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酔っ払いの与太話 上

…さ…!…sま…!…さま…!


うるさいな…


「ラーク様!」


まったく騒々しい、俺は今せっかく眠りに…。いや、それもそうか。

俺は討滅祝いの宴にされるがままにまつり上げられ、ついぞ俺も楽しくなってしまいこのまだ年若い体に酒精の盃を受け、少し眠りこけていたのだった。

これ以上の病魔や呪いは受けぬ体とはいえ、酒精の類のようなものは受け付けてしまうのか。病は気からなる言葉もおいそれと頷けるものかもしれない。


「なあ、よせよジョー、そっとしておけよなァ、勇者様はえらくお疲れのようだぜ?」

「でもよぉ、ジェイ、主賓が寝てちゃなんだか締まらねえってか…」

「あのなあ、お前だぁら女にモテねんだよ、お二方を見ろ、まだずいぶんとお若いんだぞ?あんな激戦を潜り抜けた後に酒精は堪えるだろうよ。」

「ん…、それもそうか、失礼っしゃした、どうぞごゆるりと。」

「失礼だなんてとんでもない。こちらこそ、祝いの席にてすまない。甲冑も降ろさぬ無礼に瞑目感謝する。」


言の葉紡ぎ終える前に二人は立ち去っていた、常々酔っ払いというのは人の話を聞かないものだと都の酔っ払い…、俺に稽古をつけてくれた騎士を思い出す。



「ゴゥルアアアアア!!!」

石畳の武舞台の上で地鳴りのような怒鳴り声が木霊する。

「何をナメ腐ったマネしさらしとるんじゃオンドレええええ!!!魔獣(ケダモノ)が型の構えなんか待つわけあるかぼけえええええ!!!」

「その立派なダンビラは何のためにあるんじゃいごるぁああああ!!とっととそのくたばりぞこないの豚掻っ捌いて晩飯の支度せんかいゴルァアアアア!!!」

城内の武舞台のうえで俺は猪型の魔獣(ケダモノ)と対峙していた。

一応俺の訓練のために引っ立てられたものなので蹄や牙が欠損していたりするのだが…。

「おい!!!そいつの毛皮はワシの酒精になるんやぞ!!!!かすり傷でもついとったらオドレの皮捲ってベルクの変態肉屋に売り飛ばすど!!!!」


この下品な言葉遣いで吠え猛っているのは俺の訓練教官、ヴォド。

騎士なのに常に酔っぱらっているし職務の間に街の裏手から女を引き込んでいる、当然のように暴力沙汰はする最低の人間だ。

これでも20年前は王より悍剣という一種の畏れの籠った二つ名を賜った勇猛にして熾烈、当代において比類なき英傑が一人であったようだ。

魔の侵攻を王都から危機を退けた後、反撃的進行を具申するも芋を引いた王やその他タマ無しの家臣団がそれを拒否、強力な手駒が手許から去ることを恐れたのかもしれない。

結果腐り果ててしまったのだが、かつての英雄をおおっぴらに処罰もできなければ強すぎるが故放逐して夜盗にでもなられたら大惨事、いまそんなのを相手にする余裕はこの国のどこにもない。

というわけで将兵の訓練教官として飼殺されているのだが、これがまあなんと、確かに彼の教えをやり遂げたものはとてつもなく精強で彼がごとく勇猛果敢、万夫不当の勇を誇る兵と育つのだが、不満も不満で憂さ晴らしついでの教育方針ゆえについぞ100を数えず彼のもとを卒業する者はいなかった。

そうしてただ飯を食い女を買い酒におぼれていたところに降って湧くようにして現れたのが俺であった。

最初は王命とは申せど片田舎のガキのお守なんぞといやいやだったが、再度厳しくあたれと命を受けたが最後、炊事に洗濯、掃除、家事のあらゆるに至るを教練の傍ら俺に仕込んだ。今思えば、ヴォド帥にそちらの気がなかったからよかったものの、あればよもや伽までさせられていたのではなかろうか…?

