第18話
瞭は、周囲を見渡す。
瞭に向けられる視線は決して風子を殺したことへの批判的なものではなく、むしろ生き残る可能性があがるならば瞭の使った方法に縋りつきたいという願望が見て取れた。
その中に、数名ほどカラクリを理解している視線もあった。
「うーむ。まあ、あのブスがルールを壊した以上、わしがルールチェンジさせた方がまだ健全か」
瞭は、ゲームのルールを変えることを嫌っていた。
それは、自身にも当てはまるため、自分が何をして風子を脱落させたか話すことにより、再びゲームのルールが変わることを恐れた。
しかし、既に風子の手によってルールが変わっている以上、風子によるルール変更と自身によるルール変更のどちらがマシかを天秤にかけ、しぶしぶとネタ晴らしを始めた。
「ポイントは、AIがどうやって容姿を判定しているかじゃ」
「それは、教室のカメラを使って」
「そう。んで、教室のカメラは赤外線やエックス線を照射せん、普通のカメラじゃ。ということは、判定に使われているのは純粋にカメラに映った映像ということになるじゃろ」
「赤外……エックス……?」
「電磁波の一種で波長が……ええい、面倒じゃ。病院で使われる、体内まで写せるような特殊なカメラのことじゃ!」
「……?」
「でじゃ。普通のカメラということは、熱だの体の内部の情報だのを、採点に使っとらんということじゃ。カメラに映った情報が全て。なら、話は簡単じゃ。AIに、本物の人間じゃと誤認させる情報を食わせてやれば、いくらでも欺けるということじゃ」
「その方法が、あれか」
即ち、風子の顔に貼りついていた写真。
生身の人間と同じサイズの、人間の顔写真のアップ。
最近注目の若手女優らしく、教室内のどの生徒よりも、優れた容姿をしていた。
瞭は床に落ちている写真を拾い上げ、ひらひらと振ってみせた。
「そうじゃ。AIは奥行きの有無の判断が苦手でな、生身の人間とポスターの人間の区別がつきにくいんじゃ。人物認識、未だ理想論というところじゃな」
「つまり瞭君は、風子さんの容姿を写真の女性と誤認させたわけか」
「そん通りじゃ。簡単なカラクリじゃろ? ま、本当にAIが誤認するかは賭けじゃったがな。最悪の場合、あのブスを窒息死させようとしたと判断されて、写真を貼り付けたやつが死んどる可能性もあった」
カラカラと、瞭は笑う。
AIが誤認するかは賭けと言いつつも、瞭は誤認する確率が高いと踏んでいた。
普段のギャル組は、化粧やつけまつげを使っているが、服装検査日だけは使っていなかった。
そして、化粧とつけまつげを使っている日と使っていない日を比べると、ギャル組三人の容姿の順序が入れ替わるというのが、ギャル組に決して伝えることのないクラスの総意だ。
SHRの結果は、愛美、恋々、情の順に点数が高い。
これは、化粧とつけまつげを使っているときの容姿の順序と一致した。
よって瞭は、AIが容姿を採点する際、実際の顔だけではなく、顔の周りにある物も採点要素に加えると判断した。
写真というものが顔の周りにある物と判断されるか否かだけは悩むところでありリスクであったが、そのために行ったのが四時間目のじゃんけんだ。
リスクを受ける人間は、アナログな方法で決定した。
「写真一枚で、AIを騙すことができるのか。もっと、早く知っていればな」
全てを聞き終えた力也は、自身の顔を撫でる。
痣だらけ。
傷だらけ。
折れた歯だらけ。
自身の容姿にさしたる興味がないとはいえ、自身の顔を傷つける必要がないのであれば、それに越したことはなかった。
そして、次に生徒たちに押し寄せるのは、写真があればAIを誤認させ、自分以外に写真を貼り付けることで自分が確実に生き残れるという事実。
等身大の顔写真が他にも教室の中にある可能性は低く、必然的に生徒たちの視線は瞭の手元へと集まる。
風子を退場させた写真へと。
今、この瞬間に、ルッキズムデスゲームのルールは変わった。
風子に気に入られなかったら死ぬゲームから、顔写真を貼りつけられたら死ぬゲームに。
