帰国
愛子の帰国、当日。
朝から俺たちは喧嘩をした。しかも結構大きな喧嘩だ。
愛子が朝早く起き身支度も終わりかけた頃だった。昨夜空港まで見送りに行く行かないの話で、俺は見送りに行きたいが愛子は来ないでと言った。
その為朝起きて言ってしまった言葉がこれだ。
「愛子がチェックインした後、12時まではこの部屋使えるから俺は12時に出るね。」
この言葉以降、愛子の態度が急変。
もうキレまくりで、俺のことをもう’別れ’の二文字が顔に浮き出ているかのような顔付きで見る。
俺は何で愛子が切れているのかさっぱり分からず、俺も逆切れ。
愛子の言い分は「来ないでと言っても来るでしょ」と女心は分かりづらい。
俺の言い分は「来ないでというから行かない」だ。
こんな最後の朝に大喧嘩をしてしまった俺達。俺はなんとか愛子の機嫌を取ろうとキスを求めるが反応なし。
俺は急いで用意をし、一緒に行くことをアピールした。
なんだかんだ強がり言って、愛子はちゃんと空港までのシャトルバスの予約をしていたようだ。
どうにか仲直りを終えホテルを後にし二人でシャトルへ乗り込んだ。
昨夜遅くに寝てしまったせいか眠気が襲ってくる。なんだか吐き気もしだしたし、調子が悪くなってきた。
俺たちは予定よりも早くついてしまい二人でタバコを吸ったり、話をしたりしたが、いつものように冗談を言って笑い合えるほどの力がなかった。
夜型人間の俺達にとって朝の8時や9時に起きているなんて考えられない。
不思議とお互い寂しいって気持ちよりも『眠い』の感情の方が大きくなっていた。
二人でゆっくりと時間を過ごし、とうとう行かなくてはならない時間になった。
それまで元気のなかった俺達だが、やはりいざ別れとなると心を引き裂かれるようだ。
俺は愛子を強く抱きしめ、俺の行けるギリギリの荷物検査の前で思い切り抱きしめた。
するとさっきまで疲れた顔をしていた愛子も俺の腕の中で震え始めた。
愛子が声を出して泣いた。
「お願い。私を忘れないで。」
しゃっくり混じりのその声はとても愛しかった。
「どうやって愛子を忘れるんだよ。」
俺も涙声になる。
俺達は何度もキスをし、何度も愛してるを伝えあった。
時間は刻々と過ぎていく。
「そろそろ行くわ。」
「ああ。」
「待っててね。戻ってくるから。」
「ずっと待ってるよ。」
「着いたら連絡するわ。」
「絶対だよ。」
「愛してる。」
「俺もだよ。」
俺たちは最後の最後まで手を離さず、ついに指一本だけの繋がりになるまで言葉をかけあった。
そして愛子は行ってしまった。
荷物検査を泣きながら受ける愛子を遠目で見ていた。
俺に気づいた愛子がまた手を振り、俺はキスを愛子に投げた。これがハワイで見た愛子の最後の姿だった。
あれからすぐ愛子から電話がきて、俺が帰りのシャトルを待ってる間中普通通りに携帯で話をした。
いつもみたいに笑い、からかいあった。
今だから正直に言うけど、愛子と離れる時、そりゃ寂しいに決まってるけど思ってた程じゃなかったんだ。
心もそこまで苦しくなかったし、寂しさもそこまでじゃない。なんでだろう。
愛子は帰ってしまったのに、なんだか帰った気がまだしなかった。
そしてついに愛子は出発し、9時間か10時間程経った頃に俺の携帯に電話が入った。
「もしもし?」
「ジェイソン?」
「愛子!!!!ベイビー!!!今日は電話くれないかと思ったよ。」
「今着いたの。すぐにかけたくて、かけちゃった。」
いつもの愛子の優しい声が耳に響く。
この時どっと寂しさが立ち込めた。愛子と離れた時よりも愛子が電話くれたこの瞬間の方が孤独に感じた。
「ジェイソン、また後でかけるわね。行かなきゃ。」
「待って!行かないで。もう少しだけ。」
「ごめんなさい。バスを待たなきゃいけないの。明日かけるね。」
行かないで。
この言葉が喉まで出かかったが押し込めた。
とうとう俺達の遠距離恋愛がスタートしたんだ。正直、遠距離恋愛なんて不可能だと思っていたし、したいと思うこともなかった。
俺は愛子をずっと待ってる自信もあったし、愛し続ける自信もあった。
だけどそれ以上に愛子がもう戻ってこないんじゃないかって不安の方が数倍大きく膨れ上がっていった。




