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ドワーフ少女は推測する




 宿屋前にたどり着くと、宿屋の玄関を履き掃除している人がいた。糸目に丸メガネのひょろっとした男性――――宿屋の主人だ。

 宿屋の主人はルミナに気づくと首を傾げた。


「お客さん? こんな早い時間にどうしたんですか?」

「ん。ちょっと散歩」

「そうでしたか。

 明るくなれば大丈夫ですが、暗いうちはこの辺りも物騒ですから、お気をつけくださいね」

「…………そうね」


 わたしはなんとも言えない気分で、口をもごもごさせる。

 実際に危ない目に遭った後だと知ったら、主人さんはびっくり仰天するに違いない。


 その時、どこからともなく「キュゥゥウウ」っと小さな音が鳴った。


「お客さん、お腹空いてます?」


 宿屋の主人はくすくす笑いながら尋ねた。


「わたしのお腹の音じゃない。きっと、どこかの躾のなってないペットの鳴き声」


 わたしはぷいっとそっぽを向く。きっと彼は、今の音がわたしのお腹のなる音だと勘違いしたのだろう。

 まったく、優男な外見とは裏腹に、なんて失礼な人だろう。


「……ちなみに、参考までに。あくまで参考までにってことで、他意は無いのだけど、もう朝ご飯は食べられる? あ、わたしはまだお腹空いてないけど」

「ぷっくく……ええ、うちに泊まる商人の皆様は、夜明けとともに出立される方が多いので、もう朝食は用意してますよ。

 ――――今日の朝食は大陸東部から伝わってきた白米と焼き魚です。白米は炊き上がりが一番美味しいので、よろしければ、先に朝食を召し上がられてはいかがでしょう?」

「ん。たしかに白米は炊き上がりが一番。

 それなら仕方ない、先に食堂に行く。別にまだそこまでお腹減ってるわけじゃないけど。ご主人さんのオススメなら仕方ない」


 わたしは宿の玄関をくぐり、一階の食堂の方に行った。

 食堂のカウンター席の奥にキッチンが併設されていて、女将さんが野菜スープを作っていた。


「おや、早いわね」

「おはよう」

「ああおはよう。カウンター席の方に座っとくれ。料理を運ぶのが楽だからね」

「ん。分かった」


 カウンター席には、商人らしき男たち数人が、すでに座っていた。わたしは空いている一番手前の席に座って、料理ができるのを待つ。


「――――では、イワンさんは今回、王都まで足を延ばすのですか?」

「ええ。東からの珍しい物は、中央の方が高い値がつきますからね。私もアインツ商会にあやかって、一儲けさせてもらうとします」

「アインツ商会が東部航路の開拓に成功したことで、魚しか取り柄の無かったこの街も、一大貿易拠点になるというわけですか」

「魚は日持ちしないので、どうしても辺境付近でしか流通できない。私らもこの近辺で干物を売るくらいしかできず、燻るしか出来なかった零細商会でしたが、アインツ殿が商品を卸してくれるおかげで、大きく成長できそうです」

「『俺は海の方を向いて商売するのに手一杯だから、陸のことはお前らに任せる』でしたか。

 本来であれば、貿易の利益と、国内への輸入品販売、二重の儲けを独占できるというのに、彼は本当に懐が広いですなぁ」

「まったくです。アインツ殿には足を向けて寝られません」


 ボーッとしながら、わたしは隣から聞こえてくる会話に耳を傾ける。

 商売の話を聞くのは、ちょっと懐かしい。

 兄さんと商売を始めた頃、まだ拠点を持っていなかったので、工房なんて当然持ってなかった。だから、わたしはよく兄さんの商談に付いて回っていたのだ。


 昨日の醤油とか、これから出てくるお米は、アインツ商会というのが関わっているらしい。

 わたしがこの大陸に来る時、事前情報で伝え聞いたことによると、醤油やお米、いわゆる()()の品は、この大陸では東部でしか手に入らないらしい。それを、アインツ商会というのが、海上貿易すること成功したらしい。


