漢字ドリルと計算ドリル(前編)
すると、アシスタントの子がいきなり、硯で墨をすり始めた。
は? 私には、わけがわからない。
「漢字ドリル用です」
そう言ってディレクターが、小筆を渡してくる。
さすがに、漢字ドリルと計算ドリルを普通にやるだけでは、テレビ的に映像が寂しいらしく、
「漢字ドリルには、筆と墨を使ってください」
ひょっとして、さっきの松なんとかとか、油なんとかって・・・・・・。
「筆の名前?」
「惜しい。墨の名前です。『松煙墨』と『油煙墨』ですよ」
お弁当のお店じゃないのかよ!
なお、計算ドリルの方にも特別ルールがあって、
「最後にこちらで採点します。一問でも間違えていたら、計算ドリルを最初からやり直してもらうので、注意してください」
そのあと、「大人ですから、簡単ですよね」と続く。
面倒なルールに、私はうめいた。いくら小学一年生レベルでも、問題の量が多ければ、ケアレスミスの危険性がある。もしも、一〇〇〇〇問くらいあったら・・・・・・。
不安を感じた私は、計算ドリルのページ数を大急ぎで確認してみる。
一ページに一〇問ずつで、それが一〇ページ。合計一〇〇問だ。
なーんだ。これなら大丈夫だろう。たった一〇〇問で、すべて小学一年生レベルだ。
この宿題は楽勝だな。
ということは、わざと間違えることも可能なわけで・・・・・・。
今回の挑戦は、バラエティ番組の企画だ。おそらくディレクターは、余裕のゴールなんか求めていない。ぎりぎりの展開にしたいはず。
それなら、時間調整のしやすい宿題は、最後にとっておいた方がいいような。これなんかは、わざと間違えまくれば、いくらでも調整が可能だ。
でも、残りの宿題は、『自由研究(工作)』、『夏休みの絵日記』、『読書感想文』の三つ。
この三つのどれを最後にしても、早く完成しそうな時には、時間調整できると思う。
だったら、『漢字ドリルと計算ドリル』を後回しにすることもないか。すでに墨もすっていることだし。
「この宿題が終わったら、お昼ごはんです」
ディレクターの言葉に、私はやる気が出てきた。