〜消えないで〜
「えっ!?ねえちょっと見てこの記事!!スカイライトのスイ君が活動一時休止だって!!」
「まじ!?そういえば最近週刊誌でめっちゃ叩かれてたもんね、孤児で両親には迷惑ばかりかけてたとか、裏では地元の不良友達と法に捕まるギリギリのことしてたとか」
「そうそう!まあ、正直幻滅だよねー、スカイライトめっちゃ人気なのに、スイ君の記事のせいで人気下がったし」
「わかるー」
女子の声は、遠くにいてもよく響く。それがたとえバス前方の席で話していたとしても。
一番後ろの席の窓から、外に広がる森林を見つめる。
なんと俺たちは今、林間学校に来ているのだ。
今日一泊泊まって、明日には帰るという日程。夜には今では珍しいフォークダンス?的なのもあるらしい。
「ふふ、不服って顔してる」
隣に人が座る気配にパッと横をむくと、数日前に会話をした紫咲さんだった。
「別に、行事とかくだらないと思ってる派だから」
「そうなの?この高校に入って初めての泊まり行事なんだから、もっと楽しめばいいのに」
こういうのは、友達がいるやつにとってだけ楽しいものだろと言おうとして、目の前の彼女を見つめる。
「てか、俺の隣とか来ないほうがいいよ」
平塚たちや他の女子から色々と言われたら面倒だ。学校では話したそぶりがないのに、急に会話するようになっているんだから。
柴咲さんは目をぱちくりとしてから、ふふっと笑った。
「私のこと心配してくれてるの?でも大丈夫だよ。私そういうのは気にしないから」
言葉足らずだったか?と思った矢先にこう言われると、なんだか拍子抜けしてしまう。
美空さんとはまた違った方向に振り回されるような感覚だ。
「はい、ではコテージにつきました。各自荷物を部屋に置いたら、一時間後に夕食を作り始めるので、この建物の前に集合ね」
美空さんの合図で、生徒たちがそれぞれのコテージへと向かう。
一コテージに泊まるのは5人。俺はというと、最後まで余ったから適当なグループに入れられた。
「今日はカレーを作ります!それぞれのコテージの前に材料や調理器具が用意されているから、それを使ってね!」
ふむ。カレーを作ろうとしたのはいいものの。
同じグループに平塚がいるとは思ってもいなかったな。
「おい、このジャガイモ」
「なあ最初ってこれ切るんじゃね?」
「あー多分そうだわ。じゃあ俺にんじん洗うわ」
……まるでいないかのように無視。しかもわざとかそうでないのか、調理場に近づけないようにされている。
このままだと俺の分は無さそうだな。
諦めて遠くに目をやると、柴咲さんの姿が目に入った。
「……なんか手伝うことないかな」
「えっ、逢沢くん!?なんで…」
「俺の班には無言で追い出されたから、柴崎さんのとこいていい?」
「うっ、うん!」
柴咲さんと同じ班の女子たちも一瞬気まずそうにしたけれど、すぐに作業に取り掛かった。
「ねえ柴ちゃん、ずっときこうと思ってたけどなんで一人だけ長袖なの??」
「それ思ってた!そんな冷え性だっけ?」
「あー……いや、実は昨日体操服洗おうとしたら、半袖と長袖間違えちゃって、それで…」
「うわーまじか、それはきつい」
「柴ちゃんがそういうことするの意外だわ」
「あはは…」
柴咲さんは固まった笑顔のまま、無言で野菜を洗っている。
この前夜に会った時も思ったけど、好き好んで七月に長袖を着るのには、相当な理由があるようだ。
「柴咲さん、袖」
慌てて背後から彼女の袖を抑えると、「逢沢くん」と少し大きめの声で誰かの声が響いた。
柴咲さんと二人して顔を上げると、にっこり笑顔の駒田美先生が目の前に。
「逢沢くんは違う班だよね?なんでここにいるの?」
「あー…いや、ちょっと居にくくて…」
「ああ、メンバー的にか……ちょっとこっちきて」
やばい、班行動しろとか言ってたのに幼馴染がそれ破ってるからキレたか…?
駒田先生のそばによると、随分小さい、不服そうな声で囁かれた。
「なんで柴咲さんとそんな距離近いの…!」
え、そこ?
