町長邸の夜は燃えて
果たして体感で1時間もしない内に部屋に何者かの侵入が有る。
「どうだ、眠ってるか?」
「え〜え、ぐっすりですよ。」
小声での会話、用心棒ズであろう。と、灯りが点された。
「なるほど、気付く様子も無いな。」
「あの豆茶を飲み干してましたんでね。あんだけの量の薬を飲めば3日は目覚めませんぜ。」
「本当によく気付かずに飲んでくれたもんだぜ、さすがに味でバレるだろうって少し止めたんだがな。」
「余程鈍いんでしょうよ。ま、楽でいいじゃ無いすか。」
え〜え〜鈍くて悪うござんしたね、ああいうものかと思ったんだよ! しかし…、一服盛られてたのか。何で平気だったんだろ? 元々寝ないんだから眠り薬なんて効かないのか、毒そのものに強い体質なのか、とにかく俺は何の影響も受けなかった様だ。
「それにしても砦からのお使いを殺っちまって大丈夫なんすかね?」
「なあに、人間街へのお使いなんてさせられてるのは下っ端オブ下っ端さ。こっそり埋めちまえば捜されもしねえってよ。」
このやったもん勝ちの精神はこの国では当たり前のメンタリティなんだと感じる機会がしばしば有る。好きな様にやれる力のある者が好きな様にやる、それがこの国の当たり前なのだ。力の無い者にとって何とも生きづらい事だろう。
「よし、じゃあヤるぜ!」
「おう。せ〜〜の!! 」
一斉に剣や槍で突いて来る用心棒ズ。避けようと思えば避けられたが、敢えて初撃は喰らってやる俺。チクリとはするが、やはりこの程度の攻撃は俺には通らない。
「うわ! 硬えっ。」
1人がそうこぼしたところで俺はガバッと起き上がる。動揺する用心棒ズ。
「はて、ひとが気持ち良く眠っていたというのに、随分と失礼な方達だ。」
普通にしゃべる俺に彼等の動揺は最高潮。
「なな…何で薬が効いてねえんだ? あんな量、牛でも寝るぞ……え〜いくそっ!!」
今更引けない用心棒ズ、手にした武器で改めて襲い掛かって来る。が、こちらももう当たってやるつもりは無い。スイスイと攻撃をかわす。そしてリーダーらしき奴に肉迫、持っていた槍をはたき落とし、後ろに回って羽交い締めにする。少し強めに締めるとリーダー(推定)は赤くなったり青くなったり。別の男が剣を突き出して来た方にリーダーの体をサッと持って行く。慌てて剣を引っ込める用心棒B。状況が膠着したところで、更にリーダーを締め上げる。
「はっきり答えて貰おう、誰の指示だ!! 」
「ちょ…町長だ。町長夫妻の命令だ…。」
顔を紫にしながらそれだけ言うと、泡を吹いて動かなくなるリーダー、手を緩めるとその場にへたり込んで気絶。
戦意を喪失している用心棒ズはそのまま放置し、先ずはブランの元へ向かう。果たして彼女も正に用心棒ズの1人に襲われようとしてているところだ。それをネビルブが牽制して阻止している。良くやったネビルブ! 俺はその用心棒Fの目の前にいきなり立ち塞がるや、その手に持つ短刀を素手で鷲掴み、バキバキと握り潰した。その人間離れした所業に、ヒイッ!と鳴いて腰を抜かす用心棒F。
そっちは放置し、ブランの方に向き直る俺、幸いブランに怪我は無い様だ、と言うか泣き腫らした顔はまるで涙ごと感情も枯れてしまったかの様で、随分落ち着いている様にさえ見える。
「有難うございます…、また助けていただいてしまいました。」
と、本当に有り難がっているのかも怪しい憔悴っぷりのブラン、掛ける言葉が見つからない俺。大体女の子の扱いなんてこちとら経験値ゼロなのである。
こちらの隙を見て用心棒Fがコソコソと逃げて行く気配を感じ取った俺は、ネビルブに再び彼女を任せ、町長本人を詰める為、Fの逃げて行った足取りを辿って行く。
まあこんな夜中に大声を出し合って揉めている現場は直ぐに見つかった。中を伺うと、先ず目に入った件の町長夫妻。高そうな服を重ね着しまくって、持てる限りの大荷物を抱え、絵に描いた様な夜逃げルック。傍らには彼等以上にふくよかな、初めて見る顔の青年、だらしなく部屋着のままだ。そして彼等に詰め寄る用心棒ズB〜F。
「自分達だけ逃げようってんですかい! 俺達ぁ奴と直接事を構えちまったんだ。あんたがやれって言ったんだぞ! てかもうあんたからの指示だったって言ってきちまったからな。今更ケツまくろうったって遅いぜ!! 」
