その3
よる、
やっぱりおおかぜが、ぼくたちの、せかいへ、やってきたんだ。
かぜが、おこったように、だいちのうえを、すべってゆくんだ。
ぼくは、あしもとの、イシコロくんに、おおごえで、さけんだんだ。
「ねえ、だいじょうぶ!」
「うん!、ぼくは、なんとかね。もちこたえて、いるんだ。でも、キラリが・・・」
キラリはふたつのかおをもった、エノコログサだ。
その、キラリちゃんが、いま、とても、あらしのなかで、もがいているんだ。
ぼくが
「キラリちゃんだいじょうぶ!!」
って、さけんでも、キラリちゃんの、かぼそいこえは、ものすごいあらしのなかで
すぐに、もみくちゃに、されてしまうんだ。
「キラリちゃん!、ぼくにしっかりつかまって。ぼくのあしもとにしっかりつかまれば
きっとだいじょうぶだよ。」
でもキラリちゃんに、そんなこえをきく、よゆうはないんだ。
キラリちゃんは、かぼそいからだを、イシコロくんにしっかりくっついて
じっとあらしの、はげしい、おおかぜを、たえしのんでいるんだ。
イシコロくんとキラリちゃんが、ちいさなからだを、しっかりと、だきあわせて
この、おおかぜが、すぎるのを、まっているんだ。
ぼくもなんだか、つめたいコンクリートのココロが、すこしだけ、あたためられて、
うん、ぼくも、がんばろう、この、おおかぜが、かんぜんに、とおりすぎるまでは、
しっかりと、ささえておこうと、けっしんしたら、
25メートルさきの、おなじ、でんちゅうの、トラジローが、でんせんをゆさぶりながら
さけんだんだ。
「グリコ!!、おれはもう、だめかもしれないんだ。」
ぼくは、おおごえを、はりあげたんだ!!
「なにをいってるんだい!!、もうすこしの、しんぼう、じゃないか。」
トラジローがあんなによわきになっているなんて、ぼくは、みとめたくなかったし
それに、ますます、あらしは、つよく、なるばかりだから、ぼくはぼくのココロにはげまし
たんだ。
「しっかりやろうじゃないか!ぼくたちががんばんなきゃ、だれががんばるんだよ。
もうすこしのしんぼう、なんだよ。おおかぜが、もうすぐ、きっと、すぎさるさ!!」
・・・オスだオスだと完全に思いこんでいたのが、実際はメスだとわかったのは、朝、巣箱の被いをとって中をのぞいたとき、
壷巣の奥に小さい卵がひとつあるのに仰天したからなんだ。
「誰だよ、オスなんて言い張ったのは?」
あの・・・それはお兄さんあなたなんですけどって、ノドモトまででかかったのをこらえて、僕たち家族全員が巣壷の椿事に
しばし心を奪われてしまっていたんだ。
姉が「ねえ、相手もいないのに卵産むなんて不思議ねえ。それにしても、この卵、小さくてとてもかわいい!!」
「ばーか、これはね無精卵だよ。別にオスがいなくても卵なんて産むにちがいないんだぜ」
兄が姉に小ばかにしたような口ぶりで言うので、寝起きの姉は少しカチンと頭にきたのだろう、すかさず
「あーら、これは絶対にオスだなんて言い張ったのはどこのどなたでしたっけえ?」
さすがにこれには兄も反論できなかったんだろう、無言だ。
僕も少し姉の反論で胸がスカッとしたのだが、今度の産卵の原因は間違いなく僕にあるのにちがいないから、僕は今後のこと
が心配だった。
どっちにしろ、無精卵だから少し残酷な言い方だけれども、産んでもどうしようもない卵なんだ。決して孵らない卵をナオヒ
コはあたため続けなければならないんだ。
それにしてもメスとわかってしまった以上、「ナオヒコ」の名前は改めなければならないだろう。
巣壷の卵そっちのけで、餌箱の穀物をポチポチ啄ばんでいる「ナオヒコ」を見つめながら考えていた。
それにしても、よりによってこんな台風の晩に、はじめての卵を産むなんて、なんだかちょっとスゴイような気がした。
父がネットでブンチョウの生態を詳しく書いているサイトを調べていた。
「やっぱり浩が手の中で愛撫する行為が産卵を誘発したみたいだね」
「刺激したってこと?」
「いわゆる想像妊娠っていうやつさ」
やっぱり責任は僕にあるみたいだ。父は学校から帰ったらこのサイトをよく読んだがいいと、お気に入りに追加した。
外は昨晩の猛烈な嵐などまるで信じられないくらいの朝陽が、白のレースのカーテン越しに延びている。