「ずるいよ!私は空くんと一緒に行動したくてもできないのに!今日だって今初めて話したし!!」
ずるいと言われても、どうしたらいいものか。
というかそんなことでキレたのか、かわいいなこのひと。
なんだか微笑ましいものを見つめる目をすると、何よとさらにほおを膨らませる。
「あ、じゃあ夜のキャンプファイヤーの時に話そうよ」
「え、でも他の人の目とか…」
「確かキャンプファイヤーってあそこの広場でするんだよね?なら俺らはあそこの茂みの裏で集合、とか」
「わあ!いいね!なんかかくれんぼみたい。わかった、夜楽しみにしてる!」
よくわからないけど、ご満悦のようだ。
「えっと、柴咲さんのとこいてもいい?」
「…うん、いいよ。平塚くんたちと同じとこではやりにくいだろうし」
「ありがと」
再び柴咲さんの元へと帰っていく俺の背中を、美空さんが寂しそうな目で見ていたとは知るよしもなかった。
「逢沢くん、駒田先生に呼び出されてたけど、大丈夫だった?」
「ああ、うん。それよりごめん、俺も手伝う」
「ありがと。じゃあそれを…」
そんなこんなで、初めて作ったカレーは無事成功した。
「はあ、カレー食べてると暑いね」
「だね」
「あっ、いや、私は別にそこまで暑くはないんだけど…!」
「……別に、無理に言おうとしなくていいよ。友達だからなんでも話さなきゃいけないなんてルールないんだから」
「えっ……私たちって、友達なの?」
その瞬間、俺の脳内に雷が落ちた。
「ごめん、その、俺あんまり小中とも学校行ってなくて、友達とかいたことないから、同年代との距離感というかそういうのがわかんなくて、なんか…」
「私が友達第一号ってことなんだ」
「……まあ?」
そっか、と言ったっきり袖で口を押さえてしまった。
俺みたいなのが友達とか、きもいって思ったかな……?
「うわっ!」
その時かすかに、誰かの声が遠くで聞こえた。
俺と柴咲さんは顔を見合わせ、カレーも食べかけのまま、林の方へと足を踏み入れた。
「あーあ、なんでこんなくそ暑い時期に林間学校なんだろな」
「なー。しか高校生でカレー作るとは思ってなかったわ」
「つーか平塚!俺まだ忘れてねえからな、球技大会のこと!」
「あー確かに。他クラスの女子に色々噂されてんだけど。あれふっかけたのお前じゃん、どうしてくれんの」
「はあ?知らねえよ、そもそも逢沢と駒田が悪いんじゃねえかよ!俺は別に」
「なんだよお前その態度!」
ドンッと伸ばされた腕によって、俺の体勢は崩れた。
思いっきり地面に尻もちをつくかと思いきや、地面の感触がないっ…!?
「うわっ!」
「ちょっ、やばっ…!」
あいつらの焦った顔に向かって伸ばした手は、虚しく宙をきった。
ザッ、ズザザッ…
柵の少し下に運よく張り出た地面でようやく止まったところで、やっと息を吐き出す。
「っ、何すんだよっ…!!」
声が聞こえたのか聞こえなかったのか、あいつらは顔を見合わせた後で、バタバタと走っていってしまった。
「くそっ……!!」
ダンッと拳を振り下ろす。悔しくて腹が立って、ギリッと歯が軋んだ音を立てる。
……これは、神様からのここで死ねという合図なんだろうか。
すぐに頭がカッとして相手へ強い言葉を投げつける、俺への罰なんだろうか。
いつまで立っても親元へ行けなくて、いつまでも孤児院でお世話になっている俺は、見放されたんだろうか。
一人になると、いつも嫌なことばかり考える。
だってどうしたって、俺はこの世に一人なんだということを、いやでも痛感させられるんだ。
……ほんとは俺、寂しいんだよ。
地面へ叩きつけた拳からじんわり広がる赤い血を見つめる。
俺がどうしたって手に入れられない、本当の絆。何よりも強いもので繋がっている、支えがあるという安心感。
それを持っているはずなのに、それが当たり前だと思っている奴らばっかの中にいることが、より俺を孤独にさせる。
母さんと父さんは、俺が小さい頃に事故で亡くなってしまった。
親戚も、俺のことが迷惑だと思ったのかすぐに孤児院送り。
「俺って、いなくなっても別に意味ねえのかも」
「平塚くん!」
ハッと声のする方を見ると、柴咲と……逢沢だ。
あいつが、こっちを見下ろす視線と目線が絡み合った瞬間、頭ん中で恥ずかしさと苛立ちが湧き上がってきた。
その妙に落ち着いた、内心俺を馬鹿にしているかのような顔が、腹が立ってしょうがない。
「さっき声が聞こえたから…平塚くん、ここまでよじ登ってそこの木を掴んでくれたら、そこまでは手伸ばせるんだけど、これそう?」
「……別にいいよ、もう」
「え?」
「他の奴らはビビって逃げたし。俺にいなくなって欲しいんだろ。どうせ俺なんてどこ行ったって迷惑者なんだし、いない方が…」
最後は声が小さくなったから、あいつらには聞こえていないと思う。
「めんどくさいな、かまってちゃんか」
「はあっ!?」
こいつ、俺が真剣に悩んでることを、馬鹿にしやがって……!
