~天使かと思いきや悪魔だった~
「今日は球技大会です。20分後に体育館で開会式があるので、みなさん送れずに体育館に入ってください」
体操服に着替えたクラスのみんなの前で、駒田先生が連絡事項を伝える。
今日は気合が入っているからか、流れるような黒髪を高い位置でポニーテールにしていた。
女子も同じく髪型を変え、男子はそんな女子をさりげなく横目で見、クラス全体がソワソワとしている。
学校行事ってどんなかんじなんだろう。
好奇心はあるけれど、体力を使うのは嫌だから、今日は観戦にまわるとしよう。
このときはまさか、クラス内で激しいバトルが繰り広げられることになるとは、想像もしていなかった。
「このボードに試合する順番と時間かいてるからなー!自分たちで確認して、自分たちで行動するんだぞ!」
校庭におかれたボードに貼りだされた紙の一番最初の欄には、俺のチームの数字がかかれていた。
相手は二年生。年上か…。
やれやれと校庭に目を向けたとき、背中からおいと誰かに呼び止められた。
振り返れば、無意識に眉をふせてしまう相手が。
「……なに」
「なんでそんなやるきねえんだよー。あーあ、こんなやつと同じチームとかこっちまで萎えるわー」
ニタニタと口角をあげるその男は、平塚だった。そのまわりには、平塚と同じグループの男子たちもいる。
「せっかくならさー、勝負しね?ただ試合するだけなんてつまんねえしさー。俺らとおまえで、先に点をいれたほうが勝ち」
「は。そんなの俺が不利じゃ」
「別にいいだろ。おまえ弱そうだし。俺らの暇つぶしにつきあえってー。あ、ちな負けたら俺ら全員分にジュースおごってくれや」
「ちょ、おまえそれはさすがにかわいそうだわー。なんかごめんなー?」
「んじゃあ俺はコーラでよろー」
あまりに理不尽な提案に、俺らしくなく理性をかき消されてしまった。
俺が弱そう……?どうせ負ける……?
「……へえ」
きがつけば、俺自身の手でメガネをはずしてしまっていた。
「試合前に自己申告してくれるなんて、ずいぶん自信がおありのようで?ピーピーピーピー騒がしい鳥かよ。そのくち、なけねえようにしてやるわ」
平塚たちはぽかんとしたあとで、ぶはっとふきだし大声で笑いだした。
「え、なにこいつ。自信がおありなのはそっちだろ」
「生意気なくちきけなくさせてやるのはこっち側だっつの」
「おいおまえら!何してるはやくコートにはいれ!」
先生の声を合図に、俺らは互いをにらみあいながら走り出した。
「試合を始める前に、各クラスで十分間の練習時間があります!ではスタート!」
一組の助っ人として体育館にいるのは、私、駒田美空。
うちの高校は、教師が自分のクラスに助っ人として参加することができるんだ。
「いやー、ありがとねこまっちゃん!頑張りましょーね!」
そうやってニカッと明るい笑顔で話しかけてきてくれたのは、クラスの女子のリーダー的な存在、橋本瀬里ちゃん。
今の私と同じで、いつもは高い位置にくくっているポニーテールが印象的な子だ。
「ええ。……ああ、そういえば聞きたかったんだけど。うちのクラスで、まさかいじめんなんておこってないよね?」
女子たちの顔が一瞬ひきつった。彼女たちを代表してそれがさ、と橋本さんが口をひらいた。
「男子たちが、逢沢くんにいろいろやってるんだよね。教科書になんかかいてたり、いろいろ悪口とか……」
「で、あなたたちはそのときどうしてるの?」
「え?」
予想外の切り替えしだと思ったからか、橋本さんが声につまる。
「注意とか言えるわけないじゃん!だって、あいつら凶暴そうだから、注意したら暴力ふるってくると思って……」
他の子たちも、慌ててうんうんとうなずく。
おもむろにはーっとため息をつくと、みんなの表情がかたまった。
「傍観者もいじめの加害者にはいるってならわなかった?そしてそういう理由なら、まず私に相談しなさい。なんのためにあなたたちの担任でいると思ってるの」
「ご、ごめんなさ…」
「平気そうにみえたって、しっかり傷をおってるものなの。自分がそういう立場だったらって想像して。そんな人に寄り添ってあげて」
みんなを見回して、できるだけ目をみつめながらしっかりと伝える。
目線をさまよわせたままかたまってしまった彼女たちの後ろで、練習時間終了を告げるアラームが鳴った。
「では、まずは11HRAチームと、24HRAチームは第一コートに、12HRAチームは…」
「ごめんね、こんなタイミングで話しちゃって。でも、気もち切り替えてこ!」
拳を握ってニカッと笑えば、みんなも遠慮がちに笑ってくれた。
試合が始まった。
私はといえば、完全に意識をきりかえて、優勝に向けていきごんでいた。
だって。勝ったら、空くんにご褒美もらえるんだもん……!
