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私のマニは此処にある  作者: 山鳥
1/4

コロナ過にも関わらず、覗いてくださった全ての方々に感謝です

一般庶民の休日とは実にシンプルなものだ


朝起きて

身なりを整え

朝食をとり

簡単に溜まった家事を終え

元気が残っていたら暇つぶしに出かける

何なら、冷蔵庫が空っぽならその場合も出かける

今回は後者の理由で出かける事になった


社会人になって5年目の早嵜千明(はやさきちあき)は今週の土曜日もこんな感じでスタートしたのだった

新しいアパートの一室には妙に物が少ないのは捨てきれない思い出を無理矢理置いてきた傷痕だとも言える


半年前までは、大学時代から7年付き合っていた彼氏と一緒に

当たり前の様に金曜日の夜から月曜日の朝まで一緒に過ごしていた

が、時の流れとは残酷で

気が付けば会う時間が徐々に減り

休日に泊まる回数が減り

相手の家へ行く事をやんわり断られるようになり

一緒に居るのにスマホをお互いが触っている時間が多くなった


いや違う


今までは同じ空間で違う事をしている事はそれ程苦では無かったはずだ

それがいつの間にか違和感に感じ、違和感が虚無感に感じ、最終的には埋める事の出来ない溝となった


いや違う


答えはもっとシンプルだ

相手の心が他の人の所へあったという事

そしてその結果、泣いても喚いても自分の方へ振り向く要素が1㎜も無かったという事

そもそも、相手との話し合いを求めたが『距離を置きたい』の一点張りで許されなかった事

私には詳しい話をせずに、当てつけの様に【結婚しました】と言う葉書が届いたのが3ヶ月前だという事

冷静な判断ではなかったと今では思うが

葉書が届いたその日に共通の友人で彼と同じ会社で働く知り合いに連絡をとった

その人の話曰く、結婚相手は会社の後輩で1年目の新人の可愛らしい女の子

現在妊娠3ヶ月で新しい家族を迎える事もあり、新居を建設中

彼はファミリーカーをローンもせずに現金でポンと買ったらしいという事

結婚相手の女性は私の存在を知らなかったらしい……との事

結婚式はお腹が目立つ前にという事で、取り急ぎ式場を探しているという事


話の内容は大体こんな感じだった

終わりの方は何と会話したかも覚えていない

結局その話を聞いた後、彼からの連絡が恐くて全てを着信拒否にした


此処まで思いを巡らせながらいつの間にか最寄りのスーパーに到着していた

至って庶民的なスーパーなのだが、ファミリー層の多い地域だという事もあり

100円ショップやパン家、美容院や喫茶店等

10店舗程の店が近くに併設している


ふと目の前を若い夫婦が通り過ぎた

知らないその人達を見て

何とも言えないモヤモヤが湧き出る

他人に当たるなんて以ての外なのだが遣り切れない


ちょっとクールダウンをしようと思い、スーパーでの買い物を後回しにして近くを散歩する事に


子供の頃から、知らない場所を歩くとワクワクするタイプのなので気分転換に丁度良いと考えたのだ

それに、今は迷子になってもスマホを使えば何とか帰る事も出来るので

安心して迷子になれるという事も強みである


家とは反対方向の地区をブラブラ歩いていると

木造のお洒落な建物が住宅街の一角に立っていた

よく見るとソレは赤い三角屋根をしていて、煙突がある

しかも壁面には蔦が絡まっており、郵便ポストは一本足で立っていた


「……何だかあそこの建物だけ絵本の世界みたい」


吸い寄せられる……と言ったら大袈裟なのかもしれないがフラフラと建物に近づく

どんなお店なのか分からず看板を探してみるが見当たらない


「そもそも営業しているのかな?」


チラリと窓から中を伺って見る

人影を発見したので更に何の店か知りたくて窓に近寄ってみる


