晩餐は空回る
屋敷の応接室らしき部屋へ通され、どうでもいい世間話を聞かされながら、色々と世話を焼かれる。派手派手な室内着を勧められたが、さすがに正体がバレるかと思って遠慮し、フードからターバン姿になるに留めた。魔族が人間の晩餐にお呼ばれした時の作法なんて元々知ったこっちゃ無いし。
そうこうする間に歓待の準備が整った様で、ダイニングへと通される。急ごしらえにしては豪華な料理の数々が並ぶ食卓。何より人間が造った人間用の料理というのが安心感が有る。
町長とその奥方らしき女性が既に席に座っている。あの奥方が怒鳴り声の主だろうか、こちらも贅沢しているのが体型から分かる。顔付きはいかにもキツそうで、口うるさそうだ。
と、反対の入り口から入って来るのは…ブランだ。ドレスアップとまではいかないが、さっき見た時とは見違える様に身支度が整えられている。こちらも慌てて取り繕ったのだろう。事情も聞かされずに連れて来られたのだろうか、戸惑い気味でやって来た彼女は俺の方を見てあっと言う顔になる。そこで俺は、彼女の前に進み出て話し掛ける。
「あなたがブランさんだったんですね。」
「はい、そうです。貴方様は?」
俺は少し躊躇う、しかしこれを伝えない訳には行かない。
「私は砦から来た使いの者です。チャーリー殿の遺言に従い、娘であるブランさんの現状を確認に参りました。」
「遺言…ですか⁈ それって…」
ブランの顔色が音が聞こえそうな程急激に変わる。
「はい。10日程前になります。生贄としての役割を果たされました。」
膝からくず折れるブラン、うなだれて、何も言わなくなる。震える肩と、床を濡らしていく涙に気付かなければ分からなかった程、声を殺して泣いているのだ。俺にはもう掛ける言葉が見つからない。暫くは部屋全体の時間が止まったかの様だった。だがすぐに奥方に指示された召使いが2人程ブランに歩み寄り、介抱するかに見せて彼女を部屋から連れ出して行った、と言うかとっとと引っ込ませた。
「御免なさい、あの子には気持ちを整理する時間が必要そうだったので、今は部屋で休ませる事にします。それはそれとして、晩餐にいたしましょ。」
奥方に促され、町長が音頭を取り、なし崩しな感じに晩餐は始められる。ブランの悲しみなどすぐさま忘れ去られた。
俺はと言えば、此処に入って料理を見た時の"美味そうだな"と言う気持ちは何処へやら、チャーリーの最期の瞬間の光景を思い出してしまって、元々無かった食欲が更に萎え、ほとんど料理には手を付けなかった。
「人間用の料理はお気に召さんのかな?」などとズレた事を言いながら、それならばと町長はやたらと酒を薦めてくる。だから飲め無いっちゅうねん! それも気分では無いと遠慮して、最後にお茶を貰い、食事を締めさせていただいた。お茶はコーヒーと似ていたが、何だか薬みたいな苦さで、缶コーヒーが恋しいなあなどと思ってしまった。
この時点でかなり遅い時間だったので、俺はもう休むと伝え、当てがわれた部屋に辞させて貰った。
部屋に入ったところで、これまで存在感を出さない様にしていたネビルブが口を開く。
「将軍様はあのチャーリーとかいう人間に随分と思い入れが有ったんですクワな。逃がそうとしていたのも本気だった様ですし、今またその娘にまで肩入れしようとなさる。」
「…………」
まあ、図星で有る。返す言葉も無いとは正にこのこと。
「私としては……正直楽しゅうございますでクエ。嫌な奴が凹まされる場面に居合わせる機会が随分多くなりましたんで、日々溜飲が下がる思いでクエ。今回はあの小物の癖に偉そうな町長夫妻を懲らしめるおつもりでしょう? 私も何かお手伝いいたしましょうクワ?」
…こちらの心配を他所に、案外ネビルブはノリノリだった。本当にこいつは(以下略)。
お言葉に甘え、ネビルブに屋敷内の様子をこっそり伺って貰う。案の定俺の部屋は見張られており、そうするのに都合が良い、逃げ場の無い配置になっている。そして町長達はと言えば、会議室らしき部屋に用心棒達と籠り、何やら密談をしている。まあ多分碌な話では無いだろう。
更にブランを探してもらったが、自室に籠って未だ泣いている様だった。自室と言っても物置を当てがわれているだけの様で、使っていない道具やガラクタが積まれている片隅に、粗末な寝台が置かれているだけの部屋で、そんな部屋に不似合いな良い服を着たまま、今は声を上げて泣いているそうだ。
念の為ネビルブにはブランの様子が見守れる所に 詰めていて貰い。俺は部屋の明かりを消して寝台に横になる。尚、魔神で有る俺の体は睡眠を必要としないし、明かりが無くてもある程度物が見える、と、言う訳で、完全に寝た振りを決め込むのだった。