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第1話

 今日も、いつも通りの朝が来る。

 生徒たちは、いつも通り制服に身を包み、いつも通り登校する。

 

「おはよー」

 

「はよー」

 

 生徒たちが下駄箱の前のゲートに学生証をタッチすると、ゲートが生徒登録済みの人間であると認識し、扉を開く。

 高校のセキュリティシステムは、部外者の校内への侵入を許さない。

 

 生徒たちは下駄箱で上履きへと履き替えて、廊下を歩いて自分の教室へと向かう。

 教室の自動ドアが開くと、一瞬教室にいる生徒たちの視線が集まり、すぐさま視線がばらけて散る。

 残るのは、教室に入ってきた生徒の友達の視線だけ。

 

「おはよー。結局あの後、宿題できた?」

 

「おはよー。もちろん、やってない!」

 

「もちろんって、あんた……」

 

 時間が経つにつれて一人、また一人と教室に生徒が入っていく。

 

 教室が、多様な生徒で満たされていく。

 登校して来たばかりの生徒から、部活の朝練を終えて疲労を浮かべる生徒まで。

 男子から女子まで。

 活発な性格から物静かな性格まで。

 イケメンから不細工まで。

 

 高校の教室には、多様性が詰め込まれている。

 

 午前八時三十五分。

 朝読書前の予鈴が鳴り、生徒たちはそそくさと着席を始める。

 

 朝読書とは、その名の通り、毎朝登校後の十分間で読書をする時間のことだ。

 若者の読書離れを嘆いた校長が新設した時間であり、生徒たちの賛否は真っ二つに分かれている。

 

 朝読書の本鈴が鳴ると同時に監視役として教師が教室に入ってくるため、それまでに席についておくのが高校のマイルールだ。

 予鈴とともに職員室から教師たちがぞろぞろと出ていき、それぞれ担任を受け持っている教室へと歩いて向かう。

 

「なあ、ドア開いた瞬間、大声出して驚かせねえ?」

 

「発想が餓鬼じゃねえか。ウケるわ」

 

 髪の毛を遊ばせた男子たちが、廊下を歩く教師の足音を聞き、名案でも思いついたようにはしゃぐ。

 教室の自動ドアを指差しながらの、からかい交じりの笑い声。

 本気で決行しようかとしばらく話し、やるなら後日、もっと準備してから派手にやろうと結論づいた。

 

 朝読書の本鈴が鳴る。

 生徒たちは、持参した本を開いて、読書を始める。

 担任の教師も時間通りに教室の扉の前に到着し、自動ドアが開くのを待った。

 

「ん?」

 

 が、いつまで待っても自動ドアが開くことはなかった。

 

「おいおい、なにやってんだお前たち。いたずらはやめてくれ。読書の時間だぞー」

 

 教師は困った表情で、教室の中へ呼びかける。

 自動ドアは、教室内から施錠をかけられる仕組みだ。

 教師が、生徒の誰かのいたずらだろうと判断したのも当然だろう。

 

 そして、足止めという時間の無駄を嫌った教師は、教壇のある前側の自動ドアから入ることをやめて、ロッカーに近い後ろ側の自動ドアから入ろうと移動する。

 しかし、後ろ側の自動ドアも開くことはなく、教師は思わず自動ドアをノックした。

 

「こら。いたずらはやめなさい!」

 

 少しだけ怒気を含んだ教師の言葉を聞いて、心当たりのない教室内の生徒たちはきょろきょろと視線を散らした後、予鈴後のやりとりを思い出して視線を一点へと向けた。

 先程まで、教師を驚かせようと話していた男子生徒――永遠とわ銀河ぎんがへと。

 

 視線に気づいた銀河は、視線が本当に自分に向いているのかの確認のため周囲を見渡し、自分に向けられているとわった後は驚いた表情を見せた。

 

「え、いや。俺、何もやってないよ?」

 

 やってもいないことを自分のせいにされてはたまらないと、銀河は焦った表情で否定する。

 教室内の生徒たちは銀河の言葉を半信半疑に受け止めながら、銀河でなければ誰の仕業かと、心当たりのある生徒の方へと思い思いに視線を散らした。

 銀河とよく一緒にいる二人。

 人をからかうのが好きそうな生徒。

 匿名で陰湿なことをしそうな生徒。

 しかし、視線を受けた生徒全員が困惑の表情を浮かべたため、誰も犯人の確信を得ることができなかった。

 

