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ゴブリンの根城(女子限定ゴブ)②

 現在、ゴブリンの根城である廃城の前で隠れている。

 城といってもシンデレラ城のような豪華なものではなく周囲を壁に覆われ、どちらかというと要塞としての側面が大きいようだ。

 中に入るためには壁をどうにかして越えなければならない。

 

 城門では門番ゴブリンが2人立って警備をしている。

 武器として錆びてしまった槍を持っている。恐らく城の武器庫にあったものだろう。

 武器を持っていたとしても2匹のゴブリンなら勝てる!

 攫われてしまっためいらメイラ為にも悠長(ゆうちょう)にしている時間はなかった。

 剣を振りかぶり飛び出す。先制攻撃だ。


「はわわ、何ゴブー、僕たち悪いゴブリンじゃないじゃないゴブ」

「人攫いが何をぬかす。お前らの悪事は分かってるんだぞ」

 門番ゴブリンはすかさず武器を地面に投げて武装解除をする。

「女は奥にいるゴブ。連れて行くから手荒い真似はよしてほしいゴブ」

 振りかぶった剣を何とか寸止めする。


 どういったわけか分からないが本当に争う気がないらしい。

 こいつらは話の分かるいい魔物とでもいうのだろうか、いやそんな訳がない。絶対にこちらを(おとし)めるための作戦に決まってる。

 今はメイラを人質に取られているようなものだ。

 強行突破するつもりだったがメイラに会わせてくれるというのなら素直に従ってもいいだろう。

「分かった。暴力は振るわない、メイの所へ連れてってくれないか」

 門番ゴブリンが城門を開くと、今崩れてもおかしくない程ボロボロな城への道が開かれた。


 ここには数え切らないほどのゴブリンがいるはずだ。気を抜いてはいけない。

 城壁に覆われていて見えなかったが廃城と呼ばれるだけあって壁が崩れて内装が見えていたりと長年放棄されていたのが分かる。

 城を見ていると一か所だけ景観に似合わない所を見つけた。

 後から付けた看板のようなものには『エステサロンGOBU』と書かれていた。

 城の二階部分は崩壊の危険性があるらしく使われていないらしい。従って居住区や施設は一階と地下牢に集中している。

「サロンは地下にあるゴブ」

 ゴブリンは階段を塞いでいた木の板を退かし地下への道を開く。

 階段を覆うように置かれていた木の板は後から付けられたような雑なものであった。

「なんで、わざわざ階段を塞いでいるんだ?」

「あー、香水の匂いを逃がさないためゴブ。一階にまで広がったら大変ゴブ」

 たしかに混ざり合ったような甘ったるい匂いがする。雰囲気を出す為にお香でも炊いているのだろうか。

 一日中は嗅ぎたくない匂いだ。

 

 一応の納得を得た俺は階段を降りる。

 地下は牢屋なだけあって、お世辞にもいい空間とは呼べなかった。

 石造りではあるが石が剥がれて所々から土が見えている、地面はもうただの土だけになってしまったところもあり、壊れた壁際では土がこぼれ落ちてちょっとした山を作っている。

 こんないつペチャンコになるかもわからない場所、メイラを助け出したらすぐに脱出してやる。


「んはぁぁぁ~~~~ん」

 甲高い声が地下牢に鳴り響く。

 メイラだ! 無事でいるだろうか。あいつのことだろうから暴れているかもしれないな。

 急いで声の元まで走る。


 メイラは開かれた牢屋の中で椅子に座っていた。中には口に布を巻いたゴブリンも居た。

「気持ちいいわぁ、ゴブリンって下半身でものを考えているというか脳みそ含めて全てが下半身だと思ってたけどやればできるじゃない」

「へへ、お褒めに預かり光栄ゴブ―」

「んぎゃあ、痛い痛い力入れすぎよ!」

 メイラは超くつろいでいた。

 心配しなくてもよかったな、ゴブリンの姫として囲われて楽しそうだ。俺はさっさと逃げて出直した方がいい。


 気づかれないようにそっと逃げようとしたらメイラと目が合ってしまった。不覚。

「やっと来たのね、私が攫われたのだからもっと必死こいて助けに来なさいよ」怒り心頭といったご様子だ。だと思ったらいきなり笑顔になって手のひらをクイクイと動かしながら言った「このゴブリンすっごくマッサージが上手いのあなたも来なさい、いろいろあって疲れたでしょ」

