アサガオのタネ
テレビ局のスタジオで、番組ディレクターが私の手に乗せてきたのは、黒いタネだった。
「アサガオのタネです」
それを聞くなり、私は自分の目と耳を疑った。この時点で嫌な予感しかしない。
直後にディレクターが声を張り上げる。
「大人が挑戦! 小学生の夏休みの宿題、たった一日で終わらせることができるのか!」
うん。そういう企画だと、私も聞いていた。
宿題に忙殺される子どもたちの姿は、夏休み最終日の風物詩として定着している。子ども時代にあれを体験した人は、少なくないはずだ。
それに大人が挑戦してみよう、という企画である。
バラエティ番組なので、おかしな要素を何か混ぜ込んでくるとは思っていた。
しかし、冒頭からいきなり、アサガオのタネだ。
(夏休みの宿題で、アサガオと言えば・・・・・・)
私の頭には不安しかない。
とはいえ、さすがにまさか、そんなことはないはず。だって、アサガオの花じゃなくて、「タネ」だよ。
しかも、今日は「夏休みの最終日」という設定。今回の企画に挑戦できるのは、たった一日しかないのだ。
このディレクターに一般常識があることを、本気で期待してみる。
だが、現実は非情だ。
「そのタネは、『アサガオの観察日記』用です」
私の願いは、打ち上げ花火のように爆散した。
夏休みの最終日に手渡されたのは、アサガオの「タネ」。
無茶苦茶だ。ここからどうやって、たった一日で『アサガオの観察日記』を完成させろというのか。
動揺を隠しきれない私に対して、
「大人が挑戦! 小学生の夏休みの宿題、たった一日で終わらせることができるのか!」
ディレクターが明るい声で繰り返してくる。
そのあとに、今回のルールを説明してきた。