プロローグ
駅からすぐのスーパーマーケットで買い物を終えて外に出ると、夜の冷たい風が頬を撫でた。
ここは、モーントレア州の大都市からはすっかりほど遠い郊外だ。
家までは、徒歩で15分もかかる。
車があれば週に一度買い出しに行けば済むのにな、とペーパードライバーな自分を少し責めた。
5分もすれば、あたりには切れかけた街灯の明かりしかない、生気のない街並みに変わる。
ゴーストタウン、それが僕の家のある場所の一般的な評価だ。
州が大金をはたいて高級住宅街へと仕立て上げた土地だが、数年前の事件により、みな逃げるようにして去っていった。
ここのコーヒーショップは豆が買えて嬉しかったんだけどなあ。そう思いながら、その看板を目印にして、脇道へと曲がっていく。
向かいの、その奥の家には、つい最近まで呆けた老人が住んでいたが、彼ももういなくなってしまった。
空き家しかない裏路地を進み、もう明かりをつけていないバーの看板が見えてきたら、ようやく家にたどり着く。
少し買いすぎて重くなった紙袋を抱えなおして、明かりのない、昨日できた乾かない水たまりを踏んで進む。
そこに在るはずのない、紙袋のようなゴミを見つけて、違和感を覚えた。
(僕しかいないのに僕のじゃないゴミがある…)
ちぎれた布や、食品が入っていたであろうパックが点々と落ちている。ああ、誰かホームレスが根城にしてしまったのかなあ。そう思いながら、いつも出入りする家の勝手口まであと5歩。
4歩。
3歩。
何か、少し厚みのあるものを踏んづけた。
それが、肉だとわかるまで、数秒。
視線をずらす。
布。
髪。
閉じた瞳。
恐ろしくなって、進んできた2歩を後ずさりした。暗闇の中でじっと目を凝らしてみれば、かすかに動く。息があるようだ。
恐る恐る近づいてしゃがみこみ、フードのようなものを退けて顔を見る。
(…子供…)
顔つきも、体の大きさも明らかだった。僕が踏んだらしい手を見ると、やせ細っているように見える。
ホームレスがいるとは思ったけど、まさかこんなに小さい子供だとは。
でも、治安が悪いと悪評高いこの地域で、安易に手を差し伸べると痛い目に合う。そう何度も経験してきた。
死んだふり?乞食?ああ、困ったな…。
その時、昨日までだと思っていた雨粒が、僕の髪を2度叩いた。
(このままじゃ…)
この日、僕の人生は、この子供によってすっかり狂わされた。