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第14話

 恋々の行動に、最も意識を割いていたのは恋々自身。

 次点で風子。

 三番目は、教室内の男子生徒たち。

 一軍女子の一人が裸で土下座するという光景は、人生で見れるような光景ではない。

 

 男子生徒たちの視線が、恋々へと集まっていく。

 

 風子は、そんな男子生徒たちの様子を見て表情を歪めた。

 

「やっぱ、土下座はいいわ」

 

 風子の嫉妬という恨みは、女子生徒に限らない。

 自分を見下すような視線を投げかけてきたり、女子として扱ってくれなかった男子生徒もまた、恨みの対象だ。

 恋々の土下座が恋々自身を傷つけると同時に、男子生徒を喜ばせる結果になると感じた風子は、自身の指示を撤回した。

 

「風子!」

 

 自分たちの説得が通じたのだと判断した嵐と雲子は、喜び、風子の肩に手を置いた。

 一部の男子生徒たちは当てが外れたような表情を浮かべるが、ここで風子を非難しようものならば次に非難される対象が自分になることもよくわかっていたため、声を荒げることもなかった。

 ただただ、風子を嫌う理由が一つ増えただけだ。

 

 恋々はリボンにかけていた手を止め、改めて風子に向きなおる。

 とはいえ、表情に安心など浮かんでいない。

 むしろ、さっきの僅かな時間でさえコロコロと意見が変わってしまう風子の口から、次にどんな無茶ぶりが来るかと警戒している。

 

 恋々にとっては、自身の容姿を変えてくれるならば、風子でなくても嵐でも雲子でも構わない。

 いや、風子ほど性格が苛烈でないという点で、嵐か雲子の方が都合が良いまであった。

 しかし、恋々は二人が動かないだろうことはわかっていた。

 愛美や情の言葉に従っていた自分と重ね合わせ、風子がいる限り風子の意思を最優先にすることがわかっていた。

 

「土下座しなくていいなら、私は何をすればいいの?」

 

 恋々は落ち着いた声で、風子に問う。

 風子はしばらく考え込むが、元々他者を傷つけるために行動する経験が多くないこともあり、次の案が思い浮かばなかった。

 故に、男子生徒を喜ばせる裸の部分だけを、アイデアから切り捨てた。

 

「いや、土下座はしてもらう。服は着たままでいいわ」

 

「……わかったわ」

 

 土下座という行為自体も、人間の尊厳を汚しうる。

 しかし、裸になるという条件がなくなったことで、恋々から抵抗感が多少消えはしていた。

 恋々は膝に床を突き、その場に綺麗な土下座をした。

 

「私に、容姿を悪くする方法を教えてください」

 

 指示にはなかった、言葉付きで。

 

「……ふん」

 

 一先ずの形がついたところで、風子はまたもや考える。

 恋々が約束を守った以上、次に約束を守らなければならないのは風子だ。

 目の前の恋々の容姿を、どうすれば悪くすることができるだろうと考える。

 

 容姿の良し悪しを決める方法は、いくつかある。

 元も子もないが、先天的な容姿。

 多くの人間が辿り着く、後天的な身だしなみ。

 加え、流行、堂々とする自信、エトセトラ。

 容姿が良いとはすなわち、上記を包括的に理解し、自分流に最適化することである。

 では、容姿が悪いとは何か。

 上記への無知、あるいは最適化の失敗である。

 

 風子は恋々をじろじろと見る。

 周囲の女子生徒たちは、そんな風子を恐る恐る眺めている。

 風子が動いたことで、他の女子生徒たちはどれだけ恋々の容姿が悪くなるのか恐れていた。

 恋々の容姿の点数が自分たちよりも低くなった時、死ぬのは恋々以外の女子生徒なのだから。

 

(わかんないわ。容姿を悪くするって、何?)

