リヴィウス・バルキスその7~日常に戻っても~
前話同日のお昼御飯休憩中のリヴィウス皇帝です。
「マルクスとアレウスが意気投合しているようだね。」
今日も昼食休憩の時刻にリヴィアが訪ねてきたので、マルクスとアレウスを話題に振ってみた。
「鬼嫁と鬼姉に威圧されている者同士、共感してしまったようね。」
アレウス王子とその姉パウサニア王女はマタパン左右王のうち父の旧友だった左王の遺児だ。
マタパン王国王家は近東圏最高の名門であると同時に、近東圏最強の陸軍国の王家だ。
マタパン王国の戦士貴族は最強の戦闘民族の名が高く、10倍以上の農奴を支配する独特の政体で知られていた。
実際に戦場に出ても、東方帝国前王朝の10倍の大軍を撃退する等、圧倒的な戦果を記録している。
しかし、近年は西方帝国の勃興や東方帝国の王朝交代とそれに伴う戦術ドクトリンの進化でかつて程の戦力の優位性はなくなってきた。
うちの父上は若い頃に近東圏方面軍に勤めていたが、その時に友人になったのがマタパン左王家の跡取り息子だった。
マタパンの戦士貴族は武勇と国体への忠誠のみを叩き込まれた脳筋揃いだが、王族は祭祀で外国に出張する必要性から、その時代時代の標準的なエリート教育を受けてきた。
当然、国際情勢も知るし、自国の国体護持最優先の体制にも疑問を持つ者も出るのだが、王族の暴走抑止を何重にも張り巡らせた国体により良くて国外亡命、普通は粛清されてしまってきた。
アレウスとパウサニアの父王も旧友であるうちの父上が王朝交代戦争を制して西方帝国皇帝に即位したのを好機として、西方帝国との同盟を基軸とした国政改革に乗り出し…見事に反対派に叩き潰された。
辛うじて旧友の下に逃がした子供達がパウサニアとアレウスの姉弟だ。
マタパン王国自体は僕の即位時に反乱軍に味方したので叩き潰した。
800年に渡って近東圏最強の陸軍の名を欲しい侭にしたマタパン王国は現役の戦士貴族全員に当たる4000人を主体とした7000の軍勢で反皇帝派の軍勢2万7000と合流。
此方は皇室領軍団2個を中心とした2万4000と数的に不利な状況で手加減をする余裕はなかった。
結果は反皇帝派の壊滅で終わった。
確かにマタパン軍は精強だったが、戦術ドクトリンが古過ぎた。
鈍重な重装歩兵のみのマタパン軍は西部皇室領の山岳地で鍛えられた騎兵と猟兵に対処出来ずに背後に回られて並の鎧や盾なら簡単に射抜ける矢の雨を浴びせられ、ヴァナヘイム族の軽騎兵と南部皇室領軍団に追い立てられた反皇帝派が将棋倒しの形で押し込まれては碌な反撃も出来ず壊滅に追い込まれた。
同時にマタパン本国では僕が扇動した農奴階級が大反乱。
流石に最強の戦闘民族と称するだけあって、10倍の数の農奴相手に傷病兵や女子供だけでも果敢に立ち向かい、成人男性ほぼ全員と女子供の6割が死ぬまで戦い続けて自軍被害の3倍の農奴を道連れにしたのだから凄い物だ。
マタパンの国庫に蓄えられていた銀はパウサニア達の返却資産分以外は今回の戦争への従軍者への恩賞となったので、敵対勢力の撃破と当座の恩賞の確保には成功したのだが…。
・・・今となっては少しやり過ぎた感も無くもない。
農奴階級は800年間貧困を強いられ、有望な人材が出ると即座に戦士貴族に虐殺されてきたので、碌な人材も社会インフラも無いのだ。
そしてその状況で農奴階級の反乱の先頭に立っていた働き盛りの男を中心とした3割強が戦死、若しくは再起不能の重傷を負ったとなると…統治するだけ赤字になるド貧乏地域以外の何物にもならなかった。
地理的には中東圏・アマゾン海と西方帝国本国を中継する要地に当たり、重要性は低くはないのだが、人材、労働力、資金全てが欠けた地域の復興となると頭が痛くなる。
更に頭が痛いのはパウサニアだ。
父上から、旧友の遺児であるパウサニア、アレウス姉弟を決して粗略にしないよう遺言で誓約させられている。
