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第17話

 椅子と机の倒れる音に、教室にいる生徒たちの視線が集まる。

 絶望した表情で、仰向けに倒れる恋々が、そこに倒れていた。

 

 風子は、恋々の滑稽な姿を見ながら、恋々以外の四人に指示を下す。

 ヘアーアイロンを集め、風子の指示通りに顔を焼かせる。

 点数が下がるように。

 教室に響く、肉焦がし音。

 

 指示を出し終えた風子は、遠くから恋々の様を見ると、馬鹿にしたように笑いながら近づいた。

 

「無様ね」

 

「…………」

 

「それが、私がずっと味わってきた光景よ」

 

「…………」

 

「どう? 自分ではどうにもならない無力感は! 誰も助けてくれない絶望は!」

 

「…………」

 

「私は何年も、そんな状況に耐え続けて来た! いいわねえ、鳩が原さん! あんたは、あと数分で死ねるんだから! 解放されるんだから! 羨ましいわ!!」

 

 恋々は、何も言わなかった。

 風子の言葉など頭に入ってこなかった。

 あと数分で途切れる人生の前に、風子への恨み言も、デスゲームを企画した人間への恨み言も、出てこなかった。

 

 最後の最後に浮かんだのは、両親の顔だった。

 恋々は、両親の愛情を多分に受けて育ってきた。

 恋々は、両親に愛情を受けた分だけ恩返しがまだできていなかった。

 

「パパ、ママ。ごめんなさい」

 

 恋々は、その一言を最期の言葉と決めた。

 

「あははは! 最後はパパとママ? いいわねえ、恵まれてる人って!」

 

 最期の言葉すら、風子は嘲笑った。

 恋々はもう、動かない。

 

 

 

 十一時四十九分。

 秒針が、十二へと近づく。

 

 

 

「ほら、今じゃ。やれ」

 

 突如、一人の男子生徒によって、風子の顔に一枚の紙が押し付けられた。

 秒針が、十二へと辿り着く。

 

 午前十二時五十分。

 教室にチャイムが鳴り響く。

 

『結果を発表します』

 

「ぶはっ!?」

 

 風子が顔から紙を剥がす頃には、秒針が十二を過ぎていた。

 風子が剥がした紙を見ると、紙には風子の手だけでなく、別の男子生徒の手も添えられていた。

 風子は、紙に手を添えている男子生徒が風子に紙を押し付けてきた犯人だとわかり、一言文句を言ってやろうと口を開く。

 が、その男子生徒の顔を見て、口が止まった。

 

 男子生徒は、顔じゅうにマーカーで落書きをされ、真っ黒になっていた。

 

『ディスプレイをご覧ください』

 

 だから、男子生徒に文句を言うより先に、風子は機械音声に従ってディスプレイへと視線を向けた。

 

「え?」

 

 ディスプレイに映る顔写真は、桜田剛と教室に存在しない美少女。

 

『男子生徒は桜田剛、女子生徒は南風子に決定しました』

 

 が、その美少女の正体は、機械音声によってすぐに明かされた。

 

 剛は結果を見て、笑顔で残されたスポーツマン組の二人の顔を見た。

 

「わりい。俺、逝くわ」

 

 風子は結果を見て、目を見開いて固まった。

 

「は?」

 

 ディスプレイに映る美少女と、読み上げられた自分の名前。

 状況の飲み込めない風子は、目を大きく見開いて、広がった視界にさっきまで風子の顔に貼りついていた紙を捉えた。

 紙には、雑誌に掲載されていた写真の一ページ、ディスプレイに映る顔と瓜二つの少女が載っていた。

 

「な、なに? これ?」

 

 顔に落書きをされた男子生徒の後ろから、同じくマーキーで顔に落書きをされた瞭が、混乱する風子の前に立った。

 そして、瞭は風子を見ながら、親指を床に向かっておっ立てた。

 

「ゲームのルールを崩しとんじゃねえよ。死ねブス」

 

 赤いレーザーが剛と風子を打ち抜き、二人は床へと倒れた。

 

 剛は、受け入れた死を迎えた。

 風子は、わけのわからない死を迎えた。

 風子の支配者体制は、唐突に終わりを告げた。

 

『四十五分間の昼休みに入ります』

 

