第21話
(ゲームを続けるんか。この条件で、どうやってわしに勝つつもりじゃ?)
躊躇うことなくゲームを続ける木理矢を見て、瞭も思考を巡らせる。
即ち、自分ならどう攻略するかを。
木理矢の勝利条件は、マークのついた名前を当てること。
例えばマークのいう名前の外国人でも在籍していれば、マークのついた名前と言い張ることはできる。
が、そんなことは瞭も即座に思いつく。
そして、出席簿の中にマークという名前を持つ生徒がいない以上、この屁理屈はどのみち使えない。
(マーク。印、記号、目印。濁点や半濁点をマークと言い張ることはできるか? いや、所詮文字の一部。容易に却下できるじゃろ)
悩む瞭を見ながら、やはり木理矢は早々に次の質問を繰り出した。
「名前に付いているだろうマークは、文字または記号である。イエス、オア、ノー?」
木理矢からの質問に、瞭は一瞬固まり、頭の中で意図を解釈する。
(……そういうことか! こいつ、わしにルール違反をさせるきじゃ!)
瞭は、ゲームのルール上、嘘を回答することができない。
逆を言えば、瞭に嘘を言わせることができれば、瞭のルール違反となり、必然的に木理矢の勝利が確定する。
そして、先の木理矢の質問は、イエスもノーも禁じられた質問だ。
イエスを選んだ場合、名前に付いているだろうを否定しないこととなる。
実際にはついていないにも関わらず。
それは、名前にマークが付いていないにも関わらず、付いているという前提で発した偽りとなってしまう。
もちろん、『だろう』という付属品によって偽っていないと主張もできるが、マークの付いた名前を当てると勝利というルールの前提上、押し問答になった時に有利なのは木理矢だ。
ノーを選んだ場合、明確な偽りとなる。
瞭は、小さな点を出席簿に書いた。
この小さな点を何と呼んだことはないが、あえて言葉にするならピリオドや中点と言った記号になる。
即ち、木理矢の質問は、前半と後半を使って、イエスとノーを潰しにかかったルール殺しの質問ということだ。
木理矢の意図を掴んだ瞭は、口を閉じた。
返答は、未回答と決まっている。
であれば、残された三分全て、木理矢の四つ目の質問の推測に費やした。
なにせ、四つ目の質問も未回答しか選択肢のない質問をされた場合、瞭の敗北が確定するのだ。
瞭にとって、長い長い三分が経過する直前。
「未回答」
瞭はようやく、三つ目の質問を終えた。
瞭からの返答を聞き、木理矢は次の手を繰り出した。
「名簿に書かれた生徒の何れかの名前を選択すれば、名前を当てるというゲーム上の勝利条件を満たし、俺はゲームに勝てる。イエス、オア、ノー」
つまり、再びイエスもノーも適用されない答えを。
現在、瞭は誰の名前にもマークを付けていないことは、前回の質問で確認済み。
であれば、木理矢は質問の聞き方を、ルールの文言に絡めて変えた。
イエスと答えると明確な嘘である。
一方、ノーと答えると、木理矢の勝利条件として定められていたルールが嘘であることを認めることとなり、ゲームのルールそのものが嘘となってしまう。
今度こそ、瞭によるルール違反の自白となってしまう。
瞭は、再び口を閉じる。
ギリギリと歯ぎしりをしながら、三分の経過を待つ。
「……イエス」
そして回答したのは、完全な嘘。
しかし、名前当てゲームが終わるまで確認することのできない嘘。
「本当に、イエスでいいのか?」
「二言はねえ」
「わかった」
瞭の言葉に、木理矢は長考する。
このままゲームが終われば、先の瞭の発言が嘘と判明し、瞭の負けとなる。
つまり、瞭の中には、嘘をついても負けない方法、あるいは嘘を嘘でなくする方法があるということだ。
三分。
「ルール違反をした場合、ルール違反をした側の負けとなる」
「イエス」
五回目の木理矢の質問は、ルールの念押しで終わった。
「ここまでだな」
「ああ。六回目はわしが未回答で終わりじゃ」
生徒たちが見守る中、木理矢は教壇の前まで歩く。
瞭は教壇で木理矢を迎え、手に持っていた出席簿を教壇に置いた。
「さあ、名前を答えろ」