そのパウサニアが弟の王位継承とマタパンの復興を強硬に請願してくるのだ。
彼女の立場に立って考えれば、故郷の復興と父王の名誉回復、その父の正統な後継者である弟の王位継承と言うのは当然の要求だ。
しかし、僕としては西方帝国全土の防衛と統治を考えなければならない。
ライバルである東方帝国は主力に痛撃を与えて、此方に有利な不可侵条約を結ばせることに成功した。
中東圏の真珠海諸国は雑魚で脅威になり得ない。
黒魔術師の国であるダキビスタは経済的な問題から西方帝国からの食糧輸入が停まれば滅亡せざるを得ないので、下手に出てきている。
現状で一番の問題は北東の異民族の最有力勢力であるエーシル族の問題だ。
美男美女揃いで有名なこの金髪碧眼の蛮族は前王朝末期から西方帝国北西圏や北方圏に脅威を与え続けている。
北方圏は僕とリヴィアの母方のルキウシア・アクリヌス家が一大勢力を築き、高品質の鋼材を生産する戦略的な重要地。
北西県東部のヴァナヘイム族は帝国の騎兵の主要供給地の一つで、農業と馬の育成で強大な経済力を誇る。
どちらも政権側の重要な与党であると同時に、帝国経済の不可欠な一翼を担っている。
そもそも、歴戦の名将である父上が盟友であるマタパン左王を守れなかった最大の理由は、エーシル族討伐の準備に掛り切りになっていた為だ。
僕の即位に伴う戦争と内乱でヴァナヘイム族と北方圏へのエーシル族の圧力は強まる一方だ。
先にエーシル族を『蛮族』呼ばわりしたが、これは単なる異民族の別称、と言う訳では無い。
彼等は誓約や協定を平気で破り、それを知恵の証と誇るのだ。
個人で見れば、父上への報恩の為に命と引き換えに敵軍の猛攻を食い止めたレアの父のように恩や義理を尊重する人間も時々居るのだが、国や勢力としては違約を重ね過ぎていて話し合いが通じる相手と見做すのは不可能な状況にまで陥っているのだ。
「私の事なら御遠慮なさらず。」
背後のレアが一礼する。
レアは父親がエーシル族、母親が近東人だが、教育は西方帝国貴族のそれを受けているのでエーシル族と言う自覚は皆無に等しい。
その点は安心しているのだが…
「兄上の頭痛の原因は皇妃問題ね。」
僕自身の意思とリヴィア、そして外祖父母、大叔父、母の弟妹、そして亡き父上と言った近親者の総意はレアを皇妃に立てる事で一致している。
『私もアストレアちゃん推し!!リヴィウス、Let‘s Fuck! Fuck!』
亡き母上も賛同してくれるだろう、きっと。
武勇、忠誠心抜群で聡明、容姿端麗で僕本来の身分である下級貴族の奥方としては超有能で通る教養・実務能力もあるのだから、『奥方には優秀で誠実な女性を』と近親者が主張するのは当然だろう。
しかし、国法では奴隷上がりの女は皇族や上級貴族の正妻にはなれないと決まっており、父上と僕が続けざまに出した緩和法案も皇帝与党を含む元老院議員達の大反対で頓挫してしまった。
前王朝の崩壊が奴隷上がりの皇妃も絡んだ閨閥争いに起因するのだから、彼等の反対も一理ある。
例え、レアが誠実で優秀な人物だったとしても、後世の皇帝に奴隷上がりの女が取り入って混乱を引き起こす危険性を僕自身も否定出来ないからだ。
高等教育を受けて主人への忠誠と能力を認められた高級奴隷にも、金銭的に貪欲な人間は少なくない。
血縁による親類縁者のサポートが受けられない立場なのだから、資金力で身を護らなければいけないのも止むを得ない一面もあるので同情の余地はあるのだが。
現時点でレアを除いて皇妃に立候補して有力候補として残っているのは2人。
一人はヴァナヘイム王の孫であるアルヴィト。
僕より2つ上で、若いながらもエーシル族との戦争の最前線に立ってきた歴戦の勇士だ。
ヴァナヘイム王族は前王朝時代前半から騎士階級の市民権を有し、皇妃を輩出した事もあるので家柄は十分。
