ババナンババナンバ・バ・ナン
未明の町長邸の庭先、邸宅が燃え落ちようとしているのを眺めて途方に暮れるしか無い使用人達、家政婦やコック、庭師、執事など。用心棒リーダーの姿も有ったが、俺を見て何処かに逃げて行ってしまった。俺の傍らにはブラン。
「もう何にも無くなっちゃった…。」
一度そんな呟きを発したきり、呆然としたままだ。
執事の男が俺に気付いて声を上げる。
「貴方様は…、まさか…?」
そう言えば爆風でターバンもマントも吹き飛ばされたままだったな。さすがに気付く人は気付くか。
「…ああ…、エボニアムだ。」
「ややや…やはり!」
おののく執事氏。驚きは周りの者達にも広がって行く。ブランもこれには反応した。
「将軍閣下⁈ 何故ご自身でこんな些末な件を?」
最初こそそんな風に単純な驚きにかられていたブランだが、すぐに何かに思い当たった様だ。
「やっぱり…ジャコール様の件が有っての事でしょうか?」
ああ…、そっちだと思われたか。ジャコール元大臣の事は正直未だ良く分からないが、気になっていたのは確かだ。ブランにとってその方が余程腑に落ちると感じるのもまあ理解出来る。
「中央で少しゴタゴタが有ってな。私の副官の席が空いてしまったのだ。その後継の候補としてジャコールの名も挙がっているのでな。そもそものジャコールに掛かっている疑惑の調査も行っているんだ。」
「外の土地の人間の国と通じていると言う話ですか? あれは言い掛かりです! ジャコール様は人族を上手に使って生産性を上げようと合理的に考えておられるだけで、むやみに人間を優遇しようとしている訳じゃ有りません。」
「元大臣との接触が多かったブランさん自身が外の国のスパイである等という言われ方もされておりましたな。」
さっきの執事が口を挟む。事務方っぽい真面目で温厚そうな老人である。
「そんな事有る訳が…」
ブランが悔しさを滲ませる。枯れたかと思った涙がまた溢れて来て言葉が続けられない。代わりに執事が話を引き継ぐ。
「ええ。そんな事実は無かったという事は、今の彼女の境遇を見れば明白です。彼女にも彼女の父親にも何の後ろ盾も無かった事は証明された様なものです。」
もっともだ。最初からこじ付けめいた話なのだ。
「ジャコールとはババナンの件で接触が有ったと聞いたが?」
「はい…。」
俺がババナンに話を持って行くと、ブランはやっと涙を拭いて顔を上げた。
「父の育てたババナンを、ジャコール様も天下一品と讃えてファンになって下さいました。そこから人間が物を作り、研究し、より良くする努力を怠らない事をすごく評価して下さる様になったんです。」
なるほど、ジャコールが人間に肩入れしていたのは同情でも、彼女への愛情故でも無く、リスペクトだったって訳か。この環境下でたいしたもんだぜ。
「それで、そのババナンは今は?」
「ババナンの栽培は私一人で出来る仕事では無いだろうという事で、農園ごと町長さんが管理を引き継いで下さっているはずです。」
体良く取り上げた…と。管理とやらも怪しいものだ。
「一度、見に行ってみようか。」
「……え?」
「案内してくれるかな?」
「は…はいっ、もちろん!」
俺の提案に、ブランの目に少し光が戻る。やはり気になってはいたんだなあ…。
気付けばもう朝になっており、太陽(?)は既に山間から顔を出している。屋敷はなす術も無く全て燃え落ちようとしており、敷地が広かった為、周囲への延焼は免れられそうなのだけが幸いだ。見れば敷地の外にはかなりの数の野次馬が集まって来ている。だが彼等の表情はと言うと完全にイベントに集まっている者のそれであり、笑い声を立てている者さえいる不謹慎ぶりだ。町長が町民からどう思われていたかが実に良く分かる。
