第15話
額と床がぶつかる音。
額が焦げる音。
「あああああああああああ!!」
恋々の絶叫。
一度だけでは終わらない。
一度だけでは、恋々の美貌が隠せない。
「ほら、もう一回」
一度だけでは、恋々は風子の拘束から解放されない。
風子の言葉が恋々の体を直接動かしているかのように、恋々は何度も何度も頭を叩きつけた。
額に痛みが走ろうと、頬に痛みが走ろうと、何度も。
一度出たアドレナリンは、恋々の恐怖も痛みも麻痺させる。
止めに入ろうとした生徒も、数人はいた。
しかし、風子がやっているのは拘束だけ。
頭を床に叩きつけているのは、あくまでも恋々だ。
恋々が自分の意志で実行しているのか否かの判断がつかず、生徒たちは止めに入るのを躊躇った。
凶行は、人の目を奪う。
目を奪うことは、時間を奪うこと。
誰もが時間を忘れ、風子と恋々の織りなす残酷なショーにくぎ付けになっていた。
『結果を発表します』
午前十一時五十分。
教室にチャイムが鳴り響き、スピーカーから機械音声が流れるまで、ずっと。
「あ」
ショーに魅入っていた生徒たちが、咄嗟に顔を上げて時計を見る。
いつの間にか三時間目が終わっていたことに気付き、顔を青く染める。
だが、時間は止まらない。
結果発表は止まらない。
『ディスプレイをご覧ください』
ディスプレイに映る顔写真は、田中山登と尾形文音。
「う、嘘」
「い、嫌……」
赤いレーザーが山登と文音を打ち抜き、二人は床へと倒れた。
「山登おおおお!?」
普通組の山登に駆け寄ったのは、花咲日向だった。
二軍にして、普通組の女子生徒。
そして、普通組以外の同級生には隠していたが、山登の恋人。
日向は山登の手を握り、体をゆすり、何度も何度も山登に呼び掛けた。
日向の大粒の涙が山登を濡らすも、山登はピクリとも動かない。
「いやあああああ!?」
SHRから始まり、暴力行為による死を除けば、四度目の死。
未だ、誰も慣れることはない。
「文音……!」
一軍にして真面目組の記紅もまた、文音の体にしがみ付き、涙を流す。
三時間目の結果により、文音は親友を全員失った。
書絵も文音も失った。
強い喪失感が文音を襲う。
絶望と失望。
日向と文音の耳には、大切な人が死んだ世界で生きる意味はあるのかと悪魔の囁きが聞こえていた。
『十分間の休憩時間に入ります』
「死にたい」
「日向!? 何を言って……痛っ!?」
日向は、心配して近づいてきた普通組の空山陽子を、無感情にひっぱたいた。
『暴力行為を確認しました』
当然のように、赤いレーザーが日向の額を打ち抜いた。
日向は倒れ、床を赤い血でで染める。
「日向!?」
陽子は叩かれた頬を抑えながら、しゃがみこんで日向の顔を覗き込む。
「なんてことを!」
同じく普通組の天昇昇も膝をつき、日向の顔を覗き込む。
満足とは程遠い、生きる気力のなくなった顔がそこにはあった。
「日向……この馬鹿!」
日向が陽子の頬を引っぱたいたのは、明確な自殺だった。
じんじんと痛む頬が、陽子の後悔を大きくする。
自分たちでは恋人の代わりになれなかったのか、日向の生きる意味になれなかったのか。
もしも日向の掌をよけることができていれば、日向は死ななかったのではないのか。
親友を救うことができなかったという後悔から、陽子は倒れる日向の頬を引っぱたいた。
「この馬鹿! 私達、親友でしょ! 死ぬ前に頼るくらいしてよ!」
それは、陽子から死した日向への、最後のスキンシップであった。
他者への暴力行為は、厳密にいうならば生者への暴力が該当する。
死者はすでに人間ではなく、痛覚も機能していないため、ルッキズムデスゲームにおいて暴力行為には該当しない。
『暴力行為を確認しました』
不幸だったのは、日向の心臓が止まったのは、陽子がひっぱたいた一秒後だったこと。
「え?」
赤いレーザーが、陽子の額を打ち抜いた。
