消えた将軍
この後の記憶は実のところ曖昧だ。気付いたら砦の自室で呆けていた、「別に将軍様は食べた訳では無いでクエ。」と、ネビルブにしては珍しくフォローを入れて来たのは覚えている。それでも同じ事なのさ、生きてブランの元に返せなかったのは事実なんだから。
最初から俺がブランに受け入れられる要素なんて無かった。俺と彼女の間には"食う者"と"食われる者"という絶対に埋まらない溝が有ったんだ。彼女の感謝の言葉にいい気になって照れ笑いしていたあの時の自分をぶん殴ってやりたい。
ジャコールを救援したって? そもそも倒せるバジリスクをわざと倒さずに放置しておいたのは俺自身だし、大して調査もせず、ジャコールを更迭したのも、彼を死地へと送ったのも俺自身じゃ無いか! マイナス100をゼロに戻しただけ。感謝される筋合いなんて最初から無い。もちろんマイナスにしたのは"元の"俺の方だ、でもそんな事をブランが知る訳も無いし、その"元の"俺の威光を利用して今活動している以上、負の遺産だって引き受けざるを得ないのだ。ほらやっぱり、俺がブランに受け入れられる日など、絶対に来ない!
俺はこの日以来、この時の記憶がトラウマになった。あの照れ笑いをしている自分の救えなさを思い出しては、後悔と恥ずかしさで変な声が漏れるのだ。
この日から間を置かずに、俺は改めてジャコールを復権させ、空席になっていた副将軍の席に据える事を宣言した。そこからはジャコールが次々と革新的な政策を打ち出して行く。
グレムリーに政争で追い落とされたという経緯から、もっと大人しい政治をするのかと思っていたが、中々どうして彼は剛腕だった。政争に関してはグレムリーの後ろに他国の影が有ったと後で耳にした。どっちがスパイだ!
ジャコールは当初の主張通り人族の優遇による生産性の向上や、周辺国との融和の方針はそのままに、腐敗し切った政治システムの刷新や治安回復の政策なんかをガンガンと進めて行った。
もちろん反発も有ったが、それらの方針も理解した上での副将軍への任命であると俺自身がお墨付きを与え、自己保身の現状維持勢力を黙らせた…、という辺りで俺の出る幕はもう無くなってしまった。
ヘタレパンピーで、政治の事など興味すら無かった一高校生に出来る事はもう何も無く、砦の中ですっかりやる事が無くなってしまった俺。仕方無くの外出、相変わらずお供はネビルブのみだ。先日バジリスク討伐に行った魔の森、更にその先にも足を伸ばしてみる。目的は特に無い。
バジリスクの棲家跡を過ぎても暫くはほとんど変わらなかった眼下の景色が、やっと多少の変化を見せ始める。深緑一色だった森がやや明るい色を纏い出し、川や池などの水辺も見られる様になって来た。
「そろそろこの辺りからは四天王のもう1人、ビオレッタが治める国、魔導王国ザキラムの辺境に差し掛かるでクエ。」
ネビルブがナビをしてくれる。周辺国との融和を方針としたばかりだし、領空侵犯は避けようと思い、回れ右をする事にする。が、帰り道を行く気持ちは重い。
何だか此処でも居場所が無くなっちゃったなあ…等という想いがよぎり、Uターンを妙に大回りにモタモタとやっていた時だった。俺は突然体に異変を感じたのだ。体が何かに引っ張られる感じ、それは丁度この世界に最初に引きずり込まれた時の感覚に似ている。これは…召喚魔法ってやつか! 以前と違うのは、今回は体ごと吸い込まれる様に感じる事。そしてあの時の様な問答無用の引き込まれ方では無く、抵抗しようと思えば容易に出来てしまう、お誘いレベルの引かれ方だという事だ。だが、今の俺の心はこのお誘いをクールに袖にするには余りに隙間だらけ過ぎた。
「クワ? 将軍…様?」
ネビルブも異変には気付いている様だ。
「もしや…、召喚に乗るおつもりでクエか?」
「ああ…。だって…、その方が面白そうだろ?」
俺のそんな問い掛けに、ニヤッと笑った様に見えるネビルブ。
「なるほどでクエ…。ご一緒しても?」
俺が上着の胸元をめくると、ネビルブがそこに滑り込んだ。そして、俺を引き込もうとする流れに、自分の魔力を足してまで乗っかって行く。
そして、国境沿いの森林上空から、俺は忽然と姿を消した。後に魔力の揺らぎだけを残して…。
ー第二話 終了ー