 バカなだけで悪い奴じゃあないんだよな。憎めない性格だ。


「お連れ様もそう言っているゴブ。後のことは中の者にお任せするゴブ」

 逃げ出すようにそそくさと門番ゴブリンは立ち去って行った。 


 仕方がない付き合ってやろう、メイラを放っておいて何かあっては後味が悪い。

 ゴブリンの用意したプールとかに置いてある1人掛け用のイス、確か名前はビーチチェアーに腰かける。

 牢屋とは明らかにミスマッチだがわざわざ用意した


「私はエステティシャンゴブリン、女の体には理解があるゴブ。今から血行を良くして体を引き締めるために全身マッサージをするゴブ、まずは肩を揉みますから痛かったりしたら言ってくださいゴブ」

 赤子に触るようなフェザータッチで肩を揉まれる。


 変な所を触ろうとしたら叩き切ってやろうと思っていたが気が早かったようだ。

 しかしエステティシャンゴブリンの手は肩以外に行かず、苦労しているようで随分とこねくり回して格闘してらっしゃる。

「優しくしてくれるのは結構だけどマッサージならもっと強くしてもいいぞ」

「そうしたいのは山々ゴブけど……硬くて、まるで金属みたいだ! そうだ、道具を使わせてもらうゴブ」


 そうしてゴブリンが取り出したのは大きさが太ももぐらいある棍棒だった。

 おいおい! このまま撲殺するつもりじゃなかろうな!

「私はまだ警戒を解いたわけじゃない。変な考えはよくないぞ」

「大丈夫、リンパ管を刺激するだけゴブ」

 リンパ管を刺激するためなら仕方ないな!


 体の重量に見合わない棍棒をなれない様子で振りかぶり殴りつける。

 強い衝撃を想像していたがそんなことはなく、なんと棍棒はクッキーのように粉々になってへし折れてしまった。

「は……はは、肩こりがひどいゴブ」

 テラスってやつはこんなにも疲れていたなんて疲労で倒れもするわけだ。


 入れ替わりの問題が解決したらこの体はテラスに返すことになる。それまでに最高の状態にしておこう。俺ってばなんて気が利くのだろう。

「ちょうどいい感じで気持ちよかった。もっと沢山やってくれ!」

「ガッテン、ありったけの棍棒を集めさせるゴブ」

 エステティシャンゴブリンはそこらへんのゴブリンに声をかけ棍棒を集めさせた。


 メイラはその光景を横から苦笑交じりに眺めていた。

「出鱈目なことしてるわね。もしかしてドM?」

「人をドM扱いするな。ベストな刺激で気持ちいいぜ」

「一度自分の発言を考え直したほうがいいわよ」

 あきれ顔でメイラは言った。

 俺ってばメイラをあきれさせる天才かもしれない。


 話しているうちに準備は整ったようで数十本の棍棒が床に積み上げられていた。

「それじゃあ、やるゴブよ」

 一本目の棍棒が派手に音を立てて砕けた。

「いいねぇ、いいねぇ、ナイスだねぇ」

「はぁ、はぁ、一本だけでもなかなか疲れるゴブ」

 息を切らしながら二本目を振り下ろす。

「君はプロとしてやっていける! なんなら私が紹介してやろう!」

「えー、そんなにゴブか!」


 そこからは餅つきのようにリズムよく棍棒が振られて砕けていった。

 流石にそんなハイペースで重量のあるものを振り下ろせば誰だって疲れる。

 そうしてふらふらになったエステティシャンゴブリンは誤って頭のアクセサリーに棍棒を振りかぶる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 背後にいて視界には映ってなかったが気配で感じ取れた。