陽子は日向に覆いかぶさるように倒れ、ほどなく絶命した。
「あ……あああああああああああ!?」
突如、目の前で二人の親友が死んだ昇は、自身の髪をめちゃくちゃに搔きむしりながら発狂した。
午前十二時。
四時間目開始のチャイムが鳴り響く。
『ゲームスタートです』
「ね? 私の言ったとおりにしたから、死ななかったでしょ?」
「……はい。ありがとうございます」
「また何人か死んだから、もっとあんたはブスにならないとね」
「……はい」
風子は、親しくない同級生の死体をちらりと見た後、自身の前に跪く恋々を見下ろした。
無抵抗の人間をいたぶり、かついたぶられた側から感謝される立場におかれた風子は、加虐心を増幅させていた。
次はどうやって恋々を痛めつけてやろうか。
どうやって傷つけてやろうか。
そんな感情を、正義の感情として振りかざし始めた認知した。
恋々もまた、生かされたという事実がある以上、風子の暴力的な正義を否定することができなくなっており、ただ風子の言葉に頷いた。
ところで、親しい人間の死を前にした時、人間の行動は二パターンである。
生きる気力を失うか、はたまた死んでいった者の分まで生きようとするか。
先ほど死んだ日向は、前者であった。
「風子さん、私も生かして欲しい!」
「南さん、私を助けて!」
昇と記紅は、後者であった。
「は?」
風子の元に、昇と記紅が合流する。
風子が恋々の容姿を悪くし続ける限り、四時間目で死ぬのは記紅、その次に死ぬのは昇だ。
昇と記紅は親友の死を目にし、親友の分まで生きなければと、どんな手段を使ってでも生きなければという気持ちを強固にしていた。
そして、生き残る手段の最善策として、恋々を生かした風子を頼った。
風子を頼ればどんな扱いを受けるか、理解したうえで、なお。
風子が何を言うより先に土下座をした昇と記紅を、風子は驚いた顔で見下ろした。
(頼られている? 私が? こいつらに?)
昇と記紅は、スクールカーストという言葉を使えば、風子よりも上の存在だった。
そんな存在が、今では風子にひれ伏し、助けを乞うている。
恋々も合わせれば、三人もが風子に助けを乞うている。
膨らんでいた風子の加虐欲は、自分より上にいたはずの三人が自分の前に跪く光景を以て、新たな欲求を生み出した。
支配という名の欲求を。
それは、決して風子が決して得ることのできなかった、一軍しか手にすることのできなかった特権。
掃除を押し付ける権利。
自分の発言が通る権利。
自分の思い通りに、周囲を動かす権利。
風子は鼻の穴を大きく膨らませ、大きな口をあけて笑った。
「あは……あはははは! いいわ、いいわよ。私に従えば、私に言うとおりにすれば、生かしてあげる!」
三時間目では、恋々の容姿を悪くするにはどうすればいいか頭をひねっていた風子である。
しかし、三時間目に恋々を生かしたという実績が、風子に自信をつけさせていた。
どこを焼けば不細工になるか、どれくらいの温度なら不細工になるか、恋々という実験台によってはじき出された計算結果。
「じゃ、まずはアイロンからね」
風子のやることは変わらない。
暴力行為と認定さえない程度に拘束し、指示を出すだけ。
そうすれば、相手は勝手に自分を痛めつけていく。
自分を傷つけていく。
加えて、風子が新たに考えたくなったことが一つ。
アイロン以外にどうやって顔面を傷つけられるか、だ。
何が凶器になるか、何が顔を傷つけやすいか、風子は支配者としての現状を、最大限楽しむことに終始していた。
風子の元に集まり、自分を傷つけてもらう異常な光景を見た他の二軍の女子生徒たちは、恐怖した。
まるでカルト宗教のような光景に、ではない。
風子が一軍二軍の女子生徒の点数を下げることで、自分たちが死んでしまう事実に恐怖した。
「み、南さん! 私も助けて!」
「私も!」
風子という支配者の取り合いになるのは、半ば必然であった。




