泉の前で目覚めた裸②
テラスという勇者は不幸にも道半ばで倒れ意識を失った。
風向 亮太という青年は不幸にも何者かに頭を殴打された。
二人の不幸は偶然にも同一の瞬間に起こったのだった。
果たしてそんなことで世界など超えられるのか?
「なにバカなこと考えてんの? あり得ないでしょそんなこと、偶然同じ瞬間に意識を失うだけで入れ替わっちゃうならいろんな人がごちゃ混ぜになってるわ」
丁寧語でしゃべるという設定が空中分解した、あらくれ女神メイラは呆れた顔で答える。
「実際に入れ替わっているし、裸だし。これはどういうことなんだ」
「あなた自分に何か意味があって入れ替わってるとか過ぎた考えを持ってないわよね。あなたに至っては平凡な凡人よ。おめでとう誇ってくれてもいいわ」
「言いたい放題言ってくれるなよ。異世界転移までしたなら何か意味があるはずだろ。RPGみたいに世界を救う運命だとか。選ばれしものとか。」
「意味ならあるわよ、世界を超えるなんて理由もなしにあってはならないことだもの。ただし今回、異世界転移したのはテラスちゃんよ、あなたはただの埋め合わせ、物語の裏側に過ぎないわ」
「埋め合わせって…………俺にだって存在意義があるはず」
何もない人生だとは思いたくないな。
「世界を救った勇者が別世界に旅立ったのよ、そちらの方が意義あることじゃない」
「……」
残念だが、メイラの意見は納得できる。ごもっともな意見だ、一般人と勇者なら主人公は勇者になるだろう。
だが、たいしたことではないこの世界が夢ではなく現実ならば所詮は今までの人生と地続きだ。何も変わらない平凡、。
そう、変われない。
「まあそうか」
「ふ~ん、それでいいのね」
メイラは何か言いたげだったが聞いても答えてくれないだろう。
■
「なあ、メイラ?町までに聞いておきたいことがあるけどいいか?」
「別に口もききたくないとかそこまで嫌ってるわけじゃないから、わざわざ畏まって質問しなくてもいいわよ。聞き流してあげるから言ってごらんなさい」
「もしかしてずっと水の中に居たの?」
泉の女神を名乗るのだから水の中で息ぐらいできるだろう、だが水の中で生活しているかどうかで接し方が変わる。
水中生活を人にクッキーとかプレゼントすればふにゃふにゃになってしまうだろうし、飲み物もきれいな水よりかは池の水の方が栄養価がいい。
「魚じゃないんだからそんなことしてたら私がバカみたいじゃない。あの時は一人で勝手に盛り上がるあなたを後ろから見てたのよ」
良かったプレゼントに水槽のブクブクを上げなきゃいけないところだった。
「じゃあ、俺を蹴り落した奴も見てたよな。どんな奴だった?そいつに蹴りかましてやらないと納まりが付かないんだ」
メイラは申し訳なさそうに軽く手を上げると、
「あぁ、あ~、あれね……私」
手を合わせ、舌を出した。これはお茶目なごめんなさいアピールだろうか。
「てめぇかぁぼけぇぇぇ」
生まれて初めてドロップキックをしました。そんなこの日はドロップ記念日。
「いきなり蹴りかますことないでしょぉぉぉ。あんたがテラスちゃんに変態行為をしてたから手が出ちゃったのよ」
「手じゃなくて足だろ。それに変態行為というならテラスの触り方はねっとりしていてなんとというか、愛を感じた! その証拠にお前は今、とても、笑顔だ!」
ドロップキックをかまされて笑顔になる変態の姿が目の前にあった。
「別に蹴られるのがいいとか痛いのがいいって訳じゃないんだからね。テラスちゃんがかわいいだとか、テラスちゃんの生足で蹴られて超うれしいだとか、思ってないからね」
それは図星を突かれた人の反応だ。
「ほれほれ、こうして足でフニフニし返してやるよ。ココがええんかココがええんか」
「くくぅ~、チョーシに乗らないでよね」
「そんな喜んでくれるとやめたくなくなっちゃうな~」
「そんなんでデレると思ったら大間違いよ!全身触らせなさい、嗅がせなさい、舐めさせなさい」
こいつ、理性のがたが外れやがった。
