泉の前で目覚めた裸
創世の時代。神は土から人間を作った。
神は始まりの人間に楽園の管理を命じ、そして『知恵の実を食べてはいけない、もし食べれば命を落とす』と告げ去っていった。
人間は約束を守り、栄えたが……
「この実はきっとうまいぜ。食べてみろよ」
ある日、蛇に勧められ知恵の実に口を付けてしまう。
すると人間に知恵が宿り、裸が恥であることを知った。
これは人類の始まりであり、原罪であり、服を着る理由である。
旧約聖書『アダムとイヴ』に登場する蛇は一説では悪魔と言われており、”人類最初の敵”である。
■
目が覚めると泉があった。
「うう、頭が痛い。コンビニの途中にこんな泉あったか?」
あったのは、女神様が「あなたの落としたのは金の斧ですか、それとも銀の斧ですか?」と決まり文句を言ってきそうな、とてもきれいな泉。
とりあえず地面から起き上がる。
落ち着いて考えよう。まずここはコンビニじゃない、それにこんな自然豊かな森の中は知らない=帰れない。
そして服も着ていない。
マジですか! これって現実ですか。
飲み水があるとはいえ、全裸でサバイバルとか自衛隊でも服とナイフは支給されるだろ。
「とりあえず人を探し――イッテッ」
こけてしまった、人が見ていないとはいえ転ぶのは少し恥ずかしい。
あれ、なんだか身体がうまく動かないような……
まさかと思い、手の平を見る。
手とは人生の中で最も視界に入るものだ、もし想像通りならばそれはきっと知らない手となるはずだ。
手は傷一つなく、指はスラッと長い。爪は切りそろえてある。
明らかに18年付き合った手ではなく、およそ女性の手としか思えなかった。
女性ならば下半身を見れば一目瞭然なのだが、童貞につき首が動かんのです。
恐る恐る、お胸の方を撫でさせて頂く。
(男? んん、女? これ胸? まな板? なんだぁこれは)
混乱は増すばかりであった。
この確認方法には問題がある! それは胸を揉んだことがないことだ! つまり胸の感触を知らない。
そうだ! せっかく目の前に泉があるのだから顔を映せば良いんだ。
最初からこれで良かったじゃんと思いつつ泉に這いより水面を覗く。
サラリとした長く黒い髪、キリっとした目元、夕暮れを切り取ったような赤い瞳。
映されたのは黒髪長髪の凛々しい女の子だった。
水面に運命の人が映るという伝説を聞いたことがある、この泉にもそんなお話があればいいと思った。
可愛くないか、可愛いな、可愛いぞ。
素っ裸なので顔以外は見れないが、幼めの体系をしているような気がする。
元は170センチぐらいなのが今は160くらいか。
これは女体化、TSというやつではないか!
「よかぁ。よかぁ。よかぁ。よかぁ」
そのとき俺は舞い上がったテンションのせいで気付かなかった。
首筋にじんわりと温かい足の感覚を覚える。
フニフニの足は肌触りがよくコットン生地のようだ。
感覚は背骨をじっくりと上から擦りながら腰のあたりまで行き、
そして……
「えい」ドボーン
そのまま泉に突き落とされた。
!?訳が分からない、なぜ突き落とされにゃあならんのだ。
こけて、胸揉んで、泉に行って、よかよか変態行為。
うん、突き落とされるのは当然な気がする。
そんなことよりもこのままでは溺れてしまう。
泳ぎは出来ない訳じゃない、ほんの少し泳げばすぐに陸地にたどり着く。
(やべぇ思ったように動かねぇ)
「助けて―――って誰もいない!」
俺を突き落とした人の姿はどこにも見えない。
水が呼吸の度に入ってくる。
遂に人生が終わってしまうのか、グッバイ。
「チャンチャカチャーン、お助け女神様のメイラさんでーす」
水中から現れた人物に押し上げられ、いつの間にか肩車の状態になっていた。
どうやらここは女神がいるタイプの泉だったらしい。
「危なかったですね。テラスちゃんは基本何でもできますが、どうにも泳ぎだけは苦手で……胸の方に浮き袋が付いてないからでしょうかね。兎に角、水は気を付けてください、カザムキさん」
地面に戻してもらい頭を二回ほど撫でられた。
いきなりのことで頭の処理が追い付かないが、これだけは聞かなければいけないだろう。
「助けてくれてありがとうございます。女神さまは俺が誰だか分かるのですか?」