教練は過酷を極めた。

厳しく、との命を下されたその日の夕刻、どこから調達してきたのかもわからない暴れ狂う一頭の大山羊を目の前に、ただ一言。

「これを斬れ。」とだけ告げ、大山羊の戒めを解いたのだ。

大山羊は逃げた、が、行く先にはヴォド帥がいた。

「はようせんかいボケェ!オドレは晩飯目の前にしてみすみす見逃すんかいあホンダラぁ!」

行く先にヴォド帥、当然のように先ほどここまで連れてこられてしまった以上勝ち目などない。

となれば当然______。

大山羊はこちらに向き直り、一つだけ前掻きを、石畳を砕かんとする一撃を足元に込め、俺に向かって飛んできた。こいつに勝ち目がないなら弱そうなあいつの方に逃げよう、やもすれば一矢報いてその大きな螺旋角の早贄にでもしてやろう。自明の理である。

______殺気。やばい、まずい、こいつは俺を殺そうと、殺さr____!山羊が止った。

「怯むなッ!!愚か者が!敵に悟られとるんじゃ!オドレは今そのデカい角の畜生にナメられとるんじゃ!オドレは勇者なんじゃろうが!そんな肉にナメ腐られとってええわけあれへんやろドアホが!わかったらとっととその背中のダンビラ抜いてその生肉掻っ捌いて肉にしたらんかい!!!」

恐ろしいほどの怒気が、怒号が飛んできた。響きわたる怒号に俺の臓腑が縮み上がった。

これに立ち向かうなら、まだあの大山羊のほうがいくらかマシか…。


向き直ると同時に我に返った大山羊が飛んできた。速い、当然だ。野に生きる彼ら、当然のように山野を塒にする魔物とも牙角爪鱗を交えるだろうし逃げ延び、食い食われ合う。日々休まることのない生存競争だ。

「ん、ああ…。そういえば言うの忘れとったんやが、そいつは札付き、恐らく、いやほぼ間違いなくオーガに匹敵する位階の魔獣クラスや。角の色と染みた臭いからするに今まで100人近い兵隊で角デコっとるやろな。」


いや勝てるわけないが、そんなの今の俺からすれば立派な怪物じゃないか。

大山羊の突進を躱しながら考える。ひらり、はらり、とは言わないまでもスレスレで避け続けていく。

どうする、このままではジリ貧一方だ。一撃、とにかく一撃でいいからあれに剣を、手傷を負わせないと。この場で手傷、できれば深手を、能えばあれでも獣、人理を外れそうな巨躯でも血を流せばいつかは落ちる。駆け回る奴ならそれほど時はいらないはずだ。

ぐるん。________ッ!!!!しくじった!迂闊だった!!躱したと思った刹那奴が大きくかぶりを振ったのだ。


脇腹を斬られ、いや抉られた。燃えるような痛みが嬉々として俺を襲う。

「グゥッ!あっ!がああああああ!!!!」

大山羊が振り向いた。その口元は緩んでいるかのようだった。武舞台の外に向き直り逃げて行こうとする大山羊に向かって俺は吠えた。

「貴様!!手負いの俺に恐れをなして逃げ出すというのか!!!!」

大山羊は耳を絞りながら振り向いた、その顔は怒気に満ちていた。ここから逃げおおせることよりも獣の雄としてのプライドが勝ったのだろうか。俺を殺めることさえ能えばもはやどうでもよい____。

恐ろしい殺意と衝動を込めた一蹴りで空に舞った。俺と山羊が交錯するその刹那、またしても大山羊はかぶりを振った。二度も同じ手が通じるか。ガキとはいえ、勇者をナメるなよ獣風情が。どうして俺が窮地の激情、衝動とはいえそんな風に、今は間違いなく格上である大山羊にそのように思ったのかはわからない。だがそれでも…、角を交わし、手の中に握りこんでいた砂礫、奴が蹴り砕いた武部隊の砂礫を奴の面にぶちまけてやった。

「ヴェエエエエエエエエエエ!!」

突如として視界を失った大山羊は二足で立ち上がりあたりを踏み鳴らすかのように暴れだした。

間隙、当然のように隙がそこにはできる。喉元を狙いただ一突きに突き入れた。

斬ったか。大山羊はもはや一条の断末魔の悲鳴すらなく崩れ落ちた______?

断末魔の悲鳴もなく…?たったの一声すらも…?

そう、これは大山羊が崩れ落ちたのではなく…。俺が、俺の剣が、俺もろとも大山羊の振り回す角に打ち上げられていただけだったのだ。

高い、これ落ちたら死ぬのかなあ、などとのんきに考えていたが、なんだかんだ怖かったのかふと上昇が止まる刹那に、ぎゅっと目を瞑った。

落ちる、落ちる、ああ怖い…。

しかし落下の衝撃は来なかった、確かに俺は武舞台の床にいるのに。

目を開くと目の前には緋色の具足、これは…。

「ふん、無様やなあ。ま、身体能力はクソカスやが…その場で練った策としてはそこそこか、狙いも悪くはない、ちょっと運が悪かったか深謀遠慮が…、まあ及第点、合格でええ、次はあれへんからな。」

ヴォド帥が一刀のもとに大山羊の首を跳ね飛ばした。

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