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私のマニは此処にある  作者: 山鳥
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営業職の強みは何なのか

笑顔?

トーク?

清潔感?

安心感?

一番大切なのは心を見せない事だ


「このお店ずっと気になってたんです!」


目の前に座る女性は今回のクライアントである新婦様だ

何でも現在妊娠3ヶ月で、先日入籍したばかりらしい

新郎様は間もなく此方へ来る予定だ

本来なら、午前中の内に終わったはずの案件なのに

どういうわけなのか、新婦様ののっぴきならない事情とやらで15時からとなった

新婦自身で電話を掛けて来たのだからよっぽどの事だったのだろう


「あの……有名なデザイナーの『YOROZU』さんは何方に……?」

「生憎、席を外しております」

「そうなんですか……残念」


本当は、隣に座っているが

当の本人の希望もあり、クライアントとの顔合わせの時は基本的に(よろず)は現在営業アシスタント業務をしている

因みに先程新婦様に渡した万の名刺の名前は『余田奏(よだそう)

会社側の用意した名刺を異を唱えることなく使用している弟に

可愛い以外の答えを持ち合わせていない


「ご新婦様は小柄ですので、この様なAラインの美しいドレスは如何ですか?エンパイアラインの物もおススメです」

「う~ん。子供っぽくないですか?」

「美しさが際立つかと……お腹の事もありますし」

「はぁ……そうなんですよね」


新婦様は少し口を尖らせながらカタログを眺めていた

そんな姿も可愛らしいと思うが、【マニ】のドレスを着るのだから

その人の人と成りも其れなりに審査基準として入っているなんて知りもしないのだろう

現に、此処のドレスを着れると思っている様だが

【マニ】のデザイナー兼職人の機嫌1つで答えが変わるのだ

そのくらい、このご時世には珍しい特殊なドレスを扱う店だという事を理解しているのか怪しい


「義母が、此処のドレスを着ると幸せになれるっていうジンクスをお友達から聞いてきたみたいなんですよ」

「まぁ!それは大変ありがたいです。そういえば、ご紹介で此方にいらして頂きましたものね」

「はい!普通なら5年待ちと聞いていたので、急なキャンセルがあってラッキーでした」


ニコニコと笑っていた

本当に無垢な感じで

しかし、こちら側の空気が氷付いている事に全く気が付かないなんて

どれだけ御目出度い人間なのだろう……

隣の席の(よろず)を見ると、かけていた黒縁眼鏡の奥の瞳に光が無かった


(あぁ……早く終わりたいわ)


そう思いながら扉を見ると、もう1人の主役である新郎様が到着した


「すいません。お待たせしました」


何で時間変更したくせに新婦と一緒に来ないのか

何故平然とこの店に来れたのか


顔は特段に良いこの新郎様に唾でもかけてやろうかと一瞬思ったが

取り敢えず様子を見る為に今日一番の笑顔を向ける


「分かりにくかったでしょう?どうぞ、おかけになってください。営業の貴船さをり(きふねさおり)です」

「アシスタントの余田奏(よだそう)です」


2人で新郎様にも名刺を渡す

慣れた手つきで名刺を受け取った新郎様は新婦様の隣に絶妙な距離感で寄り添って座った


「このお店を利用できるなんて一生に一度の事ですので、彼女の願いを叶えてやってください」

「わぁ!嬉しい!雅也(まさや)さんありがとう!!!」

「ははは。おねだり上手の君が何言ってるんだか」


正に新婚

正にラブラブ


正直な所、さっさとおかえり願いたいが隣の合図がまだ無い

茶番は続くようだ

すると、店舗の扉が開き見知った人物が現れた

彼は当たり前の様にこちら側へ来て、新郎新婦に名刺を渡した


「お待ちしておりました相川(あいかわ)様。当店のドレスは如何でしょうか?」


柔らかな笑顔で話すこの男はこのオーダーメイドドレスサロンの社長であり

さをり(さおり)の夫である貴船糸(きふねいと)