「もし誰もお前にいて欲しいって思わないんだったら、俺が言うよ」
は?と声が出た。なんでお前に言われなくちゃ…
「こいよ早く」
半ば呆然と、足を引っ掛ける。さっき叩いた手から血が垂れてきて痛い。
でもこの痛みって、俺が、生きてるってことなんだよな。
「死なれるとこっちが面倒」
二人の手を掴んだ瞬間、逢沢はそう言った。
「あっ!平塚っ!!ごめん、俺…!」
遠くからさっきの奴らが砂埃を立てながら走ってきた。
そいつらの手にはロープがあって、後ろには先生までいる。
「柴咲と逢沢が引っ張り上げてくれたのか」
「ごめん平塚、俺たち先生に頼んでロープ探してもらってて…」
「ってお前手怪我してんじゃん!大丈夫か…?」
「保健医のとこ行こうぜ!おんぶしてやろうか?」
「なんで手なのにおんぶなんだよ歩けるわ!」
勢いよく突っ込むと、みんな力無い笑顔でドッと笑った。
確かに原因はこいつらだけど、それでも、最終的には謝って助けようとしてくれた。
血なんかとは関係ない、絆というものも存在するのかもしれない。
あれよあれよと保健医のとこまで連れて行かれて、今は包帯を巻いてもらっている。
……逢沢が言っていた言葉を思い出す。
あいつなりの「生きて」というメッセージなのかもしれない。
あいつは、俺らを煽ってくる時には言葉が一言多いけど、重要なことを言うときはあえてそれを言わない。
「ははっ、どっちがめんどくせんだか」
そう呟くと、パチッと火花が散った。
途端、大きな炎が燃え上がる。もうフォークダンスが始まる時間か。
「平塚!それ終わったら踊ろうぜ〜」
「なんで男と踊らなきゃいけねえんだよ!」
あいつらの笑顔が眩しい。一生、消えないでほしい。
「あいつらにお礼、言ってねえな…」
「あれ、逢沢くんは?」
保健医の所へ連れて行かれた平塚くんを見送ってから、逢沢くんの姿が見当たらない。
「さあ?見てないけど」
「そっか…」
一緒に炎見ようと思ったんだけどな……
「あ、やっときた」
茂みへ恐る恐る近づくと、ちゃんと美空さんの姿があった。
「まあ色々あって。ごめん」
「そういえばさっき平塚くんたちとすれ違ったんだけど、言ってたよ。崖から落ちたのを空くんと柴咲さんが助けてくれたって」
「ああ……」
あいつが自分で言ったのか…。
「空くんは手とか怪我してない?大丈夫?」
そういって美空さんが俺の手を掴んでしげしげと見つめる。
「大丈夫だって」
最初幽霊みたいだと思った白くて細い指が、俺の手がまるで大事なものだと言うように触れている。
「ならよかった」
彼女が俺の手を掴んだまま、頬へ触れさせる。
「好き」
目をみはる。わあっという歓声に、赤い生き物が夜空をたゆたう。
茂みからもれ出る光が、美空さんの顔の赤みを際立たせる。
「幼馴染としてじゃなくて、本気ですき。私、ずっと空くんのそばにいたい」
俺今、どういう顔をしているんだろう。
ていうか、美空さんは、何を…
「返事はいつでも大丈夫。急にごめんね」
そう言って、手を離して茂みから出ていってしまった。
「……え?」
顎先から雫がぽたっと落ちた。
夏の夜の、星が綺麗な日のことだった。
2日目は、ハイキングをしたり川へ行ったりして、学校へ帰ってきたのはもう夜だった。
明日と明後日が土日だから、二日間は休める。
疲労した頭と体で家まで歩いていると、ドンッと誰かにぶつかった。
「あ、すみません」
俺より少し低い背丈で、目深に被ったフードに、黒マスク。
およそ不審者のような見た目の青年の瞳が、俺の顔を凝視した後に、小さく、だけど信じられないといった様子でつぶやいた。
「えっ、四宮奏楽?」
思わずバッと距離をとる。
まずい、バレた……!?