芽吹き
ここはとある王国南の長閑な辺境。少なくとも17年前までは。
今は荒れ果てた戦場の一欠けら。
人魔問わずが死屍累々と積み上げられている。
「ああ、くさ…。全く、いつまで経ってもこの臭いは慣れないね…。」
「いけませんよ、はしたない。確かに生焼けの屍臭、あなたには耐えかねる代物かもしれません。しかしラーク、あなたはこれでも英雄で、たった今暴虐に震える民草のために魔を滅したのですよ。」
この不躾な態度、青さすら感じる黒髪を束ねた青年は王国の意志により形を与えられた勇者、名はラーク。そしてそれを諫めるように諭す、金髪の少女は勇者の親愛なる友、もといお目付け役の僧侶、ケイ。
「しかしね、ケイ。今更になって俺の苦しみを知らないはずもないだろう?」
「もちろん、それは、ラークの体が蝕まれていることは先刻承知。しかし彼らは違います。悪鬼の酸鼻や廉恥の極みに震え、愛する者の首を飾られ、縊られ犯され、文字通り骨の髄まで啜られる。このうえ救いの英雄に同胞の亡骸を臭いと断ずられれば最早彼ら、この先生きる希望も…」
「あー、はいはいわかったわかった。ケイは本当に話が長いなあ。この体、使命とやら果たすまでは千や万の時では朽ちることすら能わぬはずだが、君の話は嗅いださわりを四半刻ですら朽ち去りそうだ。」
「随分と嫌そうに、それではこれより引導を差し上げましょうか?」
「わかった、わかったから。それではいつもの儀を、もうそろそろ暗幕、掛けてくれない?これさ、恥ずかしいんだよね。」
「わかりました。毎度の老婆心ながら忠告を。此度が如何ほどかは私にも、ラーク自身にもわからない。この緞子、姿は絶てど声は完全に断つことは能わず、努々お気をつけて。」
「わかってるよ、まったく君は心配性なんだから。」
「心配性などと、私はただラーク、あなたが」
「うるさいなあ、もういいかい?あまりしつこいと…」
「なっ…わかりました、それではどうぞ、私は少し離れたところで人払いを。」
「はーい、ありがとね。」
「さて、今日は腿裏かなあ、段々疼きで分かるようになってきて楽だね。この呪いの侵せるところが減ってきただけなのかもしれないけど。」
カチャカチャ…からん
「さて、始めるか。いでよ祝福よ、我が罪を喰らい候え。」
メリッ…ブチッ…ミシリ…ゾゾゾゾゾゾ…
「ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「グウウウウアアアアアアアア!!!!!!!!」
肉の裂ける音、何かが一斉に芽吹くかのような音。
それに伴う悲鳴、勇者にあってはならないはずの悲鳴。
厚い緞子を掛けて遮れど聞こえるこの悲鳴。
これを待つ間がつらいのだ。
目を固く瞑り、両手を組み、祈るほかになく。
「ああ…。またしても私たちのためにラークが、神よ、どうして、私ではなく、彼なのですか。すべてを背負えるとは申しません、しかし微力でもいい、彼の苦しみをほんの少しでも…。」
「アホか、神などいるか。いればこの呪いなどありはしないし魔に食らわる人もいない。」
「あ…。」
存外に長い間祈っていたのかもしれない、振り向くとそこには汗と血に塗れたラークが立っていた。
「あ、とはなんだ、あ、とは。涙でぐちゃぐちゃだぞ、俺たちは勝ったのに泣いているのか?先ほどまでの淡々とした説法はどうした。」
「あなたはいつもそう…。」
飄々としているのだ、彼はいつもそう。
血の涙の筋は拭い切れていないし、今回の呪いの発出はおそらく腿の辺りだったのだろう、腿の装具から血が滴っている。
本当に、勇者なのだなあ、彼は。ケイはまた一滴を垂れた後、場にそぐわぬ説法も垂れそうになっている自分に気付きかぶりを振った。
「いいえ、今回は…。」
「どういう意味だ?」
「いいんですよ、あなたは勇者、それだけのことでした。」
「そうか、ならいいよ。」
「勇者様ーーーーーー!!!!」
民の声が聞こえる、勝ち鬨を急かすかのような明るい声が。
首級をもってこたえよう。
「さあ、ラーク。この村最後のお役目。」
「ああ、慣れないね、これは。義を違えども、彼らも戦士であったというのに。」
「戦に赴く者として共鳴するものが多少なりともあるのは理解いたしましょう、しかしあなたは人として、人の勇者としてかの怨敵に立ち向かい首級をあげたのです。さあ、務めとして安寧の勝ち鬨を。」
「仕方ない、か。」
「クローグ辺境伯領の民草よ!!!!」
「この地に棲みつき、暴虐を働いていた南の魔王が一柱グロウズは我が手により討ち果たした!!!!」
「この首級をもって討ち果たしたと示すものなり!!!!!!!!」
ウォオオオオオオオ!!!!!
やったぞーーーーっ!!!
さすがは勇者様だ!!!!
歓喜の雄叫びがこだまする。
「ふう、これでいいのか?」
「お役目ご苦労様、このくだりももう何度目だか…。」
「何度目かは覚えていないが…この体がもう3割も残っていないあたり終わりが見えてきたような気がするよ。そろそろ顔も見せられなくなるね。」
そう、彼は。
初投稿です。過程はライブ感で