出会い
緑豊かな平和の中にある小さな森の小さな研究所。そこに博士はいて、そこが私の世界。
「自分は誰で、何になりたいのか。どうしてこの世に生まれ、どうして生きているのか。君にはよく考えて欲しいと思っている。」
これは、博士の口癖であった。その頃の私はその言葉の意味がわからず、首を傾げるばかりだった。そんな私を見て、博士は言葉を続けた。
「自分への疑問は、自分でしか見つけられないのだよ。そして、その疑問の答えを見つけられるのも、自分だけだ。」
そう言って微笑む博士。
何年も、何十年も続いた日常の光景。
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ーーーねえ、起きて。
声が聞こえる。幼いが、凛とした声だ。
ーーーねえ、ねえ。
一体誰の声だろうか。博士は青年だったから、この声は博士のもので無いはずだが。
「ねえ!」
一際大きな声と共に、耳元でパァンという音がしたため私は飛び起きる。
「起動確認。正体不明の破裂音のため、警戒態勢に入ります。」
「え?ちょっと、うわぁ!」
私は体を起こして警戒態勢に入り、周囲の確認をする。すると、目の前には目を大きく見開きながら尻もちを着いている少年がいた。
先程までの声は、この少年のものだろうか。では、あの破裂音は?
「手を叩いたの、僕が!破裂音、それ僕のだよ。君が起きないから、やったの。だから、落ち着いてよ。」
少年がたどたどしく説明する。なるほど、あの破裂音は少年のものだったのか。
そして、どうやら私はこの少年を怖がらせてしまったらしい。
これは、謝るべき場合だったはずだ。
「警戒態勢解除。失礼しました、そこのお方。」
「うん、びっくりした。」
そう言って、少年は力なく笑った。
少年は黒い髪に黒い目で、10歳前後の見た目だ。剽悍な双眸は声と同じように凛とした印象をつけるのだろうが、細い手足がそれを邪魔する。服装は少し汚れたTシャツと半ズボン。
あいにく、私にはこの少年とあった記憶が無い。この少年は一体何者なのだろうか。
「失礼、あなたは誰でしょうか。」
「ね、僕は、誰なんだろう?」
「・・・・・・」
予想外の返事だ。どんな反応が正解か分からない。
「あのね、僕、気がついたらこの建物の前にいたんだ。外はちょっと危なそうだったから入ってみたら、君が寝っ転がってた。それ以外は何も、何も知らない。ああ、言葉は分かるよ。」
「そうだったのですか。」
そういうこともあるのか。そんなことを教えられた記憶はないが。
「うん。おかしいよね、名前も分からないんだ。
それでさ、君は誰で、ここはどこ?」
そう言われて再度周囲を確認する。間違いなくここは博士の研究所だが、何やらおかしいことに気がつく。
部屋が異常に汚いのだ。博士の部屋はこんなに物が散乱していなかったはずだ。それに、埃も積もっていなかった。
確かに、ここは綺麗に整頓された部屋だったのに。何故だろうか。
おかしい。おかしい。おかしい。
「どうしたの?もしかして、君も何も知らないのかな。
だったら僕と同じだね!」
少年が心配している。何か答えなくては。私は何も記憶していない訳では無いはず。記憶していることを、確実に伝えよう。
「ここは、博士の研究所です。そして、私は博士に作られた男性型AIロボットです。」
これだけしか記憶していなかった。この私が忘れてしまったのか、もとから教えられていなかったのか。分からないことが多くてオーバーヒートしそうだ。
「わあ!僕、ロボット始めてみたよ。でも、あんまり僕と変わらないね。」
少年はニコニコしている。私はこの笑顔のおかげで徐々にクールダウンしてきた。この少年は不思議だ。私と同じように記憶が無いはずなのに私よりも落ち着いている。
マジマジと少年を見ていると、少年はキョトンとしたが、すぐに、ああ!と言って満面の笑みをうかべた。
「きっと、名前が欲しいんだね!わかるよ、僕も名前が無いのは寂しかったんだよ。だからさ僕が君に名前をあげるから、君は僕に名前をちょうだい?」
「名前、ですか。」
少年は私を慰めようとしているのだろう。この場合は、全て受け入れるべきだったはず。
「そうそう。んーじゃあ、君の名前は"キウ"だよ!」
少年は腰に手を当ててビシィと私を指さしている。とても嬉しそうだ。
キウといういい名前を貰ったので、次は私があげる番だ。
「キウですね。ありがとうございます。
では、あなたの名前は"マル"です。」
と言うと、少年ーマルは勢いよく私に抱きついてきた。
「ありがとう!僕は今日からマルだ!嬉しいよ、キウ。」
こういう場合、私はどうするべきなのだろうか。私はこのことも忘れてしまったのか、教えられていなかったのか。