マルクス・バドリスその3~帝都大闘技場~
帝都の華、格闘士の試合!
自らの肉体の身を武器とし、血と汗に塗れた死闘が今始まる!
リヴィウス皇帝の登場と共に闘技場の観客席が大歓声に包まれる。
6万人以上もの観客を収容する巨大闘技場は帝都のシンボルだ。
観客達の肌や髪の色は様々だが、上着を着ているのは中年以上で若い観客は身分の貴賤や男女の性別を問わず上半身を剥き出しにしている点は共通している。
気温は寒いと言う事はない。寧ろ暑いぐらいだ。
日差しが強い割に色白の人も多いと思ってリヴィウス皇帝に尋ねたら「君の世界では成層圏のオゾン層が此方より薄いのかな?皮膚のメラニンを発達させる近紫外線が此方の世界より強めのようだね。」との答え。
俺の世界で理系の一流大に楽に入れそうだ。
こうやって、観客席を見渡すと、リヴィウス皇帝兄妹やアストレアさん、リュキア程では無いが、少なくともこの帝都に住んでいる人間は結構な美形揃いだ。
人間は左右のバランスが取れている顔を美形と認識する、と言う説が正しいなら、正にそれに該当する顔が万の規模で集まっている。
「どうかしら、皇帝専用のバルコニーからの景色は?」
俺の席は皇帝専用のバルコニーの皇后座に座るリヴィア皇女の左手。
このバルコニーは皇帝とその家族か側近、若しくは賓客しか座れない最上級の席だ。
「帝国の貴族17家門最大級のバドリス一門の当主代行の快気祝いも兼ねて招待したことにしている。今日の主役は君かもな?」
リヴィウス皇帝はリヴィア皇女の右手の皇帝席に座っている。
リヴィウス皇帝が元首を務める『西方帝国』は奴隷も含めると人口1億人以上の超大国。
その最上位に位置する身分が帝国貴族だ。
貴族も家門本家17家と世襲元老院議員33家からなる上級貴族、その分家である250家程の下級貴族とその跡取り以外である一代貴族、そして富裕層や地方の有力者からなる準貴族階級の騎士と4階級に分かれている。
西方帝国に爵位制度は存在していないが、皇子と家門本家当主が公爵、世襲元老院議員が侯爵、下級貴族が伯爵か子爵、一代貴族と騎士階級が男爵に相当するだろうか?
尤も騎士階級にしても、万単位の兵力を動員出来て世襲元老院議員に準ずる扱いを受けている一族から、開拓村の顔役迄非常の財力と権力の幅が有ると聞いているのだが・・・。
大勢力家門のバドリス一門の当主代行をやっている嫡出の叔父、と言うのは下級貴族の最上位に位置する。
更に言えば、リヴィウス皇帝とリヴィア皇女の兄妹も元々は家門当主の嫡出の弟の息子と娘、即ち下級貴族上層の身分でしかなかった。
前王朝崩壊の内戦を制した事で彼等の伯父と父親が皇帝に即位した、言わば簒奪者。
旧王朝の縁者、元々格上や同格だった貴族連中にしてみれば面白い訳がない。
だからこそ、元は格上ながらも友好的なバドリス一門の信用確保は重要と言う事なのだろう。
「今日は奇数月の2日だから、皇帝が帝都の守護神アシュタルトに捧げる格闘士の試合よ。」
リヴィア皇女が闘技場のアリーナに視線をやる。
毎月の2日は皇帝主催の大会開催日、奇数月は帝都の守護神アシュタルトに捧げる格闘士、偶数月は軍神グラディウスに捧げる剣闘士試合が組まれる。
出場する選手は基本奴隷階級。
この世界では奴隷制が堂々と罷り通っている。
それでもここ西方帝国本国人は『元奴隷でも有能で人柄が悪くなければ仲間扱いしても良くね?』と言う価値観が主流で、解放奴隷の市民権獲得が制度化されているだけまだマシな部類らしい。
極めて珍しい例ではあるが、平民が元老院入りするコースである帝都護民官に選出された解放奴隷の例もあるそうだ。
無論、奴隷と言ってもピンキリ。
一番高価なのは皇帝や高位政務官、若しくは皇族を含む裕福な貴族の側近や護衛、家庭教師として英才教育を受けた高級奴隷だ。
当時皇太子だったリヴィウス皇帝の側仕えとして先帝がリュキアを買った値段は、普通の家庭の年収の数百倍。
小遣いとして与えられる収入は自由民の富裕層に匹敵するし、解放奴隷となって皇帝の上席秘書官や護衛筆頭に正式に任命されれば元老院議員に準ずる格すら認められている。
尤も、解放奴隷と皇族及び上級貴族との結婚は法律で禁止されており、先帝とリヴィウス皇帝の出した緩和法案も元老院で皇帝与党を含む反対多数で相次いで否決。
一応、祖父の代から正規市民権を持つ平民階級ならば上級貴族や皇族との結婚は合法らしいし、下級貴族までなら解放奴隷の妻も許容されているとされているのだから、貴族と言っても俺が想像していたよりは閉鎖的ではないようだ。
それに対して、格闘士や剣闘士は奴隷身分としても下に位置するらしい。
普通の奴隷が主人の認可と保証人、一定の財産証明、そして購入価格か財産証明の1割の高い方に相当する奴隷解放税の提出だけで解放奴隷となって市民権を得られるのに対して、格闘士奴隷は娼婦同様に更に教員免許を取って漸く正規市民権より格下の同盟市民権が得られるのみ。
剣闘士奴隷は更に格下で、皇帝や本国首相に当たる執政官の特別な認可でもない限り市民権を得る事は出来ない。
