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ドワーフ少女は救出する



「これ、どこに向かってるの?」


 暗い路地裏を駆け抜けながら、親分くんに尋ねる。随分と迷い無く進んでいるが、子供たちのいる場所に心当たりがあるのだろうか。


「ドラン商会だ!」

「ドラン商会?」


 それが、わたしや子供たちを攫った奴らの正体?


「ああ。この街で一番……ああ、いや。今は二番の商会だ。表では善人ぶってるけど、スラムの子供たちを攫って金に換えてるクソ野郎どもだ。スラムでは有名な話だよ。

 それに、あの地下牢自体は、チビ達が連れ込まれたのを見たって奴におしえてもらったんだが、地下牢の見張りがドラン商会子飼いのゴロツキだったから間違いない」

「犯人が分かってるなら、警備隊に通報は?」

「ドラン商会は表では善人ぶってるっつったろ。スラムのガキと優良商会、どっちを信じるって話だ」


 つまり、警備隊はアテにならないってことか。まあ、警備隊が絡んできたら、思う存分私刑ゲフン、教育的指導ができなくて面倒なのだけど。


「あれ?」


 ふと、一つ疑問に思う。


「そういえば、子供たちはあの地下牢に連れ込まれたんだよね。なんで子供たちはいなかったの?」

「それは確かに……」


 目撃証言が嘘だったか。…………いや、現にわたしが捕まっていたんだし、嘘ではなかったのだろう。


「うーん…………、さっきも考えてたんだけど、あの地下牢には他にも入り口があると思う。きっとそこから子供たちはまた別の場所に連れ去られた。…………ただ、この答えでも、疑問が残る」

「なんだ?」

「子供たちが別の場所に移されたなら、なんで同じく攫われたわたしだけあの場所に残ってたのか、わからない」


 あの場所は、間違い無く攫ってきた子供を閉じ込めておく場所だ。そこから子供たちを出すということは……、


「そうか。出荷されたんだ」

「出荷?」

「そう。奴隷商か、変態貴族かは知らないけど、きっと買い手のもとに運ばれた」

「なら、なんでルミナだけ運ばれていない? 誘拐したガキを運ぶなら、一度に運べばいいだろうが」

「多分、わたしはイレギュラーな商品だった。スラムからじゃなくて、なんでかわからないけど泊まってた宿屋から攫われたんだし。

 わたしにはまだ買い手が付いていなかったのか、それとも子供たちが連れ出された後に、牢屋に入れられた――出荷作業の後に入荷されたのか」


 牢屋を倉庫、私たち誘拐被害者を商品と考えれば分かりやすいかもしれない。

 商品を外に出すのはどういう時か。それは、商品を店頭に並べるか、取引先に販売する時だ。そして、人身売買なんて、表立ってできるものではないはずなので、今回は後者だろう。


「っておい、ちょっと待てよ。とすると、ガキどもはもう、ドラン商会に行ってもいないってことか?」


 焦った声で、親分くんが尋ねる。


「そうかもしれない」

「クソが! じゃあどうすればいいんだよ!」

「可能性に賭けて、このままドラン商会に向かうか、買い手に心当たりがあるならそっちに向かうべき」

「ならドラン商会だ! 誰に買われたかなんて検討がつかねー! いなかったら殴ってでも売った先を聞き出す!」

「そう、わかった。…………ちょっと待って」

「おい、何立ち止まってる?」


 わたしは、ふと()()()()音に、思わず立ち止まった。


「攫われた子供って、親分くんと同じくらいの女の子二人と、小さな猫獣人の女の子だったよね」

「そうだけど。早く来い! 今は急いでドラン商会に行かないといけねーだろ」

「その必要は無い。たぶん、()()()()

