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~壇上の天使~

鼓膜の奥まで響くほどの大きな歓声と拍手。

一歩でも踏み出せば、そこはライトによる灼熱空間。

だけど、あついのは照明だけではない。

「それでは、“あの”四宮奏楽さんによる演奏です!」

深く一礼をしてから、“それ”を構える。

いつもどおり、顔には笑みを浮かべて。

一切の音が無くなった世界で、俺は、俺のショーを始める。


ジリリリッ! ジリリリッ!

「はっ!」

眠りの世界に突如入ってきた、大音量のアラームの音にきゅっと眉をよせる。

直後、こんこんと扉をたたく音が響いた。

「空、起きなさい」

「……俺は音に敏感なんだから、アラームの音は大きくしないでって言ったじゃん」

「起きないのが悪いんでしょ」

そっけない声はそこで終わって、ドアの前から母さんの音が消えた。

窓を見ると、すっかり昇りきった太陽の光がさしこんできていた。

俺が高校一年生になってから、一か月がたつ。

壁には、一度も袖を通していない制服。

「……どっかでかけよっかな」

そばに置いていたメガネをかけ、重い腰をようやっとあげた。


何もかもに嫌気がさしてた。

もういっそ死んじまおうと思って、夜に、“初めて来る”学校に来た。

昼間はたぶんすごく騒がしかっただろう教室は、今だけ、俺だけの秘密基地だ。

窓際まできて、夜空を見上げた。

今日は満月。

俺の命日となるには、輝きすぎな日かな。

そう思いながらぼんやりとほおづえをついていたら、ガラッと扉が開いた。

反射的に振り返ると、見たこともない女が立っていた。

腰まである長い髪。

スラリと長いスウェットパンツ。

遠くから見ると、驚くほど白い肌。

「何をしてるの?」

凛とした彼女の声もあいまって、俺はおもわず口をひらいていた。

「天使だったらいいのに」

「え?」

「あなたが天使だったら、俺をあの世につれてってくれるな、って」

そこまで言ってから、バッと口をふさぐ。

やば、何言ってんだ俺。

長らく他人と話してないから、人との会話を忘れてしまっている。

女は笑うのかとも、ばかにするのかとも思ったが、口元に指を添え、いたって真剣な顔で近づいてきた。

「そうだなー。私は天使ではないけど、でもね」

気づくと目の前にきていた女は、俺と同じように窓に手をついて、空を見上げた。

「一緒に飛んであげることはできるよ?」

彼女は俺をふりかえり、ふふっと笑った。

白いブラウスに、揺れる長く艶やかな黒髪。

いや、幽霊なのかも、と思った。

彼女の首からさげた証明書が、月光に反射してキラリと光った。


「君はもしかして、逢沢空くん?」

「なんで俺の名前…」

「そっか、君知らないんだ。私はこの11HRの担任、駒田美空。君の担任でもあるよ」

さらっと話をはぐらかされた。

もしかして、“もう一人の俺”の方を知ってる人物…?

それとも、ただたんに不登校の生徒の名前を言ってみただけか…?