元々は4つ年上の従兄なのだが

長年の猛烈アタックと(よろず)への深い理解がさをり(さおり)の心を動かし晴れて夫婦となったのだ

その手腕は素晴らしく

こんな我儘な営業形態の店にも関わらず店の評判は良く

売り上げも確実に伸ばしている

余談だが、この男も驚く程顔が良い

同じ血族なのに(よろず)だけ強面な為、子供の頃は何かと揶揄われたものだ

その度に夫が相手を返り討ちに合わせていた事は今では懐かしい思い出だ


「ご新婦様、結婚式のご予定は何時頃なのですか?」

「はい!それもラッキーな事があって、元々予定していた所にキャンセルがあって、ソコに入る事になったんです。時期は3ヶ月後なんですけど、大丈夫ですか?」

「……今何と?」

「だから、3ヶ月後なんです!間に合いますか?」


【マニ】側の3人はピリッと空気を張り詰める

対する2人はそれに気が付いていないのか和気藹々とカタログを眺めていた


「……一度職人と相談して来ますね。失礼いたします」


そう断ってから、3人でバックヤードへ行く


****************************


「はぁ……物凄いの来たな」


そう言って頭を書いたのは(いと)だった


(いと)……どういった経緯でアレが此処へ来たの?此処のルール知らないみたいだけど?」


そう問いかけると、ホトホト困ったように今回の流れを教えてくれた


そもそも、このドレスサロンの予約は新郎側の母親の独断で行われていたらしい

新郎の実家は不動産業を営む家系らしく

結婚式にはそれなりの人数の人が参加する予定らしい

新郎には長年付き合っていた彼女が居たのだが

何時までも結婚しない2人に発破をかけたくて内緒で式場やらドレスのオーダーやらを予約していたんだそうだ

新郎の母親は長年付き合っていた彼女の事を大層気に入っていたので、ドレス代も払う気でいた

最初のオーダーには『新婦の思いをお金がかかっても良いので形にして欲しい』という

何とも美しい内容だった

因みに、当初の予定では式は1年後と聞いていた


感銘を受けたのはさをり(さおり)(よろず)の母親である聡子(さとこ)だった

そもそも、聡子(さとこ)と新郎の母親は顔見知りで何度かお茶をしたことのある関係だった

そんな相手の美しいエピソードに感激屋の聡子(さとこ)が反応しないなんて事はまず有り得ない話だ

勝手に手続きをし、後は婿である(いと)に丸投げしたのだ


余談だが、貴船家(きふねけ)は大手総合商社の創業一族である

現在も多くの企業がその一族によって運営されている

数ある企業の中で無理やり作った部門がある

それがこのウエディング部門だ

理由は簡単で、貴船家(きふねけ)の末っ子である(よろず)の為である


子供の頃から何かと周りに揶揄われたり攻撃されたりして少々ナイーブに育った彼は

挙句の果てに初めての彼女にこっ酷く振られる始末

すっかり人間不信になった(よろず)の為に

彼が一番輝ける場所を家の力で作ったのだ


勿論、それは一族総出でOKした結果だ


貴船家(きふねけ)の長男である(じょう)は家の跡取りとして、しっかり父親である(こう)の教えを忠実に守っている

その上に重度のブラコンで

誰よりも(よろず)の心の安寧を願っている

長女のかほり(かおり)は、そもそもレストラン部門を担当していて、ウエディング部門と一緒に仕事がしたいが為に夫を押しのけて社長の座に就いた人間だ

因みに夫は現在(じょう)の秘書をしている

そんなかほり(かおり)の懐刀が次女のさをり(さおり)

話が出た時、嬉々として手を挙げたのは言うまでもない

要するに、姉二人も重度のブラコンなのだ


それだけで此処まで我儘が通るはずもない

一族の中で一人だけ特段ナイーブな……もとい奥ゆかしい彼は

一族にはない、その容姿も可愛がられる所以だった

貴船家は代々、内輪での婚姻を繰り返す事が多い一族であった

その為に非常に血が濃い

血が濃い故に何となく雰囲気や能力も似た所が多かったりもする

そんな中、顔つきも違い能力も1つに特化している(よろず)を皆天才だと喜んで受け入れた

その為どんな時にでも助けられるように強力な後ろ盾として常に鎮座している状態なのだ


【マニ】の計画が出た時

(よろず)は内緒でオーダーを受けてドレスを作ろうとしていた

SNSでやり取りし、材料費だけもらって趣味の一環でスタートしようとしていたのだ

が、同じ学校に通っていた(いと)の妹にその計画がバレ、すぐさま一族に報告され

あれよあれよという間に『予約5年待ちのドレスデザイナー』へと変貌していった


勿論、貴船家の財力があっての事もあるが

(よろず)の作るドレスは国内だけでなく海外でも人気が高く

そのドレスを身に纏った写真は新作が出る度にSNSの話題を攫う始末


そんな中、(よろず)のドレスにはあるジンクスが生まれる事になった

それが『そのドレスを着た花嫁は一生幸せに暮らせる』と言うもの

コレは(いと)さをり(さおり)が徹底的にお客の走行調査をしてから最終的に万と話し合った結果ともいえるが

そもそも、(よろず)自身が野生の感でOKを出した客は好ましい客が多かっただけの話だったりもする


画して

顔出しNGの天才ドレス職人への依頼は今日に至るまで

知名度と人気を右肩上がりで上昇させる日々なのだ


話を戻そう


本日のクライアントの相川(あいかわ)様は、今回の新婦とは違う女性とサロンへ来る手はずだった

実際、新郎の母の話のイメージと今回の新婦のイメージは全く違い

そもそも、式場が3ヵ月後なんて話は今聞いたばかりだった

式場が系列の場所なのかも怪しい感じだ


ここがオーダーメイドドレスの店であり

職人が1人で作るのでそう簡単にいかないのは、子供でも分かりそうな話なのに

何故なのか、お客様である2人はそんな事も思いついていない様子


「コレは……(よろず)の意見を聞かなくてもキャンセルね」

さをり(さおり)ちゃん。僕から言おうか?」

(いと)は新郎の母親とウチの聡子(さとこ)さんに連絡して。新郎新婦には私が話すわ」

(よろず)はそれで良い?」


2人の会話を黙って聞いていた(よろず)は静かに頷く

関わりたくない空気を隠す事無く漂わせているので

本音はこの後さをり(さおり)とサロンへ戻るのも嫌なはずだ


3人で苦笑いをしてそれぞれが仕事に戻る事にする

此処からの仕事は少々面倒くさいが大切なドレスを軽く扱われている事に内心怒り心頭だったので身体がウズウズするくらいだ

左側の口を軽く上げてからバックヤードの扉を開ける

その足取りは今日も自信に満ち溢れ美しかった


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