「は? 何言ってんだ?」

「こんな時間なのに、西の門に向かってる馬車がある」

「それがどうした!? てか、なんでそんなことが分かる!」


 短気な親分くんはわたしを怒鳴りつける。仲間が攫われて余裕がないのだろう。


「黙って聞く。分かるのは、魔法のおかげ。広域探知魔法の一種」


 ドワーフをあまり知らない人に説明するには長くなるので、わたしはそう答えた。


「で、その馬車の中に、他の荷物と一緒にあなたと同じくらいの女の子二人と、小さな猫獣人がいるわ」

「なんだと! おい、それは信じていいんだろうな! 嘘だったら承知しねーぞ!」

「本当。だから、はやく西門に向かわないと」

「……ああ、分かった! 西門ならこっちが近道だ!」


 親分くんはわずかに逡巡するが、結局わたしに従うことに決めたらしい。

 わたしたちは方向転換をして、西門へ――わたしがこの街に来た時とは反対側の門へと向かった。





 大通りは、スラムや裏路地とは違い、魔法の街灯が灯っていて、暖色系の明かりがほのかに街並みを照らし出していた。

 門の前にたどり着いたわたしたちは、門の前で馬車を待ち構える。そして、わずか数十秒後、夜更けにもかかわらず、門に向かってゆっくり石畳を走る馬車を見つけた。


「あの馬車」

「ホントに来やがった!」

「なに、信じてなかったの?」

「半信半疑だったよ! 悪いな」

「ん、正直者め」


 わたしはジト目で親分くんを睨む。

 いっそ清々しい物言いに、赤髪を毟ってやろうかと昏い考えが浮かぶ。

 ……けどまあ、親分くんはわたしの荒唐無稽な話を疑いながらも従って動いてくれたので、睨むくらいで許してあげよう。


「で、あの中にチビたちがいるんだな!」

「あなたの探している子かは保証できないけど」

「ガキがいるならまず間違いない! あの馬車についてる紋章はドラン商会のだ!」


 親分くんは、目つきの悪い視線をさらに鋭くして、馬車に向かって疾走した。


 どうやって馬車を止めるつもりだろうか。まさか、馬車の前に躍り出て、馬車が止まってくれることに期待なんてしていないよね?


 わたしはいざという時のために、魔法を準備して、いつでも親分くんと馬車の間に(ストーン)(ウォール)を作り出せるようにしておく。


 しかし、わたしの心配は杞憂に終わる。


「お……っらぁ!」

「なんだ!? うわぁ!?」


 馬車の前に飛び出た親分くんはダン! と音を立てて跳躍する。

 ジャンプした親分くんは、馬車を引く二頭の馬の間を器用にすり抜け、突然のことに驚く御者を蹴り飛ばした。


「うわ、大胆」


「チビども、いるか!」


 わたしは、親分くんの子供とは思えない……それどころか中級冒険者レベルの身体能力にびっくりする。

 そうしている間にも、親分くんは子供たちの無事を確認するため、馬車に乗り込もうとする。


「何が起きた!」

「敵襲だ!」

「敵襲!? まだ街の中だぞ!」


「邪魔だぁ! どけぇ!」


 しかし、異変に気付いた護衛が馬車から出てきて、戦闘になる。

 親分くんは野獣を思わせる叫びをあげて、護衛たちに殴りかかった。


 そして、門の前で大騒ぎすれば、夜警の門番が様子を見に門の中から出てくるわけで……、


「うるせーぞ! 門は開けてあるからさっさと出てい……何が起きている!?」


 親分くんと戦う護衛を見て、門番が抜剣して参戦しようとする。門番が剣を向けるのは、当然襲撃側。つまり、親分くんだ。

 けど、そうはさせない。


「眠れ」

「うわっ」


 わたしはポケットから拳大の球を取り出し、物陰からこっそりと門番に投げつける。

 球は門番に命中すると、ボフン、と音を立てて煙を撒き散らす。

 煙の中で、すぐに重たいものが倒れる音が聞こえた。そして煙が晴れると、そこには門番が気絶して……いや、眠って倒れていた。


 今投げたのは、わたしお手製の眠り爆弾。例えドラゴンだって眠らせてしまう、強力な睡眠薬である。睡眠作用が強力なだけで、効果自体は1時間くらいで切れる安全設計。心置き無く投げつけられる代物だ。


 わたしは眠りに落ちた門番を、門の入り口に寝かしておく。これで、起きたら今見たことは寝ぼけていたせいだと思ってくれればラッキーだ。


 ……それにしても、この門番、妙なことを口走っていた。「門はあけてあるから」だなんて、まるで、この時間にドラン商会の馬車が来ることを知っていたように。

 普通、こんな夜更けに門は開けない。となると、この人も共犯かな。いや、ドラン商会の馬車がいつも、この時間に門を出発しているって可能性もあるんだけど。それなら、日常任務として、門を開けていても不思議ではない。


 わたしが考え事をしていると、「ぐはぁぁ!」と悲鳴が聞こえた。振り返って見てみれば、護衛の男が親分くんに殴り飛ばされ、先にノックアウトしていたもう一人の護衛とともに、仲良く地面に熱いベーゼをした。


 対して、親分くんは息を乱してすらいない。


「うわー、親分くん、強い」


 思わず、ポツリと呟く。

 わたしは世間知らずなので知らなかったが、もしかしてスラムというのは、親分くんくらい強くなければやっていけないような修羅の場所なのだろうか? …………いや、たぶん親分くんが際立って強いだけなのだろうけど。