 

 だが、未だ風子には、容姿を悪くする方法が思いつかないでいた。

 髪を乱す方法は、教室中の女子生徒が実践済みなのだから。

 

 ところで、恋々の考えた『容姿の悪い人間であれば、他人の容姿を悪くすることができるだろう』という仮説は、風子に対して言えばはずれである。

 理由は二つ。

 一つ、風子は後天的な身だしなみの知識がないからこそ、容姿が悪いのだ。

 知識がないから容姿を良くする方法を知らず、良くする方法を知らなければ悪くする方法も当然知らない。

 そしてもう一つ、最適化の失敗とは、風子の先天的容姿があってこそ成立する。

 ファッション雑誌でモデルを着ていた服を自分が来ても似合わない時がある様に。

 風子にとって似合わない格好が、恋々にも似合わないという道理がない。

 

 故に、風子が思い至ったのは、奇しくもスポーツマン組のアイデアと同じだった。

 たまたま教室を見渡して、たまたま恋々の鞄の中から顔を出していたヘアーアイロンを見つけ、思いついた。

 

 風子は恋々の鞄から、ヘアーアイロンを取り出した。

 

「アイロン? でも私」

 

 恋々は、自身の髪の毛を見る。

 ハサミを入れてズタズタであり、とてもアイロンで整えられる状態ではない。

 

「髪じゃないわよ」

 

「え?」

 

「顔よ、顔」

 

 風子の言葉の意味がわかった瞬間、恋々はさっと顔を青くする。

 自身の顔面を机に打ち付けたスポーツマン組の顔を思い出し、息を飲む。

 

「え、冗談……だよね?」

 

「他にないのよ」

 

「こう、髪を、もうちょっとどうにか」

 

「無理に決まってんでしょ。周り見てみなさいよ!」

 

 教室内の二軍以上の女子生徒は、髪などとっくに捨てていた。

 現時点で、髪型をいじるだけで恋々が逆転をすることはもうない。

 

「私に任せたんでしょ? なら、私に従ってもらわないとね」

 

「ちょ!?」

 

 風子は恋々の体を両手で抑え込み、土下座の体勢で体を固定させる。

 そして、恋々の顔の前、即ち頭を下げれば触れる床の位置に、アイロンを置いた。

 アイロンは既に熱を帯びており、触れれば火傷するのは確実だ。

 

「これ、暴力行為じゃないの!?」

 

「違うわよ。だって、あんたの彼氏が暴れてるのを止めた男子、死ななかったじゃん」

 

 恋々は、顔を天上の小型カメラへ向ける。

 小型カメラはただ教室内を映すだけで、近くの穴からレーザーが飛んでくる様子もない。

 駄目元でスピーカーを見るも、ルール違反である宣言も一向にされない。

 

「速くすれば? 時間は、どんどん過ぎていくわよ?」

 

 秒針が動く。

 秒針の音が恋々の耳を満たす。

 それと同じくらい、アイロンの立てる音も恋々の耳を満たす。

 

「っ~~~~!?」

 

 恋々が風子に助力を求めたのは、できるだけ自分が傷つかずに生還するために他ならない。

 目の前に広がる光景は、恋々の望んでいたことは真逆。

 積極的に避けたかった現実。

 

 とはいえ、恋々は風子に救いを求めてしまった、

 体が固定されているということは、恋々は次の策を打つことができない。

 風子を無理やり押しのけて逃げるというのもできなくはないが、押しのけることが暴力行為に該当しない保証がない。

 

 金呉の時は、押しのけようとしてもびくともしなかった。

 しかし、体格の差により、風子のことは押しのけることができてしまう。

 びくともしてしまう。

 風子が倒れて、暴力行為認定されてしまう可能性がある。

 

 恋々とアイロンが見つめ合う時間が流れる。

 周囲で、風子に言葉を投げる気配もしたが、恋々は既に聞こえない。

 

 

 

 恋々自身、気が付いていた。

 もはや、顔を捨てなければ、生き残ることはできないことに。

 やらなければならないことから目を背けていた真実を、風子に無理矢理やらされたという事実に置き換える。

 

 自分の意志ではなく、他人の意志で動いてきたのが恋々だ。

 

「あああああああああああああああああ!!」

 

 風子に無理矢理やらされた。

 そんな恨み節を思い浮かべながら、恋々は頭を床へ叩きつけた。

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