魔の森への旅立ち
さて、気になる事はあと一つ。そう、ジャコールさんとやらの件だ。先ずは情報が欲しいが、ネビルブからも、ブランからも、今まで噂に聞いてきた話以上の事は聞けなかった。
そこで一旦未だ混乱して後片付けに追われている砦に戻り、先ずは俺自らの調査の結果ジャコールのスパイ疑惑は濡れ衣であったと報告。その上で彼を復権させると宣言した。グレムリー一派が空中分解の後、実務部分の穴埋めに元のジャコールの部下達がかなりの人数当てられていた為、この処置に異を唱える者は居なかった。
後はジャコール本人を呼び戻そうという流れになったところで、元の部下の中から何人かを集めて彼の現状を尋ねる。
「はい。南部の魔の森と呼ばれる森林地帯に、その名の由来となった凶悪な魔物、バジリスクの討伐を命じられ、討伐隊を率いて遠征されています。それがもう何十日も前の事になりますが、その後の便りが途絶えたままなので、我々も心配で仕方が無いのですが…。」
う〜ん、何十日も前から便りが無い…、それってもう…。
「討伐隊というのはどれ位の規模だったかな?」
「はあ…、4〜5人かと…。」
少な! その10倍位かと思ってたよ。まさか1桁前半とは…。
「本当は私達も参加したかった、大臣と共に行きたかったです。そんな者は何人もおりました。しかし…、お許しいただけませんでしたので…。」
そう言いながらこちらを見る目が何となく恨みがましい。ああなるほど、許さなかったのは"俺"ね。悪うございましたってば。
「ジャコール様は生真面目な方でしたので、討伐が成るまで帰らないと決めていらっしゃるのかも知れませんが、そもそも帰って来られない様な状況に陥っているのでは無いかと思うともう居ても立ってもいられず…」
彼はそう言いながら大きく溜め息。するとそこにいた他の部下達も次々と溜め息。いたたまれん! 俺は逃げる様にそそくさとその場を離れるので有った。
逃げる道すがら俺はネビルブに尋ねる。
「バジリスクってのは、そんなにヤバい魔物なのか?」
「はい。あれはもう怪獣ですな。図体がデカくて元々の力も強いのですグワ、何より毒の息と石化の視線がシャレにならないでクエ。討伐隊はこれ迄にも派遣されたことは有りますグワ、今回の数倍の人数だった隊も戻っては来ませんでした。」
なるほど、安易に増援なんか派遣しても二次災害になる可能性が高いって事が。しかしこのまま見捨てる訳にも行かない。何となく責任を感じてしまうし。
「仕方無い、私が行こうか。」
「何と!…クエ。」
俺の申し出に対し、ネビルブが心底以外そうな反応をする。
「何で又急にそんな気に? 今まで将軍様ご本人は南の森の討伐には全くやる気をお見せで無かったと記憶しておりますでクエ。ですクワら、処刑場として便利なんで、敢えてそのままにして置こうという魂胆…ゲフンゲフン…お考えなのかと思っていたでクエ。」
確かにそこは疑問だった。何で此処で一番強い"自分"がやろうとしないのか? 何で戦力逐次投入なのか? 案外ネビルブが勘繰った通りの理由なのかも知れない。だが、もう放置するつもりは無い。
ジャコール隊の救援に向かう事に決めた俺は、出立前に一度ババナン農園にブランの様子を見に寄ってみる。
今は元の自分等の家を複数人が住み込み出来る様に改装を計画中の彼女に、これからジャコールを連れ戻しに行くと告げた。すると彼女の表情に一瞬光明が刺すが、すぐにそれを押し殺すと、あまり興味の無い風を装う。俺もそれを指摘する様な野暮はせず、スルーした。彼女は平静を装ったまま一度奥へ引っ込んで行ったが、すぐに大きなざるいっぱいのババナンの実を抱えて戻って来た。
「これは…その…戦地へ赴く将軍閣下への手向けと言いますか、餞別と言いますか…、景気付けに召し上がって下さい!! 」
な〜るほど、彼女のジャコール救援を応援したいという素直な気持ちを出すか出さないかのギリギリのラインがこの山盛りのババナンなのだろう。ニヤニヤを抑えながら、遠慮無くいただく事にする。
やや細長い黄色い実、ぺろんという感じに皮を剥くと、かぶり付く。何これ、美味い! これは…、意外と止まらない。
「今はこの程度ですが、すぐにもっと美味しく作るつもりです。」
え、これより更にか⁈
「こりゃあジャコールがご執心になる訳だ…。」
俺の呟きに、ブランの頬が少し染まる。いや、そういう意味で言ったんじゃ無いからね! 等と思っている間も手は止まらず、気付けば持って来て貰ったババナンは全て無くなっていた。ネビルブも食べていたがせいぜい2〜3個なので、ほとんど俺一人の腹に収まってしまった。
五臓六腑に染み渡るなんて言い回しを年配の親戚がしていたのを聞いた事が有るが、まさしくそんな感じで、体中の内臓から筋肉から栄養が行き渡って、休んでいた臓器まで目覚めて行くかの様な充足感だ。思えば食べ物を腹一杯食べたのなんてこの体になってから初めてだよなぁ等と妙な感慨にふけったりする。もっと持って来ましょうかとブランが鼻息荒いが、さすがにキリが無いので遠慮。腹が膨れ、色々とモチベーションも上がったところで、ブランに礼を言って、勢いそのままに彼女の家を後にした。
以前より力強くなった気がする翼を広げると、空へ舞う。少し行ってからふと後ろを振り返ると、ブランがこっそり戸の陰から期待と不安をたたえた目で俺を見送っているのが見えた。