唇の端をもちあげ、反応をうかがうように二つの瞳が見つめてくる。

耐えきれなくなって、めがねの端をもちあげるふりをして目をそらした。

「…君、もう一か月来てないよね。今日なんでここにいるのかは分からないけど、このまま学校を休むってなると、単位に影響が…」

「ああ、それなら心配ないです。明日から学校来るんで」

「えっ?きてくれるの?」

すっとんきょうな声をあげる駒田先生に、皮肉たっぷりに言ってやった。

「本当はここで死ぬつもりだったんですけど、予想外の返事をくれた先生に、興味がもちました。別に家にいても暇なんで、明日から来ます、じゃ」

「まって!」

教室からでていこうとすると、駒田先生に呼び止められた。

「明日、…待ってるね、逢沢くん」

その女の顔が、あまりにも嬉しそうだったから、俺は言葉をつまらせたままその場をあとにした。


朝早くに起きるようになって気づいたこと。

朝はさわがしい。いろんな音にあふれてる。

朝食をつくる音に、通勤する人たちの話し声。そして、制服のネクタイが意外ときついということも、初めて知った。

「…行くか」

忘れずにメガネをかけて、鏡でチェックする。

ばれない程度にネクタイを緩めて部屋のドアを開けると、ちょうど前を通った母親と目があった。

「空、その恰好…」

「…今日から学校行くことにした」

「そう…!やっと“普通に”学校に行く気になってくれたのね…!」

目の前で顔をほころばせる母親の顔に、言いようのない苛立たしさを感じる。

「…遅れるから」

「行ってらっしゃい」

すごく久しぶりに聞いたその言葉に、俺が返事を返すことはなかった。


駒田先生によると、俺のクラスは11HR。

昨日たまたま入った教室がまさか自分のクラスだったとは。

当然クラスに入ると、目が会うのは面識がないクラスメイトたち。

ああでも、席がわからないな。

「ごめん、俺逢沢空っていうんだけど、今日初めて学校来るんだ。よかったら席教えてくれない?」

とりあえず、近くにいたショートヘアの女子に声をかけた。

「えっ、うん…!」

「ちょっと待って、かっこよくない…?」

「メガネで顔あんま見えないけど、たしかに…!」

俺が席を教えてもらっている間に、残り二人の女子がそんな話をしていたとは、知る由もなかった。

朝のHRに来たのは、昨日会ったばかりの駒田先生。

俺の顔を見ると、明らかにホッとした表情をしていた。

一限目の授業の用意をしていると、視界に誰かの体が入った。

「?」

先生か?と思って確認しようと上を向いた瞬間。

バシャッ

突然、冷たい水が頭の上から降ってきた。

「は?」

特に動くこともなく相手をみやると、そこにはペットボトルを片手にもった男子がいた。

めつきの悪い顔が、不気味に唇の端をもちあげている。

「今まで不登校だったくせに、なんで今更学校来てんの?そこ俺のゴミ置き場なんだけど」

机の中からはみだしたクシャクシャのプリントが、カサッと俺の腕に当たった。

「ああ、この水は、ちょっと手滑らしただけだから。間違って手元が狂ってさー」

後ろでゲラゲラ笑う男子たち。その斜め後ろでひきつり笑いを浮かべる女子たち。

……学校での不登校生徒に対する扱いって、ひどいんだな。

どこか頭でぼーっと考える部分はあったが、今はそれよりも。

俺も自分のペットボトルをとりだし、けげんな顔をするその男子の顔面に、びしゃっと水をあびせた。

「はっ!?ちょっ、冷たっ!」

手で顔を覆うそいつに冷たい視線を向ける。

「おまえが俺にやったことだよ。文句あんのか」

「はあ!?こいつっ…!」

「ちょっとそこ!もう一限始まるよ!なんで濡れてんの!?席ついて!」

そのときちょうど、一限の先生が来たことによって、その場は収まった。

結局どんな場所でも、足をひっぱってくるやつっているもんなんだな。

メガネをふきながら、内心ため息をついていた。


朝にちょっかいをかけてきた男子の名前は、平塚晶というらしい。

女子たちがうわさしているのを聞いた。

休み時間にいろいろとつっかかってくる平塚を総スルーしていると、放課後になった。

とはいえ、さすがに悪口を言われたり物を隠されたりすると、さすがに頭にぷつんとくるものがある。

まじであの平塚、一度牽制したほうがいいか…?

学校はまるで鳥かごだ。

生徒たちは狭い人間関係の中で人を判断、評価し、うわさを流す。


朝から母親に話しかけられた時からストレスがたまっているため、放課後にはイライラがたまりにたまっていた。

「あっ!逢沢くん!今帰り?」

後ろで聞こえた高い声に、後ろを向くと駒田先生だった。

「先生。はい。今から歩きです」

「ね、ちょっと一緒に来てくれない?」

そう言って先生は、駐車場の車を示した。

「…これ、行くとこ行ったら犯罪ですからね」

「やだなー、変なとこにはいかないって」

なぜか俺は今、昨日会ったばかりの担任の車に乗せられている。

さすがに危機感ないなと思ったけど、イライラがたまっていると、人は、小さなことはどうでもよくなるものだ。

「ここだよ、降りて」

15分ほど乗っていると、一軒の家の前で止まった。

いよいよわけがわからなくて、混乱しながらも駒田先生の後ろについてドアの前に立つ。

「お母さーん、ただいまー!」

「えっ、お母さん!?」

「はーい」

いや、自分の家でも困るけど、なぜ担任の母親の家??