「……う~ん。喫茶店?雑貨屋?物がゴチャゴチャ置いてある気がするし……何屋さん?」


唸りながら建物の周りを観察していると、頭上から声が降ってきた


「アナタはお客さん?それともひやかし?」


反射的に上を見ると、ソコにはニコニコ笑た美しい女性が居た


「……あの……何のお店なのかって思って……すいません」


後半は小声になってしまったが、自分が店の前でウロウロしていたのを見られていた事が恥ずかしくて居た堪れなかった


「ひやかし……と言うには興味津々だったわけだし……う~ん。ちょうど今暇だから、店の中でも見学してみる?」


思わぬお誘いにまたしても反射的に頷いてしまった


「あはははは!アナタ、何か可愛いね。待ってて。今開けるね」


そう言われて待つ事数分後、ステンドグラスが嵌め込まれたドアを開けてくれた美人は

見上げるよりも近くで見た方が更に美しさが増したように感じた


「ようこそ。オーダーメイドドレスサロン【マニ】へ」


高鳴る胸を押さえながら一歩踏み出してみた


***********************


店内は思った以上にアンティーク感のある内装だった


猫足のフカフカのソファーとテーブル

色んな形の照明

木製のチェスト

趣きのある絨毯


その中でも一番目を引いたのが大きな姿見だった


「コレ気に入った?」

「はい。何だか吸い込まれそうな鏡ですね」

「うふふ。嬉しい。私のお気に入りなの」


そう言いながら美人は名刺をくれた


「改めまして、当オーダーメイドドレスサロンの営業をしております。貴船さをり(きふねさおり)です」

「あっ、頂戴いたします。私は早嵜千明(はやさきちあき)です。名刺を持ち合わせていなくてすいません」

「いえいえ。で、折角なのでこれも縁ですので私とちょっとお茶でもしません?それともお忙しいかしら?」

「えっと……じゃぁお言葉に甘えて」


普段の千明(ちあき)では有り得ない行動だったが、何だかこの時は純粋に帰りたくなかった

それは、過去を繰り返し思い返してしまう事が辛い現実と

何でも良いから誰かと会話したかったからかもしれない


「そうね。なら今が10時前なので、のんびりお話できそうね。私の事は『さをり(さおり)さん』でも『さおちぃ』でも良いから、気軽に呼んで頂戴」

「……なら、『さをり(さおり)さん』で」

「なら、貴女は『ちあちゃん』ね?」


独特の距離の詰め方に面食らっていたが、ハッとする


「すいません!よくよく考えたら、オープン前の時間だったんですよね?考えなしにお邪魔してすいません!」

「あらあら可愛らしい。良いのよ!私が招き入れたんだから!それに、この店はちょっと特殊な店なのよ。だから貴女は気にせず、私の話し相手になって頂戴」

「はぁ……」


よく分からないが、此処に居て良いらしいので居座る事にする

さをり(さおり)さんが飲み物を取ってきてくれている間に店内を眺めてみる

さっきから店内に漂う香りにホッコリしながら、少し深くソファーに腰かけてみる

何だかとっても居心地が良い

目を閉じながら大きく深呼吸をしていると

またもや頭上から声がした


「……あの、ココアと紅茶とコーヒーとほうじ茶なら、どれが良いですか?」


声に反応してパッと目をあけると

ソコには強面の厳つい男性が覗き込むようにしながら此方に話しかけていた


「…………!!!」

「あれ?聞こえませんでした?飲み物のオーダーを聞きに……。僕のおススメはほうじ茶ですけど、お客さんは紅茶とかの方が好きそうですかね?ミルクもいりますか?」

「…………ほうじ茶でお願いします」

「おっ!気が合いますね!!!ちょっと待っててくださいね?」


見た目とは裏腹に、物腰の柔らかい話し方をする男性だった

先程のさをり(さおり)さんが美女なら(いや、正真正銘の美女なのだが……)

