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正直な所、引くに引けない現状に面食らっているのは自分だと自負している
今思えば。あの悪魔の囁きに耳を傾けたのが間違いだったのだ
我が社のアイドル的存在だった笠井愛華は有態に言えば『女王様』だった
しかも、彼女が欲しがったのは難攻不落の代名詞【相川雅也】だったのだ
彼は学生時代から交際を続ける彼女が居た
その子は自分自身も良く知っていて
彼女の人と成りは好感度の高いモノだった
簡単に言えば自分は彼女に片思いを長年していたのだ
しかし、彼と彼女の絆は深くナカナカその縁は乱れないし削がれない
隙あらばその関係に付け込めないかと何度もチャンスを伺っていたが
何年経っても難しいの一言だった
そんな中、急に風向きが此方へ来たのだから乗っかるしかないと思ったのが始まりだった
1年ほど前から雅也は彼女にプロポーズをする為にサプライズの準備を始めた
共通の知人にこっそり連絡をとり
持ち前の社交能力をフル動員してプロポーズのフラッシュモブの作成の為に夜な夜な練習を始めたのだ
ロマンチストの雅也はワクワクした顔で彼女の驚いた顔を想像していた
基本的に根は素直で良い奴なのだ
お坊ちゃんな彼にしっかり者の彼女
絶妙なバランスの2人の未来は多くの人に望まれた景色でもあった
そんな日々を送る中、会社の飲み会で普段見ない女の子が座っていた
部署の違うその女の子は今年入ったばかりの新人で
大学でミスキャンパスに選ばれた経験もある
可愛らしい女の子だった
その日、たまたま隣の席になって酒の力もあったせいか2人でハイペースに飲みながら話し込んだのが運の尽き
翌朝、2人してホテルで裸の状態で転がっていたのだから言い逃れが出来なかった
そこから笠井愛華との付き合いがスタートした
愛華は恐ろしい程の向上心と依存心を持ち合わせていた
しかも、あの日はアクシデントだったと言い切り
本音は雅也と仲の良い俺を使って距離を縮めたかっただけだと白状した
悪気など微塵も感じさせず言い切った愛華に怒りは何処かへ飛んでいき
反対に感心すらした始末だった
愛華は言った「雅也は自分の将来にピッタリの人材だ」と
しかし、長年付き合っていた彼女がいる事を知っていたので諦める様に助言したら逆に楽しそうに笑って言い切った「この世に純愛なんて無いのよ」と
その数日後
泥酔した雅也を2人でホテルに運んで事後の様な細工をし
愛華の計画に加担したのだ
あの時の雅也の動揺っぷりは今でも俺の心の中で黒い影を落としている
雅也はその後、どうにか何もなかった証拠を集めようと必死になって動いていた様だが
何せ相手が悪い
そんな簡単に尻尾を出す女ではないし
可哀想だが酒に飲まれた彼の責任だ
流れは愛華の思う様に舵をきった
そして俺は言われた通りに彼女からの電話で嘘を伝えた
想像以上に動揺した彼女の声に胸が痛かったが
泣いている彼女を慰めるのは心地好かった
予想ではその後、俺に色々と相談をしてくれると思っていたのだが現実は全く違った
彼女はその後、長年勤めていたカフェの仕事を辞め
住んでいたアパートを引き払い
音信不通となった
それは雅也だけだと思っていたが
俺も雅也の家族も共通の他の友人も
皆、彼女の行方を知らなかった
彼女には家族が1人しかいなかった
両親は学生時代に既に他界しており
年の離れた兄が現在海外で勤務している
ソコに連絡をとればある程度情報は得られるとは思ったが
いかんせん、連絡先を知らなかったのでどうする事も出来なかった
俺は呆然と事の成り行きを見守っていた
気分を良くした愛華は報酬と言って金を渡してくる程にご機嫌だった
断ったのだが何時の間にか鞄の中に入っていたソレは使う気も起らない
あの日から雅也は表面上は穏やかに遣り過ごしているが
前の様な子供の様な笑顔は一切見せなくなった
あれ程相談と言って飲みに行っていたのに
誰とも飲みに行ってない様だ
一度休憩所で話しかけたがヤンワリとスルーされた
急に大人になった雅也に対しても正直驚きは隠せない
先日、愛華からメールで雅也の家に押しかけて同棲に持ち込んだと連絡があった
しかも妊娠しているらしい……
あの日以降に2人の間にそんな時間があった事に驚いたが
愛華は父親を知っているはずだから雅也の子供なのは間違いないのだろう
愛華は雅也の居場所を探していた
擦れ違いが多くマンションにも帰って来ないんだそうだ
しかし、俺は雅也が何処にいるのか大体予想がついていたので
記憶のある、とあるアパートへと一度足を運んだ
ソコには疲れた顔をした雅也が慣れた手つきでとある1室に入っていき生活している様だった
そう、別れた彼女が前に居た部屋だ
恐らく、自分の一族が経営している不動産だったのだろう
母親が避難所としてあてがったのかもしれない
玄関の植木鉢を見る限り、幾つか家具も残っていたのだろうと胸糞悪い気持ちになる
今すぐ愛華に教えてやろうかと思ってスマホを取り出したら急に影が出来た
恐る恐る顔を上げるとソコには見た事もないくらい穏やかな笑顔の雅也が立っていた
「そろそろ決着つけようか?」
その言葉に、今までの全てを後悔した
そして、この時初めて思い知ったのだ
俺の人生は積んだんだと