中から、50代の女性が小走りでやってきた。

「お母さん!こちら、逢沢空くん!」

「まあ!空くん!?」

「空ですが……?」

なぜか驚いた様子の女性と、満足げな駒田先生。

「あら、空くんは覚えてないかしら。まだあのときは小さかったものね。小さいころ、よく美空が一緒に遊んでもらってたと思うんだけど…」

美空…?というのは、駒田先生のことだろう。

小さいころ…?みく…みう…

その瞬間、幼馴染の幼女だった女の子の笑顔と、隣の女性教師の笑顔が重なった。

「まさか…みう姉…!?」

「そうっ!やっと思い出してくれた!?」

これでもかというほど満面の笑顔になる駒田先生と、彼女の母親。

俺が引っ越すまではよく一緒に遊んでいた近所のお姉さん、みう姉。

まさか駒田先生が、あのみう姉だったとは。

「私、自分の名前を言った時に気づいてくれるかなーってちょっと期待してたんだけどなー?」

「えっ、す、すみません」

「ううん、別にいいよ」

つまり、駒田先生の方は先に俺だと気づいたということか。

“もう一人”の俺の方の存在を知っていたわけではなかったということだ。

内心一息ついていると、今度はぱしっと腕をつかまれた。

「じゃあ、逢沢くん送ってくる!」

「えっ!?」

「ええ、きをつけてね。空くん、またね」

「あ、はい。お邪魔しました…?」

車の中に戻ってくると、今までの雰囲気から少しだらけたかんじになっていた。

「久しぶりに会えて嬉しい!ねえ、前みたいに逢沢くんのこと、空くんって呼んでいい?」

ハンドルに上半身を傾けながらこちらをみつめてくる彼女に、一瞬言葉がつまる。

「…一応俺と先生は生徒と教師なんですから、そういうのはちょっと…」

「えーっ、二人きりのときとかもだめ…?」

少し眉を下げ、俺の心の奥の奥を見透かすような瞳と目があう。

ああ、だめだ。この瞳は苦手だ。

「あ、じゃあさ、こういう合図をつくるのはどう?私たちが、生徒と先生じゃなくて、幼馴染の距離感に戻るときのさ」

そう言って彼女がポーズをとった。

「まあ、それなら…あ、じゃあ俺はなんて呼べば…?」

「私いちおう年上だしなー。美空さん、とか?あ、それと、二人の時は敬語も禁止ね!」

「わかりまし…わか、った」

「いい子」

そう言って、白い手がふわりと俺の頭に手をのせた。

『いいこ』

昔よく頭をなでてくれた女の子は、今も同じ笑顔で俺をなでてくれる。

……ほんとに、みう姉なんだな。

恥ずかしさと同じくらい、懐かしさで胸がいっぱいになった。


夜。

母さんが電話の受話器をとり、しばらくすると、俺に受話器を渡してきた。

この流れで、俺にはかかってきている相手が分かってしまっていた。

一度深呼吸をしてから、にこりと笑みを浮かべ、“四宮奏楽”として口を開いた。

「はい」

「やあ“奏楽くん”。最近は元気?」

「はい、そうですね、いつもどおりです」

この相手は、島川庄司さん。俺が所属する事務所の社長だ。

こうして、定期的に俺に電話をしては、最近の体調を聞いてくるんだ。

まあ、本題はもちろん体調のことではないんだけど。

「それはよかった。ところでなんだが…今度、東京で私の事務所の演奏会を開催する予定なんだが、奏楽くんもスペシャルゲストとして出演してくれることは可能かな…?復帰のめどでもつけば、全世界の人が喜んでくれるよ」

「いやあ…ありがたいお話ですが、僕、復帰は今は…」

「そうか……」

明らかに、島川さんの声が落胆しているのがわかる。

ちなみに、俺の所属する事務所は、世界でも上位の楽器の演奏スキルをもつ人たちしか所属できないところだ。いくつものオーディションに書類審査、面接、実演。それらをクリアした、国籍を問わない人たちが、ここ、スターツホープ音楽団に所属している。