「うるさい! そもそも5人掛かりであんなぼんやりした魔族1人仕留められんとは役立たず共が! お陰でワシは全てを失うんだぞ!! 」
言い争う両者。夫人はと言えば、
「ああ、何であんなハーフエルフの娘なんかの為に! チャーリーめ、余計な遺言なんて残さずとっとと食われといてくれれば、私達が今の立場を追われる事も無かったろうに、ええい口惜しい〜!! 」
その傍らの青年は、
「何だよ夜逃げって、おで何にも聞いてないぞ! 逃げるなら親父達だけで行けばいいだろう、おでは家から一歩も出ないからな!! 」
修羅場である。皆んなが皆んな自分の事しか考えていなそうなのが又救えない。この場を収める自信がまるで無かった俺は、もう暫く物陰から静観を決め込む事にする。
「お…俺達だって逃げるぜ! だが先立つものが必要なんだ。金でも宝飾品でもいいから、幾らかこっちにも分けやがれ!! 」
「うるさいわい! 日当は払ったろうがっ、元々食い詰め者のお前等なんぞあれで充分だ! これ以上お前等にやる金なんぞびた一文無いわ!! 」
「何だとこのヤロウ!! 」
「そんな役にも立たない連中放って置いて早く逃げましょうよアンタ! あとこのドレスとこのコートも持って頂戴よ! あとこの食器も…、あ〜〜っ、あなたもいつまでも駄々をこねていないで早く支度しなさい!」
「嫌だぁ! おではここに残るっ、行きたきゃママ達だけで行けよ! あ、でもコックとおで付きの家政婦は置いてけよ。あとオモチャにするからブランも置いてけ。でゅふふふふ…。」
と、事態は一向に修復する気配も見せない。そして…、
「てめえ、寄越せっつってんだ!」
「あっ、この…放せえェ!! 」
遂に揉み合いになる町長と用心棒ズ。荷物の一つが奪われ、床にぶち撒けられる。散らばった宝飾品に用心棒ズが群がり、手にした貴金属を次々とポケットに突っ込んで行く。
「ちょっとォッ! その宝石は私のものよっ、汚い手で触らないで!」
奥方がそれを止めようとして弾かれ、コロコロと床に転がる。そろそろ止めないとマズイかなとか思っていると…、突然空を切って飛んで来た何かが用心棒Eに当たり、そのままバッタリ仰向けに倒れ息絶えるE。気付けば町長が壁に掛けられていたクロスボウらしき武器を手にし、次々と乱射している。
「あ、て…てめえ…うわ!」
町長も多少の心得が有るのか矢をつがえて発射の手際が良く、次々に発射される矢が残った用心棒ズに襲い掛かる。ただもう狙って撃つ余裕は無いので、何ならラッキーショットは最初だけ、後は軽傷レベルの手傷を負わせるのがやっとだ。そんな中、やや明後日の方向に飛んだ一本の矢が…、
「デュフフフフ…、ブランにあんな事やこんなこボるァ☆♪¥#〒g@…」
町長夫妻の息子(推定)の後頭部に突き刺さり、矢の先端を口から生やして幸せそうに妄想の中昇天する青年。一方遂に町長に取り付いて引き倒す用心棒B、手にした小刀を振りかぶる。阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中、奥方の鶴の一声。
「やーめーろー! 今すぐ武器とポケットの中の物を全部置いて出て行けー!! さもないと…」
彼女が掲げた手には何か筒状の物が握られており、それは怪しげな赤い光を明滅させている。
「馬鹿、よせっ! それは…爆炎の魔力を封じ込めた"魔力電池"だっ、脅しじゃ済まん!」
彼女を制止する言葉は意外な事に町長の口から発せられる。そんな奥方に背後から駆け寄って横腹に小刀を突き立てる用心棒C、くぐもった悲鳴を上げて奥方が赤い筒を取り落とす。Cがそれをキャッチしようとして…失敗! あ、これやばい!そう感じて首を引っ込めた途端…。
爆発音と共に部屋全体に猛烈な炎が踊る。俺も衝撃波を少し喰らったが、ダメージとしてはさほどでも無い。少ししてから再び中を伺うと、炎に包まれた部屋の中にもう生きている者はおらず、奥方とCは跡形すら無かった。
こうして町長一家の夜の狂宴は、俺の想定の斜め上をいく惨劇を繰り広げて、唐突に幕を閉じたので有った。