 スピーカーからの機械音声が止まる。

 スポーツマン組の二人――力也と強は、満足そうに眠る剛の死体を眺める。

 

「剛……」

 

 三人は、互いに正々堂々と戦う約束をした。

 剛の死はその結果でしかなく、二人にとっては現状想定しうる最も納得のできる死であった。

 とは言え、感情はきちんと機能する。

 力也と強は大会優勝ぶりに目から涙を零し、すぐに腕でふき取った。

 

 そして、赤くなった目のまま、力也と強は今までの誰とも違う行動をした瞭を見た。

 否、教室にいる全員が、力也たちと同様の想いを抱いて瞭を見た。

 

 力也はつかつかと歩き、瞭の前に立つ。

 

「瞭君。今、何をしたんだい?」

 

 力也の問いに、瞭は不快そうに答えた。

 

「ゲームのルールを崩したブスを殺しただけじゃ。あのブス、一番の美人が死ぬっちゅールールを、あのブスに逆らったやつが死ぬっちゅールールに変えよった。じゃから、退場してもらった」

 

 瞭の言葉から、瞭の不快はデスゲームのルールに対するリスペクトからきていることは明白だった。

 だからこそ、力也が瞭を疑ったのは、当然だった。

 

「そうか。……瞭君。君が、このデスゲームの主催者だったんだね」

 

 しかし瞭は、力也の言葉に目を丸くして返す。

 

「は? 違うが?」

 

 瞭の言葉に、今度は力也が目を丸くする。

 

「でも君は今、ゲームのルールを変えたから退場してもらったと言ったじゃないか」

 

「言ったな」

 

「それは、自分の考えたゲームのルールを勝手に変えられたことへの怒りじゃないのかい?」

 

 瞭は、力也との間にどんな誤解が発生したかを理解し、ぷっと噴き出した。

 

「ああ、違う違う。わしは、ただこういう状況が好きなだけじゃ」

 

「こういう状況?」

 

「デスゲームみたいな状況じゃ」

 

「デスゲームが……好き?」

 

「そうじゃ。まあ、デスゲームだけに限らんがの。命を懸けてゲームのクリアに死力を尽くす、そんな状況が好きなんじゃ」

 

「訳が分からないな」

 

 ギラギラとした瞳で語る瞭の言葉に、力也は一切共感を得られないでいた。

 力也とて、死力を尽くしてゲームをクリアすることは好きな方だ。

 が、死力とはあくまで比喩であり、本当に命が懸かるとなれば、賛同できない。

 人間は敗北から学ぶというのが力也の思考であり、たった一回の失敗で死ぬデスゲームという存在は、力也にとって受け入れられないものだった。

 

 力也の冷ややかな視線を受けながら、瞭は依然楽しそうに笑い、直後に声のトーンを落とした。

 

「尤も、ルールを聞いて絶望した。ルッキズムデスゲームじゃと? これじゃあ、わしの命はかけようもないとな」

 

 瞭の容姿の点数は、教室でも低い方だった。

 事実、デスゲームの時間が終わる度に発表される点数において、瞭は常に最下位か最下位の一つ上を取り続けていた。

 即ち、ルッキズムデスゲームにおいて瞭は最強の一人であり、同時に最もゲームに関与することのできない参加者ということになる。

 

「とはいえ、滅多にない機会。わしが死なんとしても、せめて観客として楽しませてもらおうと妥協をして、観戦しとったわけじゃ。お前たちが机に顔をぶつけだしたときは、そんな方法をとるのかと、感心しながら見とったぞ?」

 

「そいつは、どうも」

 

「そんな些細な楽しみさえ、あのブスは壊したんじゃ! だから殺した。理由は分かったか?」

 

「君の考えに同調はできないが、説明に納得はした」

 

「いらんいらん。わしの考えを肯定する必要はない」

 

 力也は、倒れる風子の死体を見た。

 誰も心配で駆け寄ったりしていない、踏み荒らされていない風子の死体を。

 次に、風子の横に落ちている紙を見た。

 

 風子の顔に貼り付けられ、風子の顔の代わりにディスプレイに映った写真を。

 

 瞭がデスゲームを実行している側の人間でないとわかり、力也はもう一つの質問を瞭へと投げかける。

 

「じゃあ、もう一つ。南さんを、どうやって殺した?」

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