小さなころから好きだった私の大切な幼馴染。大好きな人。
まあ、あっちにはちっとも意識されてないみたいだけど。
どんどんいいとこみせて、好きにさせてみるんだ…!
そのためにも、負けてられない…!
バシンッ バシンッ!
「やっば…駒田先生つよっ…!」
「ギャップ……っ!」
相手のチームのこたちが半ば叫びながらボールが来るのを待っている。
「たしかにこまっちゃんめっちゃ強いねー!いやー助っ人でよかったー!」
隣でアハハと軽く笑う橋本さんに向けて、汗をぬぐいながら笑顔で答える。
「でもやっぱり、学生時代に比べて体力は落ちてるよ」
「いや、十分すごいって!……あとさ。さっきの話だけど。こまっちゃんが担任でよかった」
はにかんだ橋本さんの笑顔に、胸の奥がじーんとあつくなった。
教師にとって、これほど嬉しい言葉はないんじゃないかな。
そして最終的な結果は、二、三年生を抜いて、バレーボールでは11HRが優勝をかざった。
「ピーッ!」
試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
ボールをもっているのは平塚。そして、今一番近くにいる俺をちらりと見て、俺に渡さずに前へと突っ切っていく。
俺に勝負をもちかけてくるという時点で、あいつもサッカーができるんだろう。
げんに、平塚は巧みなドリブルで、すいすいと相手をよけていく。
だけど、俺だって…!
ビュンッと風をきれば、すぐに平塚に追いついた。
「なっ…おまえ…!」
急に横に並んだ俺に驚き、ボールの操作が揺らいだ。
その隙をねらい、ボールをかっさらう!
そしてそのまま、足をおおきくひらいて相手との差をつける!
「はあっ!?あいつあんなはええのかよ!?」
「やばっ!元サッカー部か!?」
「くそがっ…!」
そしてあっさりと、ゴールにボールをいれる。
そんなことが四回続いたとき、試合終了のホイッスルがなった。
肩で息をしながら地面をにらむ平塚たちの前にたちはだかる。
他の人に見られないよう、慌ててメガネをつけるのも忘れない。
「で?どっかの誰かさんたちいわく、弱そうなこんなやつに点いれられた気持ちはどんなのですかね?」
「てめえ……」
ギッと圧力たっぷりの目でにらまれても、俺はびくともしない。
小さいころからいっぱい、そういう目でにらまれてきたからな。
「平塚くんたち、おつかれさま」
女子の声がしたかと思ったら、応援席のほうから歩いてきたのは、駒田先生率いるクラスの女子たちだった。
長い髪をひるがえし、ニコッといい笑顔で先生が笑う。
「女子は少し前に終わったから、こっち見学しにきたんだ。平塚くん、上田くん、松井くん、佐嘉くん、吉田くん、田中くん、榎本くん、高木くん、緑川くん、阿部くん、すごかったよー」
そんな無様な負け方してて。
俺以外のメンバー全員の名前をよんだあとに、声にならない声が聞こえたきがした。
笑顔も、試合後の見た目も爽やか。
だけど、その目が怪しく光っているのが俺にはわかった。
「ねえ、お疲れのとこ申し訳ないんだけどさ、勝負しない?」
「はあ?」
不機嫌な平塚を筆頭に、他のメンバーも不審そうな顔をする。
「私対さっき名前を呼んだきみたちで、先に一点いれたほうが勝ちってルール」
うちのクラスだけでなく、球技大会が終わったものだと思っていた他の学年の生徒までもが、なんだなんだと俺らの周りを囲み始めた。