「私の名前はメイラさんですよ。そしてあなたは風向 亮太、18歳童貞、高校三年生になり受験勉強が本格化するなか5月病を患いドロップアウト、現在1ヶ月ほど引きこもり生活を満喫中、5歳下の弟からは最近腫物を触るように扱われている。当たりですよね」
事実だが女神ならもっと優しく言って欲しかった。
「もうお気づきとは思いますがカザムキさんは異世界転移しました。正確にはこの世界のカザムキさん――名前はテラスというのですがテラスとあなたの意識が入れ替わりました」
小説なんかではよくあることで、もし異世界に行ったらなんて考えたこともあるけど、自分が実際にしてしまうと信じられなかった。
「しかしメイラさん?異世界だなんて全く考えもしなかったし、そもそも俺はまだ夢見ていると思っていますよ、裸だし」
「こけたり、揉んだり、溺れたりして夢だとまだ思っているのですか?」
ぐうの音も出ねぇ。確かに痛かったし、硬かったし、死にかけた。
「異世界なのは分かりました。でもなんで裸の女の子の身体なのですか?」
演劇めいたしぐさで両手を広げて、慎ましい胸を強調する。
「こことあなたの世界は鏡合わせ、つまり性別が逆転しているからですよ。男は女に、女性は男性に、カザムキさんに弟がいるように、ここでは妹がいるのですよ」
デタラメな話に聞こえるが事実そうなっているのだから納得するしかない。
「まあ、大体は理解していただけたでしょうか?ここからが本題です。カザムキさんはこの私に助けられましたね、つまりは恩が発生した。願いの一つや二つ叶えてもらってもいいですよね」
助けてもらったのは事実だし、お礼はしたいなと思っていた。少し強引な気がしないことはないが……
「出来る事なら何でも致しましょう」
「じゃあお前、その身体の娘になれ。いい? 拒否権はないから。何でもっていったからには何でもしてもらうわよ。馬車馬のように使われなさい――――――――ですよ」
急に言葉遣いが悪くなってないか? 無理やり「ですよ」を付け加えた感じだったし。
「あの~メイラさん? 俺って男だしそれは難しいかな」
「女神との約束は絶対ですよ。それに俺じゃなくて私。女の子になる気ある? まずはそこから始めましょうか」
拒否権なんかはなかった。
「この世界にとって大事件だとということが理解できてないようね。あなたのその身体――テラスちゃんは勇者で――」
メイラさん曰く、テラスは勇敢であった。
テラスは仲間の犠牲の上この世界を蝕んだ魔王を倒した。
物語はエンドロールを迎え、テラスはここから幸せを掴むところだった。
一人残された最愛の妹の為故郷に戻る最中、疲労からか意識を失った。
そして俺と入れ替わってしまった。
俺もコンビニに向かう途中、後頭部に痛みを感じて意識を失った気がする。
「――そんな訳でテラスちゃんがいなくなったというのはこの世界における損失であり、あなたには責任を取ってもらう必要があるの」
メイラさんは人差し指で俺を指して言った。
「ぶっちゃけ、あなた達、地球の人類のこと私達大嫌いなんだわ。約束は守らないし暴れるし、知恵の実も食べちゃうし。原罪を背負った人類なんてあんたの世界くらいよ。そんな人類に優秀で秀才なテラスちゃんの人生を食われてるのが堪らなく気に入らない!!」
なんだかあり得ないほど嫌われてるらしい。
「そんなこと言われたって俺とは関係ねぇー遥か大昔のことじゃないか」
「連帯責任よ。もう一度大洪水で洗い流されないだけましだと思いなさい。とにかくあなたには誰にも気づかれることなくテラスちゃんのふりをしなさい。あとずっと思ってたけど女神をさん付けとはなにごとかーー敬意をもって様をつけなさーい」
自分でメイラさんって言ったじゃん……どうやら俺はやべぇ奴に絡まれていたようだ、もはやこいつは女神というより痛い子だろ。
「それじゃあ、最愛の妹に会いに行きましょうかテラスちゃん♪」
「文章力の低い人はアウトな設定でもBANにならないのではないか?」という算段で考えられたお話です。
脳内眼福!脳内眼福!
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