この男性は文字通り野獣という感じだった


チラリと去っていった方を見ていると

背も高く、ガッシリした体型をしていた

髪も黒色で短く、眼光の鋭い野獣ながらも清潔感のある男性だった


「ごめんごめん!おまたせぇ!!!」


そう言いながら、さをり(さおり)さんがいろんな物を乗せたワゴンを押しながら此方へ来る

チラリと彼女の後ろを見ると、先程の男性が付いてきていた


「さっきはビックリしたよね?ごめん。此奴、弟でドレス職人の貴船万(きふねよろず)っていうの。折角だから一緒にお茶しようと思って勝手に連れてきっちゃった」


ごめんねぇ?と言いながら、さをり(さおり)さんはサッサと(よろず)さんを私の隣に座らせ、自分は向かいの席に座った

こういうタイプの人には従うが吉だ


「あの……貴船万(きふねよろず)です。先程は気が利かなく申し訳ありませんでした」

「いえいえ!こちらこそ、オープン前にも関わらず押しかけてすいません。早嵜千明(はやさきちあき)です。初めまして」

「…………初めまして」


何やら複雑そうな顔をしながら(よろず)さんは自己紹介をしてくれた。それを見守り終わったさをり(さおり)さんは

さっさと雑談をスタートさせた


最初は簡単に何故この店を見つけたのか?と言う質問から始まり

何処に住んでいるのかや、働いている職種や場所、年齢

出身の大学や出身地、趣味や食べ物の好み等

あっと言う間に聞き出されてしまった


こういう事がスマートに出来るさをり(さおり)さんを見ながら

流石営業さんだと舌を巻く

そして、隣に座る(よろず)さんは強面な顔はそのままなのだが、雰囲気的にニコニコしながら話聞いているのが感じられて安心した

途中1度だけ電話をかけに席を立ったがその以外はずっと聞き役に徹していた彼に最初の恐い印象以外の好感度が上がった事は言うまでもない

そんな2人の御持て成しにすっかり暗い気分が飛んでいっていたのだろう

自然と笑顔が零れている事を自分自身感じた


「ねぇ、ちあちゃん。このままお昼ご飯食べない?」


時計を見ると間もなく12時になろうとしていた

長居していた事に驚いたが、お店の方は大丈夫なのだろうか……


「あの……お客さんは?」

「あぁ!本当はね。今朝の10時にご予約があったのだけれど、急に時間変更があって15時からになったのよ。何でも新婦様に急用ができたらしくってねぇ。個人経営相手だからって困ったモノよね」


静かに怒りを発しているさをり(さおり)さんを(よろず)さんは遠い目をしながらスルーしていた


「時間近くになったら、ウチの見習いがお客さんを連れてくるから、どっちにしろ私達は待機なのよ。そんな時にちあちゃんに出会えたわけだから、まぁラッキーだったけどね」


朗らかに笑いながらさをり(さおり)さんは「どうする?」と答えを促してくる


「なら……お言葉に甘えて」


そう答えると、隣に居た(よろず)さんがホッと溜息を吐いた

どうしたのかと視線を向けると、少し困った顔をしながら理由を話し出す


「実は、勝手に3人分の御昼のデリバリーを頼んでいたんだ。知り合いの店のサンドイッチセット何だけど、嫌いな物とかはさっき会話を聞いてある程度把握していたから、3種類の内で食べやすい物を選んでくれると有難いな」

「……凄い気づかいですね」

「……気持ち悪い?」

「いえ。こんなに気を使っていただいた事が無いので、何だかくすぐったいです」


素直に嬉しさを伝えると、(よろず)さんも強面な顔が少し緩んだように見えた

いや、きっとそうだったんだろう

さをり(さおり)さんの目がランランとしていたから間違いないと思う


結局3人でその後御昼を食べて更に雑談をして時間近くまで過ごす事にした


さをり(さおり)さんは聞き出し上手を更に発揮し

ドンドン話を引き出された気がする

(よろず)さんは(よろず)さんで聞き上手なので、合いの手の入れ方が絶妙だった気がする

楽しすぎて時間を忘れていたのが良くなかったのだ

さをりさんのスマホがけたたましく音をたてた事に驚き

慌てて片づけをする羽目になってしまった


3人でバタバタと片づけをしていると

店のドアは大きく開いた、ギリギリセーフと思いながら

奥にあったキッチンスペースでホッとしていたら、一緒に居た(よろず)さんは少し緊張した顔をしていた

不思議に思いながら(よろず)さんを見ていると、手を引いて奥の作業部屋へ連れて行ってくれた


「……帰すタイミングがズレて申し訳ない。此処は僕の作業部屋だから好きに過ごして。お客さんが帰ったら僕が家まで車で送るよ。トイレは奥にあるし、冷蔵庫の飲み物も飲んでいいから」

「えっ……そこまで迷惑をかけるわけには……」

「実は、出入り口は1つしかないんだ。申し訳ないけど、接客が終わるまで此処に居て貰っても良い?」

「コッソリ帰るのも難しいですか?」

「何か用事があるの?」

「いえ……無いですけど……」

「なら、此処でゆっくりしてて。何かあったら、コレ、僕のスマホの番号。コレに連絡して」


そう言い残して仕事道具を抱えて(よろず)さんは部屋を出ていった

何だか焦っていた様にも見えたが気のせいな気もする

取り敢えず、もう少し2人とも話がしたかったし、久しぶりに人と沢山話をして疲れたのもあり急激に眠気が襲ってきた


2人掛けのソファーの上でコクリコクリとしていたら何時の間にか転寝をしてしまったのだった


ちょこちょこ更新します

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