第12話
三時間目が始まるまでの休憩時間は、未だかつてない緊張感が漂っていた。
即ち、二軍の死亡圏内入りだ。
顔を傷つけたり、髪を切り落とした一軍は、ついに二軍の容姿へと並んだ。
「あああ……! もう、この後どうすればいいか分かんない! 分かんない!」
とはいえ、一軍である恋々は、依然として不利な立場にある。
それは、恋々の点数が二位だった事実が示している。
自慢のポニーテールを切り落とし、髪の毛を無作為に切ってなお、生まれ持った顔の造形の良さという要素が高い点数を残した。
現状、三時間目で死ぬのは恋々だ。
「誰か……。誰か……」
恋々は、ギャル組といるときは愛美と情の言葉に従って、金呉といるときは金呉の言葉に従って動くことを好んだ。
自分で考えなくていいというのは、なんとも人生を楽にする。
結果、恋々の自分で考えるという能力は、退化を続けて来た。
恋々に、三時間目に死ぬのを回避する方法を、自分で思いつく力などなかった。
恋々は助けを求め、咄嗟にスポーツマン組を見る。
スポーツマン組であれば、生き残るためのアドバイスをしてくれる優しさがある。
しかし、スポーツマン組の怪我だらけの顔を見れば、きっと恋々にアドバイスされるのは顔を傷つけることだろうと予想ができた。
そしてそれは、きっと自分に真似できないことだろうと、すぐに視線を逸らした。
次に恋々が見たのは、木理矢だ。
三軍故に死ぬ確率が極めて低く、この教室の生徒で唯一、デスゲームそのものに干渉しようと行動している男子生徒。
木理矢は、チャイムの音も真面目に聞く気がなく、パソコンをひたすら叩き続けている。
木理矢の周りにいる二人の生徒――林平と森生は、木理矢の手元を覗き込んでいる。
「ど、どう? パスワード、解けそう?」
恋々は、林平と森生の間に潜り込むように、木理矢の手元を覗き込んだ。
「!?」
「わっ!?」
突然の恋々の登場に、林平と森生は思わず距離を取る。
木理矢は少しだけ恋々に視線を向け、すぐにパソコンへと戻す。
「パスワードを正面から破るのは無理だな」
「え。じゃあ、もうデスゲーム止められないってこと?」
「今は脆弱性をついて止めようとしている。学校のシステムはサイトの作りが甘いからな。」
「じゃ、じゃあ、もうすぐ止められるってこと?」
「すぐかはわからない。脆弱性が見つからない可能性だってある」
「そ。そう……」
木理矢から告げられる現状に、恋々は肩を落として席へと戻っていく。
未だにデスゲームの継続が余儀なくされてしまうと判断した恋々は、次に助けてくれそうな人を探すも、思い当たる節もなく頭を抱える。
「ああああああ! どうしようどうしよう!」
午前十一時。
三時間目開始のチャイムが鳴り響く。
『ゲームスタートです』
「どうしよう!!」
否、探す必要などなく、選択肢は既に限られていた。
金呉の一件から、てきとうな男子生徒に頼むことは、自身の体という対価を求められるため選択肢から除外された。
一軍と二軍の女子生徒は、これから誰が死ぬかを競う敵であり、自身を陥れる可能性が極めて高いため選択肢から除外された。
となれば、もはや選択肢は一つ。
極限状態は、時に判断を狂わせる。
「お願い! どうすれば不細工になれるか教えて!」
「は?」
恋々が選んだのは、最低最悪の選択肢。
恋々が選んだのは、最低最悪の言葉。
三軍には、四つの組がある。
木理矢がもし口にしていたなら、アニオタ組と呼んだ男子生徒三人組、木理矢自身がいる陰キャ組と呼んだ男子生徒三人。
そして、不細工組と呼んだ女子生徒三人、腐女子組と呼んだ女子生徒三人。
男子生徒が選択肢から除外される以上、恋々の選択肢は不細工組と腐女子組。