顔写真を貼りつけても暴力行為としてみなされないのは、瞭によって証明済み。
一部の生徒たちが息を飲む。
どんな方法を使ってでも瞭から写真を奪うと、あれこれ方法を考える。
そんな雰囲気を知ってか知らずか、瞭は持っていた写真を破り捨てた。
「ああああああああああ!?」
紙切れとなって床に散った写真に、数人の生徒たちが群がった。
引っ付けようと写真の切れ端同士で合わせてみるも、当然元通りになることはない。
瞭の使った方法は、一瞬で塵となって消えた。
「なんてことするんだ!?」
「五月蠅いのお。こんなつまらん手を、残しておきたくないんじゃ」
生徒たちからの抗議に対して、瞭は興味なさげに返答する。
生徒たちは瞭に怒りを向けるが、向けたところでどうにもならない。
悔しそうに怒りを拳ににじませながら、思考をより建設的な方向へと向かわせる。
即ち、瞭が示したもう一つの生存戦略。
顔を落書きすることで、容姿を悪くできる方法だ。
化粧という顔に色づけする行為が点数に影響を与えると気づけば、顔を黒く塗りつぶしても点数に影響を与えるのは当然。
芸人を職とする者もまた、自身の顔にマーカーを入れることで、意図的にいじられる顔にしていることもある。
顔を傷つけたスポーツマン組や恋々たちよりも、よほど容易な手段。
見過ごされていた理由は、デスゲームという過酷な場において自分のみを信じ、自分以外のあらゆるものを無意識に排斥した結果だろう。
生徒たちは無言で筆箱からペンをとりだし、自分たちの顔に色を加え始める。
数時間前にできたばかりの傷にインクが染みてくるも、生存の代償と考えれば我慢できた。 瞭は、周囲を見渡す。
瞭に向けられる視線は決して風子を殺したことへの批判的なものではなく、むしろ生き残る可能性があがるならば瞭の使った方法に縋りつきたいという願望が見て取れた。
その中に、数名ほどカラクリを理解している視線もあった。
「うーむ。まあ、あのブスがルールを壊した以上、わしがルールチェンジさせた方がまだ健全か」
瞭は、ゲームのルールを変えることを嫌っていた。
それは、自身にも当てはまるため、自分が何をして風子を脱落させたか話すことにより、再びゲームのルールが変わることを恐れた。
しかし、既に風子の手によってルールが変わっている以上、風子によるルール変更と自身によるルール変更のどちらがマシかを天秤にかけ、しぶしぶとネタ晴らしを始めた。
「ポイントは、AIがどうやって容姿を判定しているかじゃ」
「それは、教室のカメラを使って」
「そう。んで、教室のカメラは赤外線やエックス線を照射せん、普通のカメラじゃ。ということは、判定に使われているのは純粋にカメラに映った映像ということになるじゃろ」
「赤外……エックス……?」
「電磁波の一種で波長が……ええい、面倒じゃ。病院で使われる、体内まで写せるような特殊なカメラのことじゃ!」
「……?」
「でじゃ。普通のカメラということは、熱だの体の内部の情報だのを、採点に使っとらんということじゃ。カメラに映った情報が全て。なら、話は簡単じゃ。AIに、本物の人間じゃと誤認させる情報を食わせてやれば、いくらでも欺ける」
「その方法が、あれか」
即ち、風子の顔に貼りついていた写真。
生身の人間と同じサイズの、人間の顔写真のアップ。
最近注目の若手女優らしく、教室内のどの生徒よりも、優れた容姿をしていた。
瞭は床に落ちている写真を拾い上げ、ひらひらと振ってみせた。
「そうじゃ。AIは奥行きの有無の判断が苦手でな、生身の人間とポスターの人間の区別がつきにくい。人物認識、未だ理想論というところじゃな」
「つまり瞭君は、風子さんの容姿を写真の女性と誤認させたわけか」
「そん通りじゃ。簡単なカラクリじゃろ? ま、本当にAIが誤認するかは賭けじゃったがな。最悪の場合、あのブスを窒息死させようとしたと判断されて、写真を貼り付けたやつが死んどる可能性もあった」
カラカラと、瞭は笑う。
