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無敵の軍法の真髄とは

作者: さだMとし

時は戦国時代。

九州は大友家で先の戦の論功行賞が行われていました。

その中で、一人の若者が冴えない表情で末席に控えていました。

若者の名前が呼ばれる事もなく、論功行賞は終了し、若者は俯きながらその場を立ち去りました。

その顔には思い詰めた表情が浮かんでおり、その後ろ姿には悲壮感が漂っていました。

若者はこれまで数々の戦場に赴きましたが、一度も戦功を認められた事が無かったのです。

若者は上司からは不忠者と罵られ、同僚からは臆病者と嘲られていました。

この日、若者はある決意をして、その場を後にしました。


それから間も無く、再び戦場に赴く機会が訪れ、若者は以前した決意を旨に、戦の準備に取り掛かっていました。

すると、彼の最上官である軍団長の立花道雪から急遽呼び出しを受けます。

道雪は若い時に落雷を受けて下半身不随となりますが、輿に乗って戦場を駆け巡り、九州だけでなく、全国に勇名を轟かせている猛将でした。

その半身不随となった経緯から、雷神と恐れ崇められ、その異名通りの厳つい風貌で、また非常に軍律に厳しい事でも有名でした。

若者は道雪の館を伺い、一室に案内されますが、既に道雪はその部屋で居座っていました。

そして案の定、その顔には厳しい表情が浮かんでいました。

若者が緊張した面持ちでその場に居直ると、道雪はおもむろに口を開きました。

「先の論功行賞ではおぬしは論功に漏れたな。その事を如何に思っておるか」

「私が功無き事は誰の目からも明らかな事。日頃恩禄を食みながら、それに応えられぬ不忠者よと、唯唯、我が身の腑甲斐無さを嘆いております」

即座に若者は答えました。

「それでは、この度の戦には如何なる所存で臨むつもりか」

道雪は更に尋ねます。

「は。それは…」

いささか若者はうろたえますが、やがて心を決めて道雪に決意を伝える事にします。

「この度は是が非でも一番手柄を立て、もし功を遂げられない時は討ち死にする覚悟です」

「成らん!」

若者が言い終わるや否、道雪は異名通りの雷のような怒号を発しました。

驚いた表情の若者に、道雪は厳しく言いつけました。

「よいか。戦には運不運が絡むもの。戦で功を立てる事のみが忠義の証とはわしは思わぬ。むしろそなたのような前途ある者が、功に逸って討ち死にする事こそ不忠であるぞ」

前途ある者という思いがけない道雪の言葉に、若者は平伏しました。

「おぬしが頑張っている事はわしがよく知っている」

またしても思いがけない言葉に、若者は思わず道雪の顔を見上げました。

そこには先程までの厳しい表情は消え、優しい温顔が称えられていました。

「わしのように足が萎え老いぼれた身でも、戦場で安心して指揮を執る事ができるのは、おぬしのような忠義の者がいるからだ。だから、功に逸る事無く、これからも忠勤に励み、主家の支えとなってくれ」

若者は感激し、溢れる涙を押さえる事ができませんでした。

更に、道雪は近頃流行の甲冑を若者に譲ろうとしました。

若者は何の功も無いのに、そのような物は受け取れないと固辞しましたが、

「老いぼれたわしよりも、若いそなたにこそ似つかわしい」

と強く勧められ、若者は涙ながらに受け取りました。

道雪は、この若者が勇敢なのに功を立てられないのは、人一倍心優しい為であると見定めていました。

若者はその優しさ故、できるだけ配下に犠牲を出さないように心掛け、また窮地に陥った敵を追い詰めずに逃がしてやる事もしばしばでした。

配下を労り、敵に情をかける事。

それこそ、数多の戦場で無敵を誇った立花麟伯軒道雪の軍法の真髄でありました。

道雪はこの若者こそ、自分の志を受け継ぐ者として、特に目をかけていたのです。


吉弘鎮理というこの若者は、その後、数々の大戦果を挙げ、大友家中において、道雪と双璧を成すほどの勇将と讃えられるようになります。

それは、日頃の若者の労りに恩義を感じた配下が戦場で死に物狂いで働くようになり、またこれまでに命を助けた敵もまた恩義を感じて、合戦の時に味方したり、内応に応じたりした事が大きく影響していました。

やがて、主君の大友宗麟から高橋家の名跡を継ぐ事を命じられた若者は、その名も高橋鎮種と改めます。


彼こそ、道雪亡き後、衰運の一途を辿る大友家を支え続け、自ら玉砕する事で主家を守り抜いた、名将・高橋紹運その人でした。

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