 なるほど、だからこの街では大陸東部のものが手に入るのか。

 

 ――――ガチャン。


 ふと、わたしの背後で、皿の割れる音が聞こえた。


「な、な……、なんでアンタがここに……!?」

「?」


 声につられて振り返ると、そこには昨日の態度の悪い受付の女の人がいた。


「ひっ」


 彼女はなぜか、わたしを見て顔色を真っ青にしている。そして、落とした皿の後片付けもしないで、ドタドタと食堂から逃げ去っていった。


「…………ったく、なにやってんだか。いい加減、目に余るね」


 女将さんが、定食セットを持って近づいてきた。


「女将さん、あの人は?」

「ああ、あの子はドラン商会のツテでウチに下働きに来たんだが、寝坊するわ、受付の態度が悪いわ、ここだけの話にして欲しいんだけど客の物を盗ろうとしたこともあって、どうしようもない子でね。ああ、もちろん、そん時は二度としないように、うんと叱ったよ。

 大お得意様のドラン商会の顔を立てて、指導だけで留めていたんだが、もう我慢の限界さ」


 今日限りで出て行って貰おうか、と女将さんは厳しい視線で愚痴った。


「ドラン商会……、もしかして」


 ふと、わたしの脳裏に、ある推測が立てられる。もしかして、あの人が、わたしを攫った人攫いを手引きしたんじゃないだろうか?

 そう考えると、色々と辻褄が合う。

 まず、鍵のかかっていたはずの部屋に、人攫いが入れたこと。

 そして、わたしを捕まえていた首輪にだけ、魔法妨害の魔法陣が施されていたこと。双子の姉妹やチビちゃんの首輪には、何も仕掛けられていなかったのに。


 魔法妨害の魔法陣は当然、捕まえた対象に魔法を使わせないために施されたものだ。つまり、誘拐犯はわたしが魔法を使うことを知っていたことになる。

 けど、ちょっとおかしい。わたしの見た目は、人間でいう十二歳前後。ドワーフをほとんど見かけないこの街の住民が、はたしてわたしのことを、魔法が使える年齢であると初見で見破れるだろうか。


 わたしが見た目通りの年齢でないことを知っているのは、この街に来た時の門の門番さんの二人。

 そして、親分くんたち以外で、わたしが魔法を使えることを知っていたのは、一人だけいる。それが、受付の女の人だ。

 わたしは彼女に、部屋に案内された時、部屋に備え付けられた魔力式の水道を自分で動かせると申告していた。魔力式の水道が動かせるということは、魔法を使える証拠なのだ。


 あの人が誘拐犯に、わたしが魔法を使えるということを伝えたからこそ、誘拐犯は貴重な魔法封じの首輪を使って、わたしを捕まえたのだろう。



「っと、辛気臭い話をしちまって悪かったね。ほれ、今日は白米と煮魚定食だ。成長期なんだから、しっかりお食べ!」


 女将さんはやっぱりわたしを子供だと勘違いして、定食を置いてキッチンに引っ込んでいった。


「ん、ありがと」


 わたしは煮魚定食を受け取り、いただきますをする。

 パクパク。やっぱり今日も美味しい。



 …………女将さんに、誘拐された被害を申し出ることはできる。紛れもなく、わたしが誘拐されたのは、あんな女性を雇っていた女将さんや、この宿のせいでもあるのだから。

 だけど、わたしはそれをしない。

 女将さんたちは、知らなかった。それに、一番の元凶は宿から放り出される。なら、女将さんは何も知らないままでいい。少なくとも、被害者(わたし)がそれでいいと思っているのだから。

 わたしは警察でも裁判官でもないのだから。わたしが、わたしへの被害をどう裁こうが、わたしの勝手にしていいだろう。

 …………どの道、あの女性とドラン商会には、後できつーい仕返しをするつもりだし。


 それに、女将さんは、美味しい飴玉をくれたいい人だしね。飴ちゃんまたくれないかな。


 るみな、あめちゃんまたたべたいなー。


 




飴玉で懐柔されるルミナちゃん十八歳

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