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#1 どこから来た?



「んーッ!!!!」

スプーンをグーで握りしめ、その子は目を輝かせてめいっぱいに笑った。

「ついてるよ」

「んん」

僕の問いかけはすっかり無視だ。目の前にあるお手製の炒め飯を、ご飯粒をこぼしながら食べる。


あの行き倒れの子供を拾いあげ、温めた濡らしタオルで顔を拭いてやった。

傷こそないが、薄汚れた肌、伸びたぼさぼさの髪が、長い時間外にいたことを物語っている。

僕の体格の半分ほどしかないその小さな体に着させてやれるものはないかと探していたところ、ぱっと目を覚まして第一声、「腹が減った」だ。

で、あらかじめ多めに作っていたご飯を分けてあげた。

まさか、ものの1分ですべてを平らげられるとは思っていなかったが。

「……え、まだ食べたいの?」

「うん」

口の端にご飯をくっつけて、その子は言う。

もうずいぶん寒くなったというのに、まだぼろぼろの半そでだ。そこから見える腕は、骨と皮だけと言っていい。

わくわく!と頭の後ろにオノマトペが見える。あと、その目の輝きが僕をすっかりその気にさせる。

仕方なく、インスタントの食品を出してやると、それもあっという間に平らげてしまった。

「お口に合ったかな」

「ん?なに?」

「ん…?…ああ、えっと」

何歳だかわからないが、見た目では10歳から13歳くらい、だろうか。言葉がわからなくても、不思議ではない。

簡単な言葉を使うようにしないと、と思い直して、「おいしい?」と聞いてみる。

「うまい!」

「良かった」

「すごいなあ。あったかいメシ。うまいなあ」

空になったインスタント食品の器を、大事そうに両手で包んだ。

僕は、その子に炒め飯をぶんどられて、普段の7割しか食べられていないけど、それを見ると満腹なような気がした。気が付けば、頬は緩んでいる。

「君名前は?」

「ルータ」

「ルータ君?それフルネーム?」

「んー?よくわかんねー」

フルネームかすらもわからないんじゃあ、スラム育ちかな…。そんな彼の生い立ちをあれこれと想像してしまう。

「おまえはなんていうの?」

「お前って言わないで」

「なんていう?」

「…僕はマスターって呼んでくれればいいよ」

父が遺したバーを、いまだにこじんまりとやっている。だから、間違ってはいないのだ。

「あい!ますたー!」

何も勘繰らず、素直にそう言って笑う彼に、また自然と笑みが零れた。

「お風呂入っていきなよ」

家の前で行き倒れているのを見たときに、少しでも放っておく選択肢が脳内にあったことを、心の中で悔やむ。

久しぶりだ!と跳んで喜ぶ。やっぱり、家はないのだろうか。

「えーっと使い方わかる?」

僕もまだ入っていない乾燥した浴室で、シャワーの蛇口を見せる。

わかるよ!と意気揚々と冷水方向へひねり、ルータの顔に冷水が掛かった。

「うわー!つーめーたー…」

「あはは!あったかいのはこっちね」

シャンプー、コンディショナー、ボディーソープをそれぞれ教えてやると、洗うのに洗剤を変えることすら知らず、やっぱり家無し子なのだと悟る。

「お洋服、ここに入れてね。洗う…けど…ボロボロだな…」

満身創痍の穴とほつれだらけのシャツを見て、僕は思い出す。

サイズを間違えて買った下着があることを。

「えーっと、僕の貸すよ。ちょっと大きいかもだけど。ここに置いておくからね。」

その間に、なんとか家を探して古い小さな服がないか探してくることにした。


しばらく入っていない埃だらけの物置部屋を見たが、やはり彼に合うサイズのものは見当たらない。

僕が学生の時に着ていたシャツが、この中だと一番細身で小さく見えた。

その服を持って脱衣所へ入ると、バスタオルの塊が動いている。

「あ!ありがとな」

振り返って見えたその髪色は、つい数分前の髪色とはまるで違う。

新芽のような柔らかな緑色。

「わ、素敵な髪」

「だろ」

バスタオルで拭くと、湿った髪でもそのふんわりとした感触が伝わってきた。

小さい頭。やめろよなと言いつつ、笑っているその顔も、ちらりと見えるあばら骨も、やはりやせ細っている。

ああ、こんなに小さい子が家もなく、飢えて街をさまよって…。

「これ、よかったら着て。大きいと思うけど」

シャツを手渡すと、袖を通した。

ボタンを留めようとして、ぽろりと手が滑って、また留めようとして、また滑る。

「わかんない」

そうか、ボタンの服の着方すらわからないのか。

「いいよ。こうしてさ、つまんで…」

バスマットの上に膝をついて、ようやく彼の胸元に頭が来る。

膝が濡れるけれど、それも構わない。

「こう?」

「そうそう」

少しずつできるようになって、最後の一つを自分で留めた。

「できた」

曇りなく笑って、僕は再認識する。

軍人になったのは、親の居ない子をできるだけ減らしたいんだった。

この子みたいな、独りぼっちの子を。

僕みたいな―。

若かりし頃の、怒りに似た熱い気持ちが胸を駆け巡る。

「髪乾かさなくちゃね」

ドライヤーを手に取ると、脱衣所に吹くはずのない突風が吹き荒れた。

窓を開けっぱなしにしたかと振り返る。

うっすらとだけ開いたその窓からは考えられない風量が一点、彼に収束していく。


ルータの髪が、ふんわりと乾いて風になびいていた。



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