「先生、本気ですか…?こっちはサッカー部もいるんですよ?しかも男だし。先生になんのメリットが?」
さっき俺に負けたばかりだからか、自分よりも格下の相手と対戦がしたいらしい。
まあ、俺との勝負も納得してないんだろうけど。
「君たちが勝ったら、掃除を一週間免除。そのかわり私が勝ったら、逢沢くんへのいじめを金輪際しないで」
ざわりと歓声がどよめく。
平塚が、おまえチクったのかとでもいいたげな視線を向けてきたから、とりあえず無視をする。
「掃除一週間もやんなくていいの!?やったー」
「こんなの負けねえだろ。男子高校生10人対女だぞ」
そしていつのまにか、全学年が外野から見守るまでに大きな出来事になっていた。
俺もなんとか場所をみつけて、駒田先生をみつめる。
美空さん…もしかして俺のために、こんな勝負を……?
昨日の放課後に見た美空さんの顔を思い出す。
それにしたって、無理があるんじゃ……。
そんな俺の心配は、文字通り一蹴されることとなった。
一言でいえば、圧勝。
たった一点を入れるだけの試合。けれど、その一点を賭ける試合に、美玖さんと男子たちの差は浮き彫りになってあらわれた。
あいつらが下手なんじゃない。それは俺がよくわかっている。
美空さんが、強すぎるんだ。
どこからか、女子は11HRが優勝したんだってという声が聞こえてきた。
自分のチームが優勝したあとに、男子高校生たちとこんなにも差をつけて、走れるものなのか……?
実際に見ているはずなのに、あっさりと試合が終わったことに、目を瞬く人多数。
「はっ……!?嘘だろっ…?」
「なにもんだよ駒田…!?サッカーやってたのか…!?」
「いやー、おつかれさま。やっぱ男子高校生は足はやいねー。追いつかれるかと思ったよ」
顎先の汗をぬぐいながら、なお笑顔で駒田先生は笑う。
「じゃ、約束したからね。今後一切逢沢くんをいじめないこと。もちろん他の人たちも」
「なんで俺らがそんなこと…っ!」
「幼稚園児でも約束は守るよ?それとも判子でも押させればよかったかな?」
「てめっ…!」
「じゃ、そういうことだから。おつかれー」
美空さんの言葉を合図に、球技大会は幕をとじたのだった。
「空くん、帰ろ」
夜18時をまわったあたりで、お互いに合図をだしあう。
「うん。行こ」
校門まできて、美空さんを振り返る。
「じゃあ、また明日」
「うん、また」
笑顔の彼女と手を振り別れた、その翌日。
「えー、駒田先生は今日はお休みだから、担任への提出書類は明日提出するように」
クラスメイトたちが動揺したのがわかった。
「はっ、どうせ昨日の球技大会で無理したから体こわしたんじゃねーの?」
「年を考えろっつーな」
「自業自得じゃん!」
平塚のグループが、大きな声でゲラゲラと笑いだした。
服担任はメガネをあしあげたまま、きまずそうに聞こえないふり。
こいつら、美空さんがいないからって好き勝手言いやがってーー。
「おい」
「駒田先生は女子のバレーにも参加してくれたし、サッカーだってやったし、うちらよりも疲労たまるのは当たり前だよ!むしろ今日ぐらい休んだ方がいいって」
彼らをふりかえり、諭す口調で、だけど芯がある声をあげたのは、橋本さんだった。
女子グループリーダーの彼女が意見をだし、まわりの女子たちもうなずいたことで、平塚たちはきまずそうに口をつぐむ。
ホッとしたのもつかのま、その日は平塚たちからちょっかいを受けられることはなかった。
美空さんの影響か……?