AIが誤認するかは賭けと言いつつも、瞭は誤認する確率が高いと踏んでいた。
普段のギャル組は、化粧やつけまつげを使っているが、服装検査日だけは使っていなかった。
そして、化粧とつけまつげを使っている日と使っていない日を比べると、ギャル組三人の容姿の順序が入れ替わるというのが、ギャル組に決して伝えることのないクラスの総意だ。
SHRの結果は、愛美、恋々、情の順に点数が高い。
これは、化粧とつけまつげを使っているときの容姿の順序と一致した。
よって瞭は、AIが容姿を採点する際、実際の顔だけではなく、顔の周りにある物も採点要素に加えると判断した。
写真というものが顔の周りにある物と判断されるか否かだけは悩むところでありリスクであったが、そのために行ったのが四時間目のじゃんけんだ。
リスクを受ける人間は、アナログな方法で決定した。
「写真一枚で、AIを騙すことができるのか。もっと、早く知っていればな」
全てを聞き終えた力也は、自身の顔を撫でる。
痣だらけ。
傷だらけ。
折れた歯だらけ。
自身の容姿にさしたる興味がないとはいえ、自身の顔を傷つける必要がないのであれば、それに越したことはなかった。
そして、次に生徒たちに押し寄せるのは、写真があればAIを誤認させ、自分以外に写真を貼り付けることで自分が確実に生き残れるという事実。
等身大の顔写真が他にも教室の中にある可能性は低く、必然的に生徒たちの視線は瞭の手元へと集まる。
風子を退場させた写真へと。
今、この瞬間に、ルッキズムデスゲームのルールは変わった。
風子に気に入られなかったら死ぬゲームから、顔写真を貼りつけられたら死ぬゲームに。
顔写真を貼りつけても暴力行為としてみなされないのは、瞭によって証明済み。
一部の生徒たちが息を飲む。
どんな方法を使ってでも瞭から写真を奪うと、あれこれ方法を考える。
そんな雰囲気を知ってか知らずか、瞭は持っていた写真を破り捨てた。
「ああああああああああ!?」
紙切れとなって床に散った写真に、数人の生徒たちが群がった。
引っ付けようと写真の切れ端同士で合わせてみるも、当然元通りになることはない。
瞭の使った方法は、一瞬で塵となって消えた。
「なんてことするんだ!?」
「五月蠅いのお。こんなつまらん手を、残しておきたくないんじゃ」
生徒たちからの抗議に対して、瞭は興味なさげに返答する。
生徒たちは瞭に怒りを向けるが、向けたところでどうにもならない。
悔しそうに怒りを拳ににじませながら、思考をより建設的な方向へと向かわせる。
即ち、瞭が示したもう一つの生存戦略。
顔を落書きすることで、容姿を悪くできる方法だ。
化粧という顔に色づけする行為が点数に影響を与えると気づけば、顔を黒く塗りつぶしても点数に影響を与えるのは当然。
芸人を職とする者もまた、自身の顔にマーカーを入れることで、意図的にいじられる顔にしていることもある。
顔を傷つけたスポーツマン組や恋々たちよりも、よほど容易な手段。
見過ごされていた理由は、デスゲームという過酷な場において自分のみを信じ、自分以外のあらゆるものを無意識に排斥した結果だろう。
生徒たちは無言で筆箱からペンをとりだし、自分たちの顔に色を加え始める。
数時間前にできたばかりの傷にインクが染みてくるも、生存の代償と考えれば我慢できた。
なにより、実際に顔を傷つけるより、よほど痛みは小さかった。
二軍以上が動いた姿を見て、三軍の生徒たちも動き始めた。
決して死なない安全圏に座っていた三軍の生徒たちも、マーカーを顔に入れられては逆転されかねないと、ようやく危機感を持ち始めた。
変わっていく状況の中、次に動いたのは木理矢だった。
なにより、実際に顔を傷つけるより、よほど痛みは小さかった。
二軍以上が動いた姿を見て、三軍の生徒たちも動き始めた。
決して死なない安全圏に座っていた三軍の生徒たちも、マーカーを顔に入れられては逆転されかねないと、ようやく危機感を持ち始めた。
変わっていく状況の中、次に動いたのは木理矢だった。




