始まりの町ファスト
恥も外聞もないと言う言葉は悪い意味でつかわれるものだ。だけれどもここでは嫌味なく使うことが出来る、なぜなら恥も外聞も存在しないからだ。
なぜ裸で泉に倒れてたのか疑問だった。
辺りに服が置いてなかったので、風に吹かれたとか動物たちに取られたとか、そんな理由を付けて常識の範囲内で考えていた。
正解はそもそも服なんて存在しなかった訳だが。
「ええええええええ裸のおっさんが歩いてるううう」
露出趣味の方ですかね。そんな人が許容されるなんていい町だなー。
「んふんふ、流石ね。ナイスリアクション」グッ
メイラ楽しそう。
「なぁ、真面目に答えてくれよ。本当か」
「マジのマジ、マジマジよ」
舐め腐った返事をしてきやがる。ぶち飛ばしてぇ。
「本当に真面目に答えてくれ」
「言ったでしょ、世界は鏡合わせになってるの男は女に、堕落の誘いを断ったか受け入れたか。誘いを拒否したなら裸を恥だと思わない、神からも豊作の恩恵を受けられる。基本はこんなところ、一から十まで説明するのはめんどくさいから後は自分で理解しなさい」
こいつ投げやがった。
もういちいち考えても仕方ない、見たものは信じるスタイルで考えることにしよう。
「じゃあ、行こうかな」
「へ? ええそうね、それでいいなら行きましょうか」
メイラは不思議そうな顔をしていた、何故だろう。
■
人通りの多い道、人が集まれば需要が生まれ商売が始まる。
商売があるから人が集まるのかもしれないが兎に角、商店街は繁盛していた。
メイラの『女神フラッシュ』とかいう舐めた技を受けてから地上波に映せないような場所は太陽のように光り輝いていた。
特に商店街は活気に溢れていて眩しかった。比喩表現ではなく言葉そのままに眩しかった。
股関節の辺りと大胸筋の辺りが性別関係なく謎の光を放つ。
「健全すぎて不健全だな」
「地上波にも載せられる健全さよ」
「健全を目指すなら設定から考え直したらどうだ?ゴリ押し感があって無理があるぞ」
「何言ってんの。そういう世界だから仕方ないって言ったでしょ」
そんなことを話していたからか、人が多かったのもあってぶつかることも多かった。
痴漢で訴えられたりしないだろうか、そもそも痴漢という犯罪が存在するのだろうか。不安でしかたない。
「近頃物騒なモンスターで悩まされていませんか?そうだという方もそうでないという方も備えあれば患いなし武器と防具はあって当然、なければとんだ変態だ、持ってないという方は是非ともこの機会にお買い求めください」
俺からしたらあんたも裸の変態だが装備品を売っている店か……この先何かしらの危険があるかも知れない、借り物であるテラスの体を傷つけないためにも持っておくべきだろう。
それに防具といえば鎧だ。
服がなくとも鎧ならば隠せる。いい加減に裸でいるのは嫌だ、ここらで紳士的になろうではないか。
「お兄さん、私に武器と防具を見せていただけるかな」
弱さを見せないように女性らしさを取り払ったテラスの喋り方で話しかけた。
■
お兄さんは店に案内するとさっさと外に出て行ってしまった。
店の壁にはむしろ武器自体が壁ではないかと思うぐらいところ狭しと武器が飾られていた。
店内は武器だらけで鎧らしきものは見当たらなかった。
鎧はスペースを取るから店の奥にでもしまってあるのだろう。
誰か聞ける人でもいればいいのだが、店内には腕を組み鎮座する、店主と思わしき女性しか確認できなかった。
非常に話しづらい雰囲気だ。メイラなら兎も角、全裸女性に話しかけるのはどうにも気が引ける。
「テメェ、さっきから商品を見るわけでもなくこっちをチラチラ伺いやがって万引きかぁ」
武器に興味がないことを見破られていたようだ。
ともあれ話をするきっかけは出来た。
「武器ではなく防具を探していてね。場所を聞こうか迷っていたところだ。ここには武器かちょっとした小物しかないだろう」
「ん? 防具ならあるが……まあいいか、何が欲しい? 適当なのを見繕ってやんよ」
「鎧だな甲冑でもいい。なるべく大きいもので材質は何でもいい革でも鉄でも何でもだ」
店主は変なことを言うやつだなと言って店の奥に向かった。
程なくして店主は鎧と甲冑を持ってきた。
確かに注文通りに持ってきたが余りにも想像していたものとかけ離れていた。
「何故に頭だけしかないんですかね」
「そりゃあ、そういうもんだからな」
さいですか。
兜とヘルム。頭に装備するものが二つ並べられた机を見て理解した。
着るという概念がないのだ。頭だけで完全装備、フルフェイスだった。
頭隠して尻隠さず、ならぬ頭隠して他隠さず。
「しっかしお前さんも変わってんな、こんなもの邪魔で仕方ないぞ、重たいし頭しか守れやしねぇ素直にアクセサリーで守護効果をつけた方がいいぞ」
「守護効果ってなんだ?」
「なんだぁ、そんなことも知らないとか箱入り娘かい。お前さんも付けてんじゃねか、それだよその髪飾り……って! ちょっと見せてみな!」
髪飾りといっても派手なものじゃあない、ちょっとしたワンポイント程度のヘアピン。
店主はひょいと外して宝石でも鑑定するかのように凝視していた。