俺もそこの一員なのだが、理由があり、ここ三か月ほど活動を休止している。

もともと死のうとしていた俺が、四宮奏楽として復帰することは今は無理だ。

俺が活動休止してから、毎週のように復帰をもちかけてくる島川さんに断り続けるのも、そろそろしんどくなってきた。

俺に期待してくれている、ということなのだろう。でも、俺はーー。

「…いや、すまなかった。また連絡する」

「こちらこそすみません。お電話ありがとうございました」

電話が切れたとたん、笑みを消し母さんに受話器を返す。

「また島川さんのお誘い断ったの?」

「母さんに関係ある?」

そう言ってにらめば、母さんはため息をつき二階へと上って行ってしまった。


「ところで、明日は球技大会です」

翌朝、駒田先生が口を開いてそう言った。

まじか、初耳だ。

「男子はサッカー、女子はバレー。前にクラスで決めたチームで、先輩たちとも戦うことになるから、皆で力を合わせて、いい結果を残せるよう頑張りましょう!このクラスになって初めての大きなイベントだしね!ちなみに先生は女子バレーに出場します!」

わっとクラスの雰囲気が沸き立つのを感じた。

球技大会……聞いたことはあるけど、参加するのは初めてだ。

俺はサッカーになるけど、絶対走ったら暑いし体力を使う。

適当に終わらせるか。

このときはまだ、ぼーっとこんなことを考えていた。


放課後。

窓の外をみつめていると、いつのまにかクラスメイトは教室にいなかった。

と、最後まで教卓で書類整理をしていた駒田先生が、つかつかとこちらの方へ来た。

歩くたび揺れる艶やかな黒髪は、まるできれいなレースのようで、目を奪われてしまう。

彼女が、ドサッと前の席の椅子に座った。

そして真正面で目があう。

俺は教室の静けさを確認してから、スッと小指を前にだした。

いわゆる、小さい子供がするみたいな、“約束のポーズ”。

幼馴染の距離感に戻るときの、駒田先生が決めた合図だ。

とたん、彼女はふにゃーっと背格好を崩した。

「やあっと空くんって呼べるー!ね、今日一緒に帰らない?送って行ってあげるよ」

「いや…あんまり一緒に帰ってたら、変な噂がたつと思う」

「むー」

美空さんがあまりにも不服そうな顔をするから、気づけば口を開いていた。

「夜とか…帰る人が少ない時間だったら、別に…」

「ほんとっ?やった。それとなんだけどさ…明日、球技大会じゃん?」

「うん」

「私バレーにでるんだけど」

「朝言ってたな」

「もしも勝ったらさ、ご褒美、くれない?」

「えっと、あめあげるとか?」

「ちがくて、その…みう姉って、もう一回呼んでほしい、な」

「へ?」

そんなこと…?

美空さんが、眉を下げじっとみつめてくる。

お願いするときの、彼女の表情だ。

そして俺は、この顔にめっぽう弱い。

「……そんなことでいいなら」

「んふふ。やった」

むふーっとご満悦な顔をする美空さんに、心が満たされていくのがわかる。

なんというか、見ていて飽きない。

四宮奏楽じゃなく、素の逢沢空に優しくしてくれるのは、この人ぐらいだ。

そろそろ帰ろうと机の中から教科書を取り出すと、ばさっと何かが落ちた。

それを拾おうと身をかがめると、殴り書きの油性ペンの文字が目に入る。

半ば放心状態のまま、中途半端な体制でいると、白い手がそれをさらった。

「あっ…」

「これは何?」

先にそれを拾ったのは美空さんだった。。

その手には、中のページがビリビリにされ、ところどころに悪口のかかれた教科書。

ご丁寧に、担任(駒田先生)の教科じゃないものだ。

「誰にされたの?」

声のトーンが低い。怒気を含んだ、でも静かな声だ。

一度上げた顔を、また下げてしまった。

なんとなく、今顔を上げるのはだめなきがする。

「ク、クラスメイト…」

「もしかして昨日から?そういえば海莉先生が、一限目から逢沢くんと平塚くんがずぶぬれだったって言ってたんだけど、もしかしてそれは関係あるの?」

「……」

ここはあえて、無言を貫くしか…。

「お願い、空くん。言って。私はどんなときでも、空くんの味方だから」

質が悪いのは、彼女が、俺が自分のお願いに弱いということに気づいているということだ。

「……こういうのは、昨日から。悪口言われたり、いろいろなくなってたり。水かけられたときはやりかえしたけど」

「……そう。“お願い”、聞いてくれてありがと」

目をあげると、こわいくらい笑顔の美空さんが席をたったところだった。

「明日の球技大会、頑張ろうね」

俺に背を向ける直前、彼女の笑みは消えていた。

                      続く









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