第11話
自分で自分を傷つける。
それは、身体的な体力のみならず、精神的な体力も削られていく行為だ。
自傷行為をやり切ったスポーツマン組の三人もまた、トレーニング以外で自分を傷つけることに精神的な体力が削られており、疲労困憊な表情で席に座っていた。
しかし、疲労の中にどこか達成感を感じる爽やかも含んでいる。
傷だらけ痣だらけの顔になっても、三人の爽やかさは健在だった。
「おい!」
そんな三人の前に、海英は立ちはだかった。
「なにかな?」
返事をする力也の爽やかな瞳を見て、海英はその目をゆがませるため、感情のままに怒鳴った。
「お前ら! なにしてくれてんだ!」
「何がだい?」
「わかってんのか!? お前らがやったことは、人殺しなんだよ!」
「……話がわからないな」
「馬鹿にもわかるように言ってやるよ! 本当は、二時間目で死ぬのはお前らの誰かのはずだったんだよ! それが……糞っ! お前らが顔に傷なんてつけるから、誰が死ぬかわかんなくなっちまったじゃねえか! わかるか? お前らは、本来死ぬはずじゃなかった人間を殺すんだよ! 人殺しどもが!!」
デスゲームは本来、誰が死ぬかが分からず、それ故にゲーム終了時点で初めて恨み節が口にされる。
しかし、ルッキズムデスゲームは、ゲームが始まる前から死ぬ人間に凡その見当がついてしまう。
男子生徒であれば、チャラ男組にスポーツマン組。
容姿の良さという恩恵を受けていた者たち。
そうであれば海英にとって、スポーツマン組の三人の行動は、自分たちの死を他人に押し付ける行為である。
対し、力也には力也の言い分がある。
「さっきも言っただろ。俺たちは、正々堂々と戦うことを」
「正々堂々なら、正々堂々と死ねよ! 今まで散々いい思いをしてきやがったんだから、責任取って死ねよ!」
「俺たちは、別にいい思いなんて」
生まれ持った才能を自覚することは、人間には難しい。
力也もまた、生まれ持った容姿から受けた恩恵をすべて把握などしておらず、否定は心からの言葉だった。
が、一軍女子への告白と失恋を経験済みの海英にとって、自分を振った女子生徒が力也に熱い視線を送っている経験をした海英にとって、力也の言葉は地雷だった。
海英の頭の中で、何かがぶちんと切れた。
「してんだよ! 今まで何回告白された!? 試合の時、何人の女にキャーキャー言われた! 俺は、俺なんてな!!」
海英は泣きそうな目で、一人の女子生徒を指差した。
「俺なんて、恋人はあんなんだぞ! 俺だってもっと、美人と付き合いたかった! 女にモテたかったよ!」
死の危険という空間は、人間の精神をすり減らし、日常の自分とは違う自分を呼び覚ます。
死への抵抗。
今までの嫉妬。
妥協した自分へのみっともなさ。
全部全部が、普段心の奥底に隠した醜い自分を表に出し、言葉となって発信される。
正義を掲げてスポーツマン組の死を正当化したかった海英の口は、人生で最も軽くなっており、自身の言うことすべてを正義であると錯覚した。
「ひ、酷い……」
海英の言葉を聞いた、仲良し組の女子生徒――石田花が、両目を手で覆って、その場に泣き崩れた。
「花!?」
「ちょ、日々島君! 花のこと、そんなふうに思ってたの!?」
泣き崩れた花の体を、同じく仲良し組の二人が焦って支える。
教室の雰囲気が変わっていく。
スポーツマン組を恨む雰囲気から、海英を責める雰囲気へと。
否、スポーツマン組が死亡圏から脱出すれば必然的に死亡圏に入る海英に対して、死ぬべきは海英ではないかという雰囲気へと。
海英は、しばらく荒い呼吸をしていたが、自身に向けられる濁った視線を受けて、自身の発した言葉を思い返す。
そして、容姿の良さによる恩恵を受けていた三人と、容姿の悪さにより恩恵を受けれなかった自分という対比構造を作ろうとした言葉の中に、致命的な一言が混じっていたことにようやく気付いた。
即ち、自身の恋人の否定。
「あ、いや、違……。誤解だ!」
一人の女子生徒を傷つけた以上、女子生徒全員が敵に回ることは容易に想像できた。
また、海英の人間性への疑い、恋人がいることに対する嫉妬、二つの要素によって一部の男子生徒が敵に回ることは容易に想像できた。
結論として、海英は完全に自滅した。
「違うんだ! 誤解なんだ!」
「近寄らないで! 何も聞きたくない!」
海英が立場を取り戻すために必要なのは、花の許しである。
当人同士が和解さえすれば、部外者である周囲も、多少の納得感を得られるだろう。
味方が増えないまでも、中立の人間が数人は増えるだろう。
だが、花の拒絶と、他の女子生徒が作り上げた人間の壁により、海英は花の元に近づくことさえできなかった。
「おい、どけ! これは花と俺の問題だ!」
「あんなこと言っといて、二人にできるわけないでしょ?」
「話を! 話を聞いてくれたら、誤解は解ける!」
教室中の視線は、スポーツマン組から海英へ。
教室中の話題は、誰が死ぬべきかから海英を許すべきでないへ。
火の付いた話題は、しばらくの間、燃え続ける。
全員が、炎に巻き込まれる。
「話を聞いてくれ!」
しかし、時間は止まらない。
海英と花。
恋愛のいざこざがあろうが、時間は止まらない。
午前十時五十分。
教室にチャイムが鳴り響く。
『結果を発表します』
スピーカーから機械音声が流れる。
時間を忘れて花に話しかけようとしていた海英は、機械音声を聞いて、ようやく今がデスゲームの最中だったと思い出した。
それは、話しかけられることから逃げていた花も同様。
『ディスプレイをご覧ください』
ディスプレイに映る顔写真は、日々島海英と石田花。
「あ……あああああああああ!?」
「え、わた……し?」
死因を挙げるなら、視野が狭まっていたこと。
花から許しを得ようと動いた海英と、海英からのカミングアウトに泣きじゃくる花。
二人に共通していたのは、容姿を悪くする作業を怠ったこと。
海英と花のトラブルの裏で、恋々が自身の不幸を嘆き終わり、生き続ける覚悟を決めた。
そして、スポーツマン組の顔を傷つけるという覚悟を見て、自身の髪にハサミを入れてずたずたにした。
自慢のツインテールは一本が床に落ち、その様は無惨なものだ。
恋々の覚悟を見て、同じく覚悟が決まったのは、一軍の真面目組である二人、文音と記紅だ。
真面目ゆえに、今日使う予定のなかったハサミを持ってきていなかったので、恋々に頭を下げてハサミを借り、髪を三割ほど落とした。
できるだけ、容姿が悪くなるように。
恋々が二人にハサミを貸したのは、親友を失った同志への同情だ。
文音と記紅の行動を見ていた普通組の三人、そして仲良し組の残りの二人もまた、海英を責めつつも、隙間時間で同じように髪を落としていた。
海英を責めるという役目を意識しながらも、自分が生きたいという本能もきちんと残し、行動に移すことができていた。
周囲が見えなくなった海英と花の脱落は、半ば必然だった。
『男子生徒は日々島海英、女子生徒は石田花に決定しました』
「ふざけんな、てめえら!」
海英の、今際の言葉。
赤いレーザーが海英と情を打ち抜き、二人は床へと倒れた。
『十分間の休憩時間に入ります』