馬番の者が先に逃しておいてあった馬(?)を借り、ブランの案内の元、馬番の荷馬車で農園へと向かう。もう少しで森林地帯に差し掛かるという辺りにそれは有った。整然と並んだ南国風の樹木、親娘2人だけで管理していたにしては中々広い農園だ。
「ああ…、酷い…。」
農園を見るなりブランがそう呟く。立ち並ぶ木々に鈴なりの黄色い実、正直俺には何がどう酷いのかさっぱり分からない。
「間引きも不充分だし断ち枝もされてない。ああ、地面が湿り過ぎてる、水を撒き過ぎなんだわ…。あっ、酷い!」
ふと、丁度実の収穫をしていた農夫の作業を見て、ブランが堪らず馬車を飛び降り駆け寄って行く。そして暫く話し合い…と言うか押し問答をしている。そして肩を落として戻って来た。
「私には分からんが、余り良い状態では無いのかな?」
「はい…。」
俺から声を掛けるとすっかり気落ちした様子で答えるブラン。
「農園はさっきの方がご自分の農園のついでに世話をさせられているそうで、実質的に放置の様です。たまにああして勝手に成った実を収穫して小遣い稼ぎをしているんだそうです、あんな出鱈目なむしり方で…。多分もう間も無くみんな野生の木に戻ってしまう事でしょう。」
もう見ていられないから帰りましょうとでも言いたげに、すぐ荷馬車へと乗り込んで来るブラン。まあ専門家がそう判断するのならと、旧町長邸へと取って返す荷馬車。
その道すがら、俺はある事を提案してみる。
「君が世話をすれば、ババナン農園を復活させる事が可能かね?」
俺の問い掛けに、少し顔を上げるブラン。
「ババナンの栽培方法は父から教え込まれています。でも、そこは町長が判断された通り、私一人ではとても…。父は近隣農園から手伝いを頼んでこなしていましたが、私には父程の人脈は有りませんから。私の頼みでは聞いて貰えないでしょうし…。」
「人手が足りないから無理…という事か?、…私はつい最近職場を失ったかなりの数の人員に心当たりが有るのだが?」
その俺の一言を聞いて、ブランの目の中に再び光が戻って来る。
「そうか、お屋敷の使用人さん達! 私にも親切にしてくれていた人もいるんです。庭師のおじさんとか協力してくれるかも、またお父さんの農園…出来るかも!! 」
ここへ来て、今まで見た事も無い程テンションが上がっているブラン。その勢いのまま、ほぼ燃え尽きてしまった"元"町長邸に辿り着くなり、未だ寄り添って途方に暮れている"元"使用人達の集団に突撃し、説得を始める。今まで奴隷同然だった彼女の指示の元で働く事に難色を示す者も多かったが、何人かは話に乗って来ている様だった。件の庭師もかなり乗り気な様で、彼の働き掛けで加わって来る者もおり、どんどん具体的な話になって来た。
一応俺の方からは、農園の正式な所有者としてのブランの身分の保証と、ババナンの流通に対しての砦側の積極的な関与の約束を申し出ておいた。農園については俺に出来るのはその辺までだろう。
そして次に問題となるのが空席になってしまった町長の席についてな訳だが、町運営の実務部分は(面倒くさい事程)あの執事の彼が担っていたそうなので、内情について聞いてみたところ、現在副町長職にある人物は凡庸な男で、町長の太鼓持ちに過ぎなかった様だ。町長職はこれまでずっと世襲。特に今の町長が継いでからというもの、政治の腐敗は進行する一方で、実質町長も副町長も何もしていなかったと言うのが現実の様だ。
とりあえず俺はすぐさま野次馬に混じっていた副町長を呼び付け、執事氏を交えて新町長の選出について話し合った。俺は選挙をするべきだと主張し、それには貢ぎ物選定のシステムを流用すれば良かろうと執事氏が提案して来た。副町長はそれがいいそれがいいと頷いた。もちろんこのシステムには色々と問題も有るので調整は必要になるが、そこはこの執事氏に任せてしまって大丈夫そうだと判断した。
ここまでの段取りを済ませ、一旦人間街を後にする俺で有った。