若干の気持ち悪さを感じつつ、校舎をふりかえる。
「……家行ってみよ」
学校が始まってから美空さんと帰っていたから、学校をでるのは日が沈んでからだった。
まだ顔をのぞかせている太陽に背を向け、自分の帰路と反対方向へと足を進めた。
美空さんの実家に行って、お母さんに美空さんの住所を教えてもらった。
徒歩で行ける範囲だったから、学校をでて一時間弱で着くことができた。
「ここ…?」
綺麗とは言えないアパートに、みずみずしい緑のツタが絡んでいる。
「こんなところに住んでるの、なんか意外だな…」
それこそ実家が徒歩圏内なんだから、わざわざアパートなんて借りなくていいのに。
とりあえず二階にあがってインターホンを押す。
と、遠慮がちに扉がひらかれた。
「……えっ!?そ、空くんっ……!?」
そこにいたのは、灰色のパーカーというラフな格好をした美空さんだった。
おでこには冷えピタ、うっすらと赤い頬。
「今日学校休んでたから、顔みにきた」
「なんでここが…!」
「美空さんのお母さんにきいた。ごめん、学校からそのまま来たから、なんも持ってない。ちょっとそこらでなんか買ってくるよ」
「ま、まって」
すがるように腕をつかまれてふりかえると、彼女は目を伏せたまま口をひらいたりとじたり。
「いい、何もいらない。だから、今はそばにいて……」
小さいく声をしぼりだす彼女が、ぽすっともたれかかってきた。
そんなにしんどいのか…!
「わかった。とりあえず入っていい?」
「ん……」
鍵をしめた彼女の、俺を見る瞳が怪しく光っていたことに、俺は気づかなかった。
「やっぱり昨日の球技大会が原因?」
私をベッドに座らせ、自分は床に腰をおろして心配そうに尋ねてくる空くん。
「うん。ちょっとバテちゃったみたい。でも明日は学校行けそう」
そっか、と安心したように言う彼の顔を、思わずぽーっとみつめてしまう。
空くんの上目遣いいいな、とか。私の家に空くんがいるの信じられないな、とか。
いろいろ考えていたら、すぐそこに空くんの顔が迫ってきているのに気がつかなかった。
「大丈夫?やっぱり寝てた方が…」
「ふわあっ!?」
「えっ!?ちょっ…!」
思わず態勢をくずした私の後頭部に、空くんが腕をまわしてくれる。
そのままごちんっと後ろの壁にぶつかった。
「あっぶな…」
「ごめん空くん!痛かったよ」
ね、と言ったところで、目の前の空くんの瞳とめがあった。
ちょっとまって。ここはベッドの上で、空くんは腕をまわしてくれてて、距離がすごく近くてーー。
好きな人と、こんなーー。
「好き」
思わず言葉がもれてしまった。
空くんの瞳がまるく見開かれる。
……えー、なにその顔。
「かわいい」
横にある彼の手を握り、その手の甲に唇をあてる。
「みくさっ……!?」
恋人つなぎにして、彼の手にまたキスを落とす。
そのたびにびくっと震える彼の反応がかわいすぎて、何回もやってしまう。
私、これでも怒ってるんだからね。
小さいころから好きだった君が、急に何の返事もなしにどこか行っちゃって。
なのに久しぶりに出会ったとき、君は死のうとしてた。
私がどんな気持ちで、あなたのそばにいたか、わかってる…?
「みくさ、許して…」
予想外に赤い顔で、もう片方の手で口をおさえている空くんに、意地悪な笑みで返してやった。
「許してあげない♡」