「気に入っているところ悪いがそれは他人の物だから渡せないぞ」
「たりめぇだ! こんなの怖くて受け取れやしねぇ、これ一つで町……いや国一つ買える代物だ」
国一つ買えるだと!頭になんてもん付けてんだ。
「そこまでの値が付きそうな装飾はないが守護効果とやらがすごいのか!」
「嘘だろ実感しなかったのか ?これだけで大抵の攻撃では傷一つ付きやしないし異常状態とはおさらばさ、腹も減らなければ魔力もなくならん」
チート性能じゃねえか。
こんなアイテムが存在するゲームがあれば確実にくそげーになるだろう。弱体化不可能だ。
「剣とか武器は持ってねぇのか!すげぇもん持ってんだ、どうせ祝福でも受けてんだろう。ここらだったらメイラ様か」
「武器は持ってないな、ほら見た通り丸腰だろ」
服すら着てない真っ裸であることをくるりと回り証明する。
「あぁん分かってねー奴だな。なんか感じないか?ほらこう限りなく透明なもんでも近くにないか」
手をこねくり回して何とか説明しようとしているが感覚に頼るとこが大きいらしくイマイチ説明できてなかった。
探してみるか、透明な武器。
武器だらけの空間で武器を探すというのはおかしな感覚であったが目を閉じて意識を集中させる。
武器とはどれなのだろう、ベタなのは剣だがもしかしたら斧や槍かも知れない。案外ナックルとかマイナーな武器かも。
考えながらも同時に確信のようなものがあった。
透明な何かがある、柄を握り引き抜く。
俺なら剣を選ぶだろうと知っていた。
名前も十年前から知っていたように知識の中にある。
『狭間の剣バウン・ダリ』繊細な刀身は今にも崩れてしまいそうに揺らいでいる。この世の狭間にあるかのような不確かな剣。
「バウン・ダリ、境界線か」
「見つけたよーだなぁ、そのもやもやは剣か」
陽炎のような、冷気のような、揺らぎを持つ刀身。
自分の記憶にはないはずなのに知っている。縄で引っ張られたボートに乗っているようで宙に浮くような感覚だ。
「おめぇ、すげえもん持ってんだ、何もいらねぇだろ」
「……そうだな!」
「ひ や か し かぁ! まあいいもん見せてもらったよ。満足したら帰れよな」
「ありがとう、叩き切られるかと思ったよ。最後に名前だけ聞いてもいいか?」
「さすらいの武器商人ツユ! お前さんに売るような上等の商品はこの店にはないが、武器を必要としてるやつが居たら紹介しといてくれよな」
「私は――」こういう時に罪悪感を覚えてしまう「――テラスだ」
お互いによろしくと言い合って俺は店を出た。
■
騒がしい道を通り過ぎ、路地を曲がり、真っ直ぐ進む、商店街ほどの活気はないがまばらに人が見える。
そしてギルドへと辿り着いた。
この中には妹のステラがいる。俺はなんて顔をして会えばいいのだろう。
初めは笑顔だろうか、白々しく会いたかったなどをいって感動の演出でもしようか。
まともな良心があるならそのようなことはできないだろう。
テラスはどんな行動をするのだろうか。
「なにを迷ってんのよ。良心が痛むのは分かるけれど、たとえそれが偶然の産物であなたに非がなかったとしてもあなたは責任を取らなければならない」
メイラは言った。
要望には応えなければならない、それこそがそれだけが俺が俺である理由。
「完璧にテラスを演じて見せるよ」
「いいの?」
「ああ」とだけ返事を返す。
メイラは何かを言いたそうに小さく声を出して、結果的には話しかけるのをやめた。
話があるなら遠慮なくいえばいいのに、ズバズバ言いたい放題言ってきたメイラにしては意外な行動だった。
テラスに関して大切なことでもあるのだろうか。
「話しておきたいことでもあるのか?」
メイラは顔を逸らしいい難そうに口を開いた。
「ずっと思ってたのカザムキは何故……そんなにも呑み込みが早いの? 嫌じゃあないの? 私が言うのはおかしいかも知れないけれど、逃げてもいいの。知るかと突っぱねても仕方ないことを強制しているつもりなの、他人の振りをさせるのは申し訳ないのに……嫌な顔をしても次の瞬間には受け入れてしまう、そんなのおかしいことじゃない」
女神は何を求めているのだろうか?
「メイラは俺に何をして欲しい」
「それは……テラスちゃんの日常を問題なく――でも、それは私の望みであって従う必要性は実はないのよ」
「テラスのふりをする、ただそれだけだろ」
「……いいなら……いいわよ」
メイラはムッとした表情になった。
女心と秋の空という奴だろうか、よくわからないな。
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ギルド、酒場、宿屋、銭湯、ボーリング場、ゲーセン、カラオケ、ダーツとラウンドワンもびっくりな超複合施設となっているその建物の入口に手をかける。
そして扉を開く。
ギルドの中では熱狂が立ち込める裸祭りが開催されているのだった。
「「「Foooooooooooooooooooooooooo」」」
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