実家は精強な騎兵を主体とした3万人以上の兵力を供出しており、常に元老院議員複数人を輩出しているので、上級貴族と比べても上位に比肩する勢力を有している。
大柄で剛力の持ち主だが、容貌自体は十分に美人だし、部下の監督能力や上流階級としての礼法等の人品面でも優良と評し得るレベルだ。
与党の貴族や元老院議員の中に彼女を押す人物が多いし、何よりも僕とリヴィアが子供の頃に世話になった妖精族のフィーディリカ師匠が縁談の仲介をしているので断り辛い。
実際、レアの存在が無かったら、文句も無しに縁談を承諾していただろう。
もう一人はマタパン左王の王女パウサニア。
800年以上続く近東圏最高の名門の王女で、若く粗削りな部分も目立つが名門の血統と一族復興に命を賭けるガッツに一目置く人間も多い。
資金力ではアルヴィトはおろかレアにすら劣るが、最強の戦闘民族の中でも優秀な人物が多い左王派の生き残りが絶対の忠誠を誓っている。
確かに美人で血統相応の気高さもあるのだが、僕としてはガッツが有り過ぎて嫌いと言う程ではないが少し苦手意識が有る。
此方は父方の縁者であるバルキス一門に繋がる遠縁の親類達が皇妃に押している。
「大体、立候補する子が軟弱すぎるのよ!!」
「リヴィア殿下…インペリアルガード相手に渡り合える人間がそうゴロゴロしている訳が有りません…」
皇帝の花嫁に立候補した皇妃候補は皇后代行のリヴィアが試験を行うのだが、その中に<インペリアルガードとの試合>が組み込まれている。
インペリアルガードは皇帝直属の護衛で、筆頭であるレアは右近衛権少将と言う元護民官の元老院議員に準ずる格式が与えられている。
中級聖獣や蛮竜を瞬殺するリヴィアとレアは化物枠に置くとしても、最低でも超一流の暗殺者や下級聖獣に対抗出来るだけの武術の腕が要求される。
昨今の帝都の情勢では殺し屋が横行しているから、皇妃たるもの夫である皇帝や護衛の足手纏いになられては困るとリヴィアの意見もそれなりに筋が通っているのだが…。
はっきり言って、レアの言う通り脱落者の山を築いただけだった。
インペリアルガードと言っても標準的なレベルに相手をさせたのだが、アルヴィトが完勝、パウサニアが大流血戦の末に辛勝した他は皇妃候補全員がKOされて医務室送りにされてしまった。
「なぁ…腕っ節を皇妃候補の試験に組み込むのって…なんかズレてないか…?」
殺し屋さん御一同に悩む身ながらもつい口を滑らせてしまう。
まぁ、インペリアルガード中最強の実力者のレアはこの試験を瞬殺で突破したので、本命を皇妃候補に残して置くには抜群の作戦ではあるが。
「弱くて頭の悪い女を義姉として敬うのは嫌よ!」
リヴィアが頭から湯気を立てる。
リヴィアと武技とお頭の両方で真っ向勝負が出来る娘はこの帝都ではレア程度だろう…。
マルクスとかアレウスのレベルでも精鋭部隊の中でも強い方に入るだろうし。
「僕の嫁取りは棚に上げて置いて…マルクスをマタパンの復興に当てるのはどうかな…」
マルクスの立場は大貴族バドリス一門の当主代行であるが、身分は家門当主の嫡出の三男、即ち下級貴族最上層でしかなく、30歳になれば自動的に元老院に議席が持てる訳ではない。
しかし、一門としては当主代行が元老院議員でないと言うのは心地が良くないので、もう直ぐ終わる5年の軍務の終了後即座に元老院議員資格を獲得したいところだ。
元老院議員になるには50家の世襲元老院議員を除くと、財務官、若しくは貴族階級なら神祇官補、騎士階級や平民なら帝都護民官と言う役職に選ばれる必要がある。
財務官は任期2年で帝都に8人、各州都に1人派遣される経理担当の政務官で貴族階級や地方有力者の元老院キャリアのスタート地点とされている。
帝都駐在のうち6人は元老院で推薦された人間を帝都の民会で選挙、2人は皇帝の推薦、16の元老院属州担当は元老院で決定、8つの皇帝属州担当は皇帝の任命で決まる。