メイラは獣が飛び掛かるようにして体重で押し倒し、肩から手首まで指を這わせ抵抗できないように拘束した。
視線をスキャナーのように上から下へじりじりと読み込ませ、荒い息が耳へと近づいてくる。
「な、なあ、メイラ。仮にも女神なら抵抗する人間相手に良からぬことなんてしないよなぁ」
「ええ当然です、私は気品あふれる厳格で清楚な女神様なのですから嫌がるようなことは致しません。最終的に良かったと思えるものにしますから」
さらさらとした良い香りのする黒髪の中に鼻を埋めそう囁いた、そして――。
「くぅ~~あsdfghjkl」
とても屈辱的だ。一体全体、男である俺が何故こんな辱しめを受けにゃーならんのか問いただしたい。沽券にかかわる事態であり、人間としての尊厳を貶められたような行為だった。こんな感覚は初めてだ。たがまあ悪くはない。
「ふ~満足したわ~普通ならこんなこと出来るはずないのにね、テラスちゃんの力の10%も感じないわ」
「はぁ、はぁ、悪かったな」
■
息を整えると思考が冴え渡る。
「ずっと疑問に思っていたがテラスはどんな奴なんだ」
勇者の少女、異世界の自分、魔王を倒し世界を救った人物。
テラスは俺の可能性でもある、
俺でもそんな存在になれるかもしれない。
「いいわよ、あなたには知る権利がある――」慎重に言葉を選んでいるのだろうか沈黙の時間が流れ、そして口を開いた。ただ一言だけ。「――悲しいのに笑うそんな娘だったわ」
損な娘だ。
俺とは違うな、俺なら笑えない。
笑顔を見せる相手が居ないから。
「テラスちゃんにとっては故郷以外は悲しい思い出ばかり……だから故郷は大切なものなの」
メイラが自作自演のような方法でテラスを演じさせたのはこの為か。
俺を嫌うのも当然だな、テラスから奪ったのだ。
テラスがどんな冒険をしたのかは知らないがメイラの悲しげな表情で大方想像がつく。
「仲間は……居ないのか」
「分かるでしょ、死んだのよ」
だろうな。
「体の記憶っていうのかな。初めて聞いた話じゃないような気がするんだ……だからテラスのことは少しずつ自分で思い出すことにするよ」
「テラスちゃんも他人に話されたくないだろうし、それがいいわね」
■
微かな記憶の奥。
テラスは笑っていた。
ルビーのような瞳には腹を貫かれた魔法使いが写っていたいた。
魔法使いは何かを言いながら手を差し伸べる。
「ははは、最後まで……兄弟子なんだな」
手を取ると魔法使いは灰となり崩れていった。
「はは……は……」
テラスは笑っていた。
笑顔の仮面を付けて泣いていた。
なんだこれ、知らないのに知っている。
ぼやけた記憶の一つが鮮明に?
■
「さあ、着いたわよ。始まりの町ファスト、ここから先は正体をばらさないように慎重にね」
いつの間にか森を抜けていたようだ。
心してかからねば、あやふやな記憶だがこれでテラスのふりができるだろうか不安だ。
そんな不安をよそに路地の方から人が……あれって裸?
「女神フラーシュッ!!!」
うおまぶしっ!
「説明しよう! 女神フラッシュとはノクターン送りになりそうなHな出来事を勢いと光に任せてうやむやにする私の得意技である」
「馬鹿野郎! いきなり目つぶしする奴があるか!」
世界を白で塗る潰したような視界がもとに戻り始める。
なんということだ、思春期をこじらせすぎて頭がおかしくなったのだろうか?目の前にはさも銭湯から出てきたかのように平然と裸で歩く人の姿があった。
ご丁寧に大切なところは光で隠されている。
「驚くのもわけないわ。ここは知恵の実を食べなかった世界」
『アダムとイヴ』神の言いつけを守らず知恵の身を食べ、裸を恥じ、楽園を追放された。始まりの人類の話。
人類史の始まりからの分岐した世界、それがこの世界だった。
メイラは俺を見て楽しそうに笑っている。
今までなぜ裸でこの世界にきたか聞いても答えなかったのは驚かせたかったかららしい。
「ようこそ楽園へ、ここでは働かずとも食料が手に入り、子を産むときに痛みもない。あなた達の手放した世界よ」