ただし、恋々は二次元の恋愛に対して一定の抵抗感を示す性格であり、腐女子組が選択肢から除外された。
よって、恋々が立つのは、三軍――不細工組の三人の前。
全員が化粧を碌にしたことがなく、さらに正確に言うならば化粧をしても変わらない自身の容姿に諦めを抱き、化粧をすること自体を敬遠している三人だ。
突如現れた恋々を前に、南風子は呆気にとられ、すぐに恋々の言葉を思い出して怒りで顔を赤く染めた。
「鳩が原さん、私たちを馬鹿にしてんの?」
「ち、違うの! ごめん、私馬鹿だから、変なこと言っちゃうかもしれないけど、助けて欲しいの! このままじゃ、私、死んじゃうから!」
助ける。
つまり、恋々の容姿を悪くしてほしいとの懇願だ。
しかし、風子はそれを素直に懇願と受け取らなかった。
受け取れなかった。
人間はコンプレックスを刺激された時、全ての言動を悪い方向へと捉える欠陥を持っている。
不細工組にとって容姿とはコンプレックスの中心で、故に恋々の言葉が脳内で改悪を続けていった。
「つまり、鳩が原さんはこう言いたいの? あなたたちは不細工なんだから、私みたいな美人でも不細工にするのなんて簡単でしょ、と」
「違う!」
「役に立たない不細工なんだから、今くらい役に立てって言いたいの!?」
「違う違う! 話を聞いて!」
感情任せに席を立った風子を、残りの二人である東根嵐と椎原雲子が止める。
もちろん、恋々を守ったわけではなく、友達である風子が暴力を振るい、風子が死ぬことを恐れたからだ。
三軍である彼女たちは、ルッキズムデスゲームが始まった時点で自身の死など想像していなかった。
彼女たちが考えたことはただ一つ。
何を言われても暴力を振るわないことだけだけであり、故に嵐と雲子は即座に風子を止めることができた。
挑発による暴力程度、とっくに想定済みだ。
多少、頭に血が上りやすい風子を二人で止めること含め、とっくに想定済みだ。
「ね? 風子、落ちつこ?」
「そうそう。嫌なら嫌で、断ろう? 断っても、私たちが死ぬわけじゃないし」
嵐と雲子の言葉は、恋々への心配などみじんもなかった。
嵐と雲子は、恋々を嫌っていたり、恨んでいる訳でもない。
しかし、普段の接点が少なかったために、さりとて思い入れがあるわけではない。
しいて言えば、華々しく活躍をしている恋々を見て、時々嫉妬をしたくらいだろう。
そんな嵐と雲子だからこそ、恋々が死ぬことと他の女子生徒が死ぬことを天秤にかけてもどちらが傾くことはなく、故にフラットで冷酷な意志が固まっていた。
恋々は、風子の嫌悪感を示す態度のみならず、嵐と雲子の無関心な態度も見て、不細工組の協力を取り付けることが想像以上に難しいと理解した。
一人も味方のいない空間。
ちやほやとされてきた恋々にとって、初めての孤独な空間となっていた。
危機感を持って、恋々は口を開く。
「お願い! その……。助けて欲しいの!」
しかし、危機感とは、すぐに技術を向上させる類のものではない。
どうすれば不細工組を説得できるのか、その答えを恋々は即座に用意することもできず、結局抱える想いを同じ言葉で口にしただけにとどまった。
恋々の様子を見て、風子の怒りはゆっくりと冷めていく。
あまりにも滑稽な、恋々の様子を見て。
そして、滑稽な恋々を見て感情が無関心に傾いた嵐と雲子とは真逆に、風子は、関心へと傾いていった。
「いいわよ。助けてあげる」
「本当!?」
「代わりに、鳩が原さんは、私たちに何をしてくれるのかなあ?」
今なら、長い学校生活で蓄積された嫉妬を、恋々にぶつけることで発散できる。
そんな、暗い関心へと傾いた。