ただし、戦乱終結直後の地域を臨時の皇帝属州として財務官を派遣して統治する、経済政策上多忙な地域に予備財務官を増援に送る制度が有るので、常に32人と言う訳では無い。
戦禍でボロボロのマタパンは当分臨時皇帝属州となっているが、派遣する財務官は決まっていない。
「確かにマルクスなら温和だから旧農奴階級に安心感を抱かせる効果は期待出来るし、バドリス一門の一族郎党の力が有れば治安維持と経済復興もやり易いでしょうね。」
マタパンは誰もが認める赤字統治地域で、早急に黒字に立て直さなければならない。
反抗的な戦士貴族階級はほぼ壊滅して生き残りはほぼ女子供ばかり、農奴階級も働き盛りの男に大被害と言う状況では反乱の能力が無い代わりに自力での経済立て直しは不可能だ。
リヴィアの言う通り、温和なマルクスで旧農奴階級を懐柔し、バドリス一門を中心とした植民都市と開拓村を主体として経済復興を行うのは悪くない考えだと思う。
上級貴族や有力下級貴族は例外無く植民都市や開拓村のパトロンになっている。
経済的には植民都市・開拓村の生産能力と貴族の社会的信用が相互扶助関係にあるし、貴族が軍務に就くとなるとパトロンとなっている植民都市や開拓村から兵力を募るので、即座に将校として勤務出来ると言うメリットが有る。
僕の出身のバルキス一門は一族郎党の数がただでさえ不足気味な上に南部皇室領ミディアの統治に駆り出され、母方の一族もエーシル族対策に人手を取られている現状では与党のバドリス一門に要地となり得るマタパンの統治を任せるのが良策だろう。
バドリス一門の若手貴族の人材層はかなり厚いし、一族郎党を動員すれば旅団単位の兵力は容易に纏まるだろうから、温情派の行政責任者とそれを補佐する武力で何とか統治出来るだろう。
「そのマルクスと現地の名門のアレウスの仲が良いとなると僕としては好都合だな。」
僕もリヴィアも土着勢力の懐柔の重要さは生まれた時から両親に叩き込まれている。
非礼を働かず、かといっても侮られずと言うラインが難しいのだが、当人同士が意気投合しているとなると話が格段に簡単になる。
「で、マルクスの奥方(予定)のリュキアとマタパン女王のパウサニアの方は…」
リュキアは結構嫉妬深くて執着心が強い性格だし、パウサニアのプライドの高さとぶつかると厄介だ。
「取り敢えずは<お友達>と言うラインで落ち着いたみたい。両方とも旦那、弟を厳しく鍛えないといけない立場だけれど、本心では可愛くて仕方ない。で、旦那と弟が対等に近いお友達になったのなら、此方も友好関係を保つのが適切…って言う心情が半分。」
「残り半分は…敵に回すと厄介で味方に付けると頼もしいと言う打算ですね。」
リヴィアの言葉にレアが肩を竦める。
リュキアとパウサニアの力量的は大差無い。
標準的なインペリアルガード級、超一流の殺し屋や下級聖獣には対抗出来るが、中級聖獣や蛮竜を秒殺するリヴィアやレア、精霊魔法をフル活用した僕相手だと束になっても敵わないレベルだ。
身分的にはリュキアが帝国本国の下級貴族庶子で皇帝の側近、パウサニアが没落した名門とどちらも強みと弱みがはっきりしている。
無闇に敵対するよりはとりあえずは同盟を結んで、となるのも理解出来る。
「あ、昨日からセメントマッチの手合わせを始めたんですって♪」
リヴィアの言葉に一瞬固まってしまう。
インペリアルガード級がガチでやり合うとなると…
「初回は大流血戦の末にリュキアのKO勝ち。リュキアはマルクスを狙った殺し屋相手の苦戦の名誉挽回、パウサニアはレアに瞬殺された自身の鍛え直しって双方ヤル気満々よ。」
「治療費分、陛下のお小遣いから天引きですね…」
…こうなるんだよな…結局…(嘆息)
統治するだけ赤字の地域の復興、和睦の通じない蛮族の与党勢力圏への侵攻、そして嫁取り…国家元首は大変です!