「土田林平」
「オーケー。なら、出席簿を開く」
瞭は教壇に置いた出席簿を開く。
ずらりと並ぶ生徒の名前。
そして、小さく描かれた黒い点。
当然、マークの付いた名前に該当するものは存在しない。
「誰の名前にもマークがついていない。つまりお前は、四つ目の質問で嘘をついたことになる」
想定通りの質問に対し、瞭は無言でマーキーを持ち、木理矢の名前にマークを付けた。
「何がじゃ? マークはついておるぞ?」
「お前」
「いつ、付けたかは問われとらん。重要なのは、マークが付いている名前があるか否かじゃ。名前はある。それで、お前は外した。それだけが事実じゃ」
名前当てゲームのルールにおいて、マークを付けた時期は定められていなかった。
つまり、瞭の行動はルールの範囲内。
相手が名前を指定した後に、名前にマークを付ければ、必ず当てさせないことが可能となる不平等なルール。
木理矢は瞭を睨みつけ、親指を強く噛む。
「なんじゃ? ルール違反はしとらんぞ? お前の負けじゃ」
さて、後からマークを追加して構わないルールに穴があるとすれば、木理矢にもそれが可能なことである。
故に、瞭は、木理矢の手の動きに注目していた。
木理矢の手に、ペンはない。
出席簿に色を付けられる物を持ってはいない。
「くっくっく。いや、お前の負けだよ。白鳥瞭」
「なんじゃと?」
注目していたからこそ、瞭は木理矢が微笑んでいたのに気づくのが、コンマ数秒遅くなった。
「土田林平の名前をよく見てみろ」
「待て!」
木理矢が人差し指で出席簿を指そうとするのを、瞭は止めた。
「なんだ?」
「その前に、腕まくりをして両手を広げろ。手になんも持っとらんことを確認する」
「慎重だな」
瞭は広げた指の間や手の甲を見て、木理矢が何も持っていないことを改めて確認すると、木理矢の行動を促した。
「オーケーじゃ。で、なんでわしの負けになるんじゃ?」
「土田の『田』の漢字には、TMマークが入っている」
「TMマーク?」
「そう。商標を意味するマークだ」
「……まさかお前、そんな言いがかりで勝ちというつもりか?」
T。
田の漢字の上半分。
一番上の横線と、真ん中の縦線の半分の組み合わせ。
M。
田の漢字の下半分。
一番下の横線を消した、田の漢字の下半分。
目を凝らせば見えなくもない、TMの縦書きだ。
「そうだが?」
不愉快そうな瞭の言葉に、木理矢はあっけからんと答える。
「ふざけるな! いくらなんでも言いがかりが過ぎる! 田の各辺をなぞれば、ほとんどの文字や記号が作れてしまうじゃろ! そんなものを認めては、ゲームが成り立たん!」
「どこからどう見ても、TMマークだろ。いいか、よく見ろ」
木理矢は子供に教えるように、田にひとさし指を添え、TMの順になぞる。
「だから、なぞられたところで!」
木理矢の手には、何もなかった。
だが、突然、木理矢の親指から赤い液体が出席簿へと落ちた。
先程木理矢が親指を噛んで付けた傷が、ようやく出血を伴う怪我となって。
「しまった!?」
木理矢は人差し指の横に親指を下ろし、自身の血をもって『土田林平』の名前に赤いマークを引いた。
ルール上、いつ付けたマークかは定義されていない。
同時に、誰がつけたマークかも、定義されていない。
「赤いマークが付いている。俺の勝ちでいいな?」
瞭は、木理矢の付いた赤い血をじっと見ていた。
木理矢の両手を確認した時、木理矢の親指は赤くなってこそいたが、出血にまで至ってなかった。
つまり、怪我をしてから出血するまでの時間差を使用し、木理矢が瞭にマークを付ける方法が手の中にないと騙したというわけだ。
「ふ……はははははは!」
トリックが分かった時、瞭は笑った。
瞭は、ゲームを好んでいる。
ゲームで勝つことを好み、同時に負けることも好む。
心の底から、完敗だと感じる負けを。
「あー、すがすがしいイカサマじゃ。これは、見抜けんかったわしが悪い。認めよう、わしの負けじゃ。五時間目のゲーム、お前の言うことを聞いてやるわ」
昼休み。
閑話ゲームが決着した。




