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第13話

 助け合いという言葉は、互いが助けるからこそ成立する。

 ギブアンドテイクとは、互いに与えるからこそ成立する。

 

 もしも自分から奪い続けた人間が、追加で助けを求めてきた場合、果たして助けることのできる人間はどれほどいるだろうか。

 

「な、何って?」

 

 恋々は、風子の言葉に目を丸くする。

 ギャル組は、無意識ながらも助け合いの精神で生きてきた集団だ。

 恋々は、愛美の行動力と情の知力によって助けられてきた。

 愛美と情もまた、恋々の裏表ない感謝の言葉に癒され、助けられてきた。

 

 恋々にとって、自身の懇願に対してに対価を要求されるのは、完全に想定外の出来事だった。

 

 対し、風子からしてみれば、恋々たちギャル組の存在は自分たちと相容れない騒音であり、無償で助けようと思えるほどの対象ではなかった。

 恋々が死んだところで、風子にはメリットもないがデメリットがない。

 

「あ、えーっと、そうだよね。私にできることなら、なんでも」

 

 とっさに恋々は、無難な言葉を返答する。

 

「具体的には?」

 

「具体的には? えーっと、そうだね。うーん」

 

 が、無難という中身のない言葉を、風子は認めなかった。

 詰めるような風子の前に、恋々の言葉が詰まっていく。

 

 カフェに行こう。

 服見に行こう。

 プールに行こう。

 誘われ続けた人生の恋々にとって、自発的な提案とは応用問題級に難しい問題だ。

 

 考える恋々の耳には、刻々と時を刻む秒針の音が入ってくる。

 死が近づいてくる足音が。

 それが、余計に恋々を焦らせた。

 

「南さんは、何が欲しい? 私が用意できるものなら、なんでも」

 

 恋々が考えた精一杯は、やはり自発的な提案とは程遠いものだった。

 恋々の返事を聞いた風子は、意地悪く笑った。

 

「じゃ、一千万円」

 

「え……。でも、一千万円なんて、私持ってな」

 

「なんでもって言わなかった? 嘘、ついたの?」

 

「違う違う! 私に用意できることなら、なんでも」

 

「じゃ、裸になって土下座してよ」

 

 どんどん焦っていく恋々に、風子は面白がって、床に指を差した。

 

「む、無理無理無理無理!!」

 

 当然、恋々は両手を振って拒絶した。

 周囲を見る必要もなく、男子も女子もいる空間。

 裸で土下座をして生き延びたとして、恋々は教室で裸土下座をした女という称号を、永久に背負って生きなければならなくなる。

 それは恋々にとって、死ぬのと同じくらいの苦痛だ。

 

 まして、生徒たちのスマートフォンは生きている。

 誰か一人でも土下座している様を録画でもしていようものなら、恋々の名誉は死後も踏みにじられ続けるだろう。

 起こりえないほど小さな確率だと理解しつつ、実現されたらどうなるかと妄想する男子生徒のにやけ顔が恋々の目に入り、恋々は嫌悪感から全身を震わせる。

 

 恋々は、いつも通り助けを求める目を風子に向けた。

 風子は、これ見よがしに大きなため息をついて、そんな恋々を睨みつける。

 

「死にたくない、なんでもするから助けて欲しい。なんて言いながら、お金は払いたくない、土下座もしたくない。ほんと、可愛いとわがまま放題でいいわね」

 

「なっ!? そっちが、変なことばっか言うからじゃない!」

 

「全然変なことじゃないわよ。私は、本気で言ってるわよ」

 

「なおさら頭おかしいんじゃない!?」

 

 風子からの言葉に我慢の限界を超えた恋々は、思わず叫んだ。

 下手に出ているのになぜ願いを聞いてくれないのか、そんな理不尽に対して。

 

 しかし、この場において、立場は風子の方が上。

 風子に逆らうことは、恋々の不利にしかならない。

 恋々は、急いで両手で口を塞いだ。

 

 そんな恋々を見て、失言を引き出したとばかりに風子はさらににやけた。

 

「頭おかしい、ね。それが、鳩が原さんの本性なんでしょ?」

 

「違っ!」

 

「不細工で頭のおかしい女だって、ずっと思ってたんでしょ!?」

 

「違う! 違う違う違う!!」

 

「そんな女に助けを乞おうとしてるんでしょ! 裸で土下座する覚悟くらい、当然でしょ!!」

 

 教室中に、風子の怒声が響く。

 普段は教室の隅っこで、仲間内でのみ聞こえる音量で発せられてきた甲高い声は、初めて音の暴力として教室に轟いた。

 

「ねえ、風子。ちょっと、やり過ぎだと思う」

 

「私も、そう思う」

 

 風子の暴走をしばらく静観していた嵐と雲子も、ようやく風子を止めに入る。

 風子同様、恋々に対して多少やり返しても構わないという思いは、二人にもある。

 が、風子の行動は、完全に二人の許容範囲を超えていた。

 これ以上の暴走は、むしろ不細工組三人の今後の立場を悪くしかねないと考えた。

 

 恋々と違い、不細工組の三人はデスゲームで死ぬ確率は極めて低い。

 であれば、今後の学校生活を平穏なものにするため、やりすぎによって敵を作ることは望ましいことではない。

 

「何よ? あんたたちも、あっちの味方をするって言うの?」

 

 だが、風子は止まらない。

 一方的に攻めることができる快楽は、一方的に攻めた人間にしかわからない。

 

「そうじゃないよ。私も、風子の気持ちすごくわかるもん。今まで見て見ぬふりしてたのに、突然助けてなんて虫が良すぎると思うし」

 

「でもね、裸で土下座までさせなくても、頭を下げてもらえれば十分じゃない? ね?」

 

 嵐と雲子は、小さな怒りを燃やしながら、風子へ妥協案を提案する。

 今まで視界にも入れてなかった風子に対し、下手に出る恋々。

 嵐と雲子にとっては、充分すぎる恋々への罰であった。

 恋々は、不細工組を視界に入れなかっただけで、暴力や暴言という形で手を下したことはないのだから。

 

「甘い!!」

 

 だが、嵐と雲子の提案は、風子によって即座に却下された。

 

「どうせポーズよ! 謝るだけなんて、誰でもできる! 心の中じゃ、舌を出して私たちを馬鹿にしてるに決まってる! やっぱチョロいわー、なんて笑ってるに決まってる!」

 

「そんなこと、思わない!」

 

「五月蠅い!!」

 

 状況が一向に進まない中、秒針だけが進んでいく。

 このまま進めば、死ぬのは確実に恋々だ。

 

 窮地を脱出しようと頭をひねる恋々は、もう一つの条件を思い出す。

 

「わかった! 一千万円! ここから出られたら、必ず払う! ママにお金借りて、速攻で払うから! うちになかったら借金してでも払うから! お願い!」

 

「そんな口約束、信じられる訳ないでしょ?」

 

「本当だから! 誓約書ってのも書くから!」

 

「信じられない!!」

 

 恋々はデスゲームで死ぬ。

 そんな確信があるからこそ、風子はデスゲーム後を約束する気などない。

 

 否、風子の本心では、恋々が約束を破ろうか守ろうがどっちでもいいのだ。

 ただ、恋々を責め続けられるこの状況を、手放したくないだけだ。

 

 一向に良くならない状況を前に、恋々はその場に膝をついた。

 そして、無意識に制服のリボンに手をかけた。

 

 生きるために。

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