 振りかぶるタイミング、速さ、方向を知るのはテラスの体を持ってしたら簡単なことだ。


「このアクセサリーはな大切な人からの借りものなんだ。傷つけるのは許さない」

 国を買うことができるほどの価値があるテラスのヘアピン。

 通常の物と比べると大きめだが派手ではなくワンポイント程度に収まっている。

 武器商人のツユによれば、これをつけるだけで大抵の攻撃では傷一つ付かず異常状態無効、空腹無効、魔力増加のチート効果らしい。

 この世界に来てから何も食べていないので効果は本物だ。


 厳しく言うつもりはなかったがつい強く言ってしまった。

 服を着ていないテラスにとって唯一、身に着けていた物――預かったように思えたから大切にしたい。

 そんな理由があったからだ。

 高価なものだからとか便利なものだからという理由も一応はあるが……。


「ひぇ、たかがヘアピン程度で怒らないで欲しいゴブ」

「申し訳ないが()にはこれを無事に返すという責任がある」

「ゴブ……? ……()って? あれ、女ゴブよね?」

 しまった! テラスを知らないからと口調に気を使っていなかったが、油断して自分を出し過ぎてしまった。


「あーーーーあのー。あれよっ! 近頃、流行りの俺っ子よねっ!」

 メイラがすかさずフォローに入ってくれた。いっさい流行ってないがナイス。

 テラスの中身が別人だということは万が一にでも知られてはいけないことだ。

 勇者の不在が好都合な者もいるだろう。

「俺だZE、体は女の子だけど心は男らしくありたいのだZE」

「は、はぁ~。おかしな語尾ゴブね」

 お前もだけどなっ!


 これ以上ぼろを出さない為にも話題を変えることにした。

「肩もみはもう十分だ。次に行ってくれ」

「そろそろ仕上げと行くゴブかね」

「肩しか揉んでないがもう仕上げか?」

「リンパ管があれで、揉み過ぎは良くないゴブ」

 そういうとおもむろにお香を炊き始めた。


 リンパ管の問題なら仕方ない。きっとなんちゃら医学的にダメなのだろう。

 それにしてもいいお香だ。さっぱりとした植物の甘味のような……どこかで嗅いだような匂いだ。

「お二人ともしばらく目でもつぶってゆっくりしてくださいゴブ」

 あれ? 仕上げをするんじゃ……?


 金属製の扉が閉まる音を聴いて今いる場所が地下牢の牢屋の中であることを思い出した。

 カチャリ――。 鍵が閉まった。

 これでは閉じ込められた形になってしまう。中にまだ俺たちがいるのに随分とせっかちだ。


 ガガガガとおじさんのような寝息が隣にいるメイラから発せられる。

 ゴブリンの巣の中で眠ってしまうとは間抜けな奴だ。どうせあほ面をしていることだろう。

 女神としての格好がつかないので起こそうと体を揺さぶってやった。

 ところが寝息を大きくするのみで目を覚まそうとはしなかった。

 後で文句を言っても知らないからな。


 目を閉じてメイラの悪態を想像しているとゴブリンたちの話声が意識せずとも耳に入ってきた。

「女どもに気づかれはしなかったゴブか?」

「ゴブゴブ! こんなバカな作戦で成功するとは思ってなかったゴブ。バカで間抜けな冒険者ゴブ」

「それは良かった、だけどひと月で2人は実入りが少なすぎるゴブ。別の方法を考えるゴブ」


 ゴブリンたちは何かはかりごとをしていた。

 もしかすると……いや、もしかしなくても罠に嵌められたのではないか。

 まずいと思い、とっとと目を開け今度はもっと強くメイラを揺さぶる。

 しかし、頭が力なく左右に動くほど揺すっても目を覚ます気配すらない。


 事態がおかしくなり始めたのはお香が焚かれてからだ――()()

 懐かしいと感じた匂いをやっと思い出した。


 それはネムソウの花の匂い――生き物を眠りに誘う毒の匂いであった。

 地下牢への階段を塞いでいるのだって――口に布を巻いているのだって――全てはネムソウの被害を自分達が被らないためだったのか!


「おい! なんで起きていられるゴブ」

 流石に気づかれたか。

 未だにガガガガと喉を傷めそうな寝息を立てているメイラを腰に抱え、空中から『狭間の剣バウン・ダリ』を取り出す。

「なんでネムソウが効かないかは知らないゴブ。でも牢屋の中じゃあもう出られないゴブ」

「出られもしないのにこんなとこにノコノコ来るわけないだろっ!」

 鉄の扉を蹴り破り、牢屋の前に居たゴブリンごと吹き飛ばした。

 巻き添えになって扉に押しつぶされたゴブリンは土に変わる。

「逃げるぞ! メイ! ……って聞いてないか」

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