人間が、強い人間だって」

 

 対し、銀河は喧嘩が弱い。

 そのため喧嘩の代わりに、子孫を残すこと、つまりモテと性欲の強さを人間の強さと考えていた。

 

「花野さんは言った。皆に優しくできる人間が、一番素敵な人間だって」

 

 書絵は周囲に、特に両親に優しくされて育った。

 そんな両親へ憧れ、両親の様に優しく、皆を救える人間になりたいと願っていた。

 言い換えれば、博愛主義とも言える優しさを人間の強さと考えていた。

 

 人間の強さの定義は、三者三様。

 ただし、思想の異なる三人に共通して言えることは、そんな自身の主張を声を大にして口にできる強さを持っていたことだった。

 教室の中で、教室内に誰がいようと、自身の意思をはっきりと示す強さを。

 

 長い学校生活で、森生の耳にも当然入った。

 

 森生は次に木理矢を指差す。

 

「そして、木理矢君。君は、自分の好きなことをし続けられる人間が強い人間だと思っているね。周囲の言葉も無視して、やりたいことだけをやれる人間が強いと思っているね?」

 

「深く考えたことはない」

 

「行動が示してるよ」

 

 森生は木理矢に指していた指を、最後に自分へと向ける。

 

「じゃあ、ぼくは? ぼくの強いところってどこ? ぼくは弱い人間ってこと? 生きてる価値がない人間ってこと?」

 

 森生は、喧嘩が強くない。

 森生は、モテたことがない。

 森生は、他人に優しくする余裕がない。

 森生は、自分の行動に自信が持てない。

 

 森生が集めた情報は、森生自身にお前は弱い人間だという事実を突きつけ続けていた。

 

「そんなことはないだろ。お前は、自分でゲームを作れるくらい、パソコンが好きだろ」

 

 長所とは常に、自分よりも他人の方が見つけやすい。

 森生と長く付き合った木理矢は、率直な想いを告げた。

 

 だが、それは森生が凶行に至った理由そのものだった。

 

「パソコン……。パソコンね……。あは、あははははは!!」

 

 森生は両手で顔を押さえ、上を向いて笑った。

 感情を発散させるように、恨みつらみの言葉を言葉という形にさせない様に。

 

「あはははははははは!!」

 

 笑って、笑って、笑って。

 

「……もう、作れなくなっちゃったよ」

 

 泣いた。

 

「パソコンばっかやってるやつは気持ち悪いんだってさ! パソコンオタクは犯罪者予備軍なんだってさ! 二次元に嫁がいるやつは性犯罪者予備軍なんだってさ! そんな犯罪者の、どこが強いんだよ!! パソコンに触る度、何度も何度も何度も何度もその言葉を思い出すんだ! 手が震えるんだ! 何もできなくなるんだ!!」

 

「そんなことを、誰が」

 

「誰でもいいだろ!!」

 

 乾いた叫びが、教室を満たす。

 余りに痛々しい言葉に、教室にいた生徒たちは怒りを忘れ、森生の懺悔にただ聞き入った。

 

「ぼくも木理矢君みたいに強かったら! そんな言葉無視できるくらい強かったら! でも、無理だった! 恐くて恐くて! 悔しくて悔しくて! そんなこと言うやつらが憎たらしくて! でも何もできなくて! ぼくは……弱い!!」

 

 森生はピタリと言葉を止め、顔を覆っていた手を離す。

 森生の目から流れていた涙は止まっており、泣きはらして赤くなった目で木理矢を見た。

 

「だから、決めたんだ。強くなろうって。強いやつをぼくの手で殺すことができれば、それはぼくが強いってことだろう?」

 

 音もトーンも落ちた声で、森生は呟いた。

 背中を丸め、トボトボとした足取りで自身の席まで向かい、着席した。

 

「これ以上、殺せないんならもういいよ。皆で一緒に死ねば、ぼくも皆と同じくらい強いってことなんだから」

 

 森生の動きが止まるとともに、我に返った他の生徒たちが動き出す。

 森生の席を囲んで、口々に森生をののしり始める。

 

「お前、そんなくだらない理由で!」

 

「止めてよ! デスゲームを止めてよ!」

 

「止めれるんでしょ! 早く止めてよ!」

 

 浴びせられる罵詈雑言に対し、森生はただ薄ら笑いを浮かべるだけだった。

 

「何を言われても、何も感じないや。もしかしてこれが、強いってことなのかな。ねえ、木理矢君?」

 

 的外れな返事に、生徒たちは口を止める。

 こいつには何を言っても無駄だ。

 そんな感情が、次の行動を阻害し、立ち尽くさせる。

 

「どいてくれ」

 

 そんな森生の席を囲む集団をかき分けて、木理矢が席の前へと立った。

 

「森生」

 

「何?」

 

「ここにいる全員に謝れ」

 

 木理矢からの提案に、生徒たちが目を見開く。

 

「そうすれば、俺はお前の味方をしてやる」

 

 生徒たちがさらに目を見開く。

 木理矢の言葉は、殺人鬼の味方をすると言っているのと同義なのだから。

 法治国家において、そして同義的にも、あり得ないことだ。

 

「木理矢君。それは、いくらなんでも無茶だ」

 

 力也が木理矢の肩に手を置いて説得をするが、木理矢は力也の方をちらりと見ただけで、すぐに視線を森生へと戻した。

 

「別に、森生を許せと言っているわけじゃない。行動の責任は当然とるべきで、デスゲームが終わったら警察に引き渡して罪を償わせる」

 

「だったら」

 

「でもな、犯罪を犯した人間であっても、一人は恐いんだよ。そんで、こいつは俺の友達だったんだよ」

 

 木理矢は森生をまっすぐ見る。

 森生もまた、俯いていた顔を上げて、木理矢の視線を受け止める。

 

「森生。言ったことはなかったが、俺はお前が友達になってくれて嬉しかったんだぞ。俺だって、一人は辛い」

 

 木理矢の言葉に、森生は一滴だけ涙を零し、首を横に振った。

 

「もう、遅いよ」

 

 森生の感情が変わったかは、木理矢にはわからない。

 しかし、森生が起こしたことをなかったことにはできない、それだけは確かなことだった。

 

「……そうか」

 

 木理矢は、そう一言呟いた。

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