奴隷を団結させないには、奴隷の中の格差を大きくする事、と言うのはリヴィア皇女の弁だが、この西方帝国の統治システムは非常に巧妙に作られている。
尤も、この知識はリヴィア皇女とリュキアから聞きかじったもので俺がまだ知らない一面もあるのかもしれないが・・・。
闘技場の試合は正午から始まるが、多忙なリヴィウス皇帝が入場するのはファイナルか良くてセミファイナルが普通だそうだ。
西方帝国皇帝は神事を調整する神祇官筆頭の地位も兼務しているので、帝都に居る限りは余程の非常事態か重病でない限りは毎月2日の試合には臨席する義務がある。
「今日の正午の試合は誰だっけ?」
「人食い羆と連続強姦殺人犯のサナルス・ガファスの試合です。2分14秒で人食い羆のKO勝ち。」
さらりと恐ろしい会話を交わすリヴィウス皇帝とアストレアさん。
「月2日皇帝主催の正午の試合は大概、処刑ショーよ。今日みたいな連続強姦殺人とか放火殺人のような普通の死刑相当犯罪よりも重度な罪が確定した犯罪者が出場するわ。」
・・・怖過ぎる・・・
「尤も、貴族の場合は貴族身分剥奪の上での斬首の恩典がありますが。」
・・・やっぱり死刑なのかよ・・・。
「西、皇帝陛下所有のA級闘士、マタパンのアーヴェの入場です!!」
アナウンサーの解説と共に大歓声が上がる。
「うぶっ!?」
入場して来た女闘士の姿に一瞬咽る。
アストレアさんに似た濃い目の金髪のセミショートカットに金褐色の瞳と肌の見事な美少女だ。
リュキアやリヴィア皇女に迫る美貌にも息を呑んだが・・・それ以上に俺が驚いたのはその恰好。
一糸纏わぬ真っ裸。
リュキア達同様に均整の取れた超合筋ボディに張りと大きさを兼ね備えたおっぱい。
太股の間からは髪の毛と同じ濃い金色の陰毛が生い茂っている。
更に驚くことに、アーヴェと言う美少女格闘士は恥じらうどころか、自らの裸体を満場の観客に誇示している。
「どうしたんだ?」
リヴィウス皇帝が心配そうな声をかけてくる。
「いえ・・・なんでも・・・」
元の世界に居た頃はポルノならまだしも、生の女の子の裸とは無縁だった。
上半身裸のリヴィア皇女やリュキア達ですら俺にとっては相当刺激的、まして万単位の観衆の前で堂々と全裸を晒しているこの美少女から受けたカルチャーショックは凄まじかった。
「東、元執政官グルタニクス・マドリシア・ディギア議員所有のA級闘士、ミディアのキーシャの登場です!」
アナウンサーの解説と共に入場する対戦相手。
濃褐色の髪に褐色肌、目鼻立ちは整っているが、筋骨隆々の大柄なお姉さんだ。
此方も一糸纏わぬ素っ裸。
どうやら、此方の世界での格闘士は全裸で試合をするルールらしい。
「ちょっとルールの説明をしてあげるわね。」
リヴィア皇女が俺の慌て振りに気付いて小声でフォローを入れてくれる。
「この国の格闘技は大きくアマチュアとプロフェッショナルに分かれるの。アマチュアは市民階級一般が嗜むスポーツ、プロフェッショナルは祝祭日に帝都の守護神に捧げる神事に各地の格闘技を興業向けに組み込んでいった競技ね。」
声自体は大きくないが、巧みに指向性を持たせてくれているので、歓声の中でも聞き取り易い。
「アマチュア格闘技は戦争の時に敵を取り押さえて捕虜にする技術がベースになっているの。基本ルールは平常時の人間の心臓が300回脈打つ時間に調整された砂時計が落ちる間に、フォール、ギブアップ、KOを取れば勝利。相手を無闇に大怪我させないように禁じ手とかのルールも整備されているわ。市民階級なら男女問わず、大概の人間が学ぶスポーツだしね。」
・・・軍隊用の格闘術を男女共に普通に習うとか・・・やっぱり俺の元の世界と比べると戦争が多い世界なんだな・・・。
「それに対して、プロフェッショナルルールは時間無制限、禁じ手も目突きと指折り、そして魔法と武器攻撃程度。今ではパトロンの人気取りを主目的としたショー化が激しいけれど、元が神事だから、勝者は神に祝福されたって事で貴族や富裕層の代理戦争の一面も有しているわ。」
ま、まぁ・・・内戦や暗殺よりは・・・プロレスで決着を付ける方がまだ穏やかかも・・・(汗)
「貴族の抱えている花形選手が連敗とかなると、面子に傷がつく。まして、神祇官筆頭の皇帝に抱えている選手が無様に負けると権威的なダメージが生じる。かといって、興行としては一般人に理解出来ない程の凄腕を出すのも望ましくない。匙加減が難しいよ。」
リヴィウス皇帝が溜息をつく。
「即位前の皇帝陛下は殆ど地方在住、即位後も戦争や内戦平定で帝都を留守にされる頻度が高く・・・選手どころか業務を補佐する側近の補充も遅れていらっしゃる状況です。」
此れはリュキア。
「さらにその上に与党貴族や側近の暗殺が重なって・・・全く頭が痛いよ。」
「連中、兄上の過労死を狙っていたりして。」
俺もそう思う。
寧ろ、そんな無茶苦茶な業務を振られて笑顔で観客に手を振る元気が有るリヴィウス皇帝の体力と気力に敬服する。
「さ、ファイナル試合が始まるわよ。」
リヴィア皇女の声とほぼ同時に試合開始の鐘が鳴った。
漸く、題名の「古代帝国の闘姫達」の登場です!
元々は神事なので、貴族や富裕層同士の代理戦争と化しています!