「まずは、鍵を開けましょう?」

 

 教室に混乱が蠢く中、立ち上がったのは学級委員長である花野かの書絵かえだった。

 書絵は、犯人を突き止めるよりも教師が教室に入れない状況を解消する方が先だと考え、前側の自動ドアに向かって歩き始めた。

 書絵が歩くのを窓から見た教師は、書絵同様に前側の自動ドアに向かって歩き始めた。

 

 教室内の自動ドアの横には指紋認証センサーが備え付けられており、登録された指紋を当てることで自動ドアの解錠と施錠が可能なのだ。

 学級委員長である書絵も、登録済みに含まれていた。

 誰かが施錠したならば別の誰かが解錠すればいい、それだけの話だ。

 書絵は自動ドアの前に立ち、自身の人差し指を指紋認証センサーへと押し付けた。

 

「……あれ?」

 

 が、書絵の想定とは異なり、自動ドアは解錠されなかった。

 本来であれば、指紋認証センサーの下にあるライトが緑色に光り、書絵の存在を検知した自動ドアが開くはずだったが、一向にその気配はない。

 

「おかしいな?」

 

 書絵は上手く指紋が認証されなかったのではと考え、一度人差し指を離し、再度強めに押し付けた。

 しかし、状況は変わらない。

 自動ドアは開かない。

 

「なになに?」

 

「どうしたの?」

 

 焦りを見せる書絵の元に、書絵の親友である女子生徒が二人やってきて、書絵と同様に自身の人差し指をセンサーに当てた。

 しかし、自動ドアは開かなかった。

 

「参ったなあ。故障か?」

 

 教室の外から書絵たちの様子を見ていた教師は、うんざりとした表情で頭を掻いた。

 教師にとって、書絵は優等生である。

 ここで解錠する振りをして教師を教室に入れず、時間割通りの進行を妨げようなどと考える生徒ではなかった。

 それ故、教師は現状が生徒のいたずらではなく、校内システム上の問題だと判断した。

 

 教師が近くの窓を軽くノックすると、書絵はすぐに窓の近くへと駆け付け、教師からの指示を待った。

 

「多分、校内システムの不具合だ。花野、先生は職員室に戻ってシステムの状況を確認してくる。その間は、引き続き読書をさせといてくれ。それと、花野にはSHRで集める予定だったプリントを、先生の代わりに集めといて欲しい」

 

「わかりました」

 

 書絵へ指示を終えた教師は、速足で職員室へ向かって歩いて行った。

 その後を追う様に、他の教室の担任をしている教師たちも、職員室へ急いで向かっていた。

 

(学校全体のトラブルかな?)

 

 書絵はそんなことを考えながら、ひとまず教壇へと立ち、改めて状況の説明を始めた。

 

「えーっと、トラブルで自動ドアが開かなくなっているようです。今、先生が原因を調べに向かっているので、トラブルが解決するまでは読書をして過ごしましょう。後、今日のSHRで先生が集める予定だったプリントを今集めます。各自、机の右、前側に出しておいてください」

 

 生徒たちにすべきことを示し、教室の雰囲気をいつも通りに戻した。

 

「書絵、手伝うよ」

 

「私も」

 

「ありがとう。じゃあ、私は右側を集めるから、二人は左側と真ん中をお願い」

 

 書絵と書絵の親友二人はプリントの回収を、他の生徒たちはプリントを机の上に出した後、各々持参した本を取り出して読書に励んだ。

 中には、隣の席の生徒と雑談に勤しむ生徒もいたが、それもまたいつも通りの風景だ。

 

「プリントは?」

 

「忘れましたー」

 

 書絵たちはプリントを集め終えた後、教壇の机でプリントを出席番号順に並び変える。

 並び替えについては教師から指示されていないが、やっておけば教師も嬉しいだろうという書絵の判断だ。

 書絵の、優等生たる所以だ。

 

「出席番号前半分、終わったよー」

 

「ありがとう。私も、もう終わるよ」

 

 書絵が親友からプリントの束を受け取り、自分の作った束とあわせ、机にトントンと叩いて揃えていく。

 いつの間にか、時間は朝読書の終わる午前八時五十分を指していた。

 

 

 

 教室内に、チャイムが響く。

 

『おはようございます。生徒の皆様。ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』

 

 スピーカーから機械音声が流れたのは、そんな時だった。

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