「おいルミナ、手伝え! チビたちがいた。枷を解いてくれ!」

「ん、わかった」


 親分くんの掛け声で、ひとまず無関係の馬車を襲撃していた可能性が消え、ちょっとだけホッとする。コラテラルダメージさんは発生しなかったらしい。よかった。


 幌の中を覗き込むと、そこには双子と思われる可愛い女の子たちと、猫獣人の小さな女の子がいた。彼女たちが親分くんの仲間の女の子たちだろう。双子の少女たちは起きていて、猿轡を噛まされ「ムグムグ」と唸っているが、猫獣人の女の子は眠っていた。


 わたしは順番に、少女たちの首輪と手枷、足枷を外していく。わたしが嵌められていた首輪と違い、彼女たちの首輪には魔法妨害の魔法陣が組み込まれていなかったらしく、わずかな抵抗もなく砂となる。

 親分くんが彼女たちの猿轡を外すと、双子のうちの一人が、泣きながら親分くんに抱きついた。


「チビちゃんが! チビちゃんがずっと目を覚まさないの!」

「なんだと! おい、チビ、しっかりしろ!?」


 親分くんは慌ててチビと呼ばれた猫獣人の女の子に駆け寄る。


「おい、チビ! 起きろ、起きてくれ! ――熱っ!?」


 親分くんは、チビちゃんを起こそうと、軽く彼女の頰を叩くが、その頰の熱さに、思わず手を引っ込めた。


「チビちゃん、捕まってからどんどん熱が高くなって、どうしよう。このままじゃチビちゃん死んじゃうよ!」

「親分、薬は! 買いに行ってくれたんだよね!」

「あ、そうか! 薬か!」


 親分くんは双子のもう一人に指摘されて思い出し、懐から薬包紙に包まれた粉薬を取り出す。

 そしてそれをチビちゃんに飲ませようとして――――、


「! ダメ!」


 わたしは慌てて親分くんの手から、薬をはたき落した。薬は薬包紙から地面に零れ落ちる。わたしは薬が間違っても飲めないように、薬を錬金術で砂に変えた。


「ルミナ! てめえ、何しやがる!?」


 唯一の希望ともいえる薬を台無しにされ、親分くんが忿怒の形相でわたしの胸倉を掴む。


「これは薬じゃない! 毒!」


 わたしは親分くんの手を払いのけて言った。


「ど、毒…………?」

「そう、毒」

「なんでそんなことが分かる!?」

「錬金術師だから。これくらいのものの見極めはできる」


 わたしはきっぱりと言い切った。わたしの目を見て、嘘を言っているわけではないと分かると、親分くんは激しく狼狽する。


「な……んで。毒? だって、これさえ飲ませれば、チビの病気は治るって、楽になるって、高い金払って買ったんだぞ!」

「騙されてる。今のは猛毒蝶の鱗粉。別の素材と混ぜれば麻酔として使えるけど、そのまま飲めば、死ぬわ」

「あの薬屋のクソ野郎、なんでそんなものを……!」


 その質問に、わたしは答えなかった。

 薬屋が親分くんに恨みがあったのか、親分くんがスラムの子供だったから軽んじて面白半分に渡したのか、「楽になる」というのが苦しませずに殺せるという意味だったのか、あるいはただの事故だったのか。

 色々と予測はできるけれど、薬として渡されたものが、劇毒だったことには変わりない。


 その時、双子の姉妹が悲鳴を上げた。


「――――チビちゃん!」

「親分、チビちゃんが息してない!」

「!」

「待って」


 親分くんがチビちゃんに駆けよろうとするのを、わたしが制する。


 代わりにわたしがチビちゃんに近寄り、チビちゃんの胸に耳を当てる。すると、微かにではあるが、チビちゃんの心臓はまだ、鼓動を続けていた。


「ん。これならまだ間に合う」


 わたしは錬金術を発動した。


「おい、何してる! まさか――――やめろ!?」


 わたしの錬金術が、何度も鉄を砂にするところを見ていた親分くんは、わたしがチビちゃんを砂にしてしまうとでも思ったのか、慌てて止めようとする。


「邪魔。ストーンバインド」

「ぐっ、なんだ!?」

「「親分!?」」


 わたしはさっき使わなかったストーンウォールの魔法を改変し、石の鎖を親分くんの足元から生やして親分くんを拘束する。


「さて、と」


 怒鳴り声を上げる親分くんを尻目に、改めてチビちゃんに向き直る。

 さて、錬金術の基本には、物質分離という魔法がある。例えば、純度の低い鉄を、鉄と不純物に分ける精錬などに使われる魔法だが、これを応用すれば…………、


「物質分離!」


 チビちゃんと、チビちゃんを蝕む病魔を()()()()、チビちゃんから病気を取り除く。


 病気を除去し終わってから、弱っていたチビちゃんの身体に、錬金術の活性化を付与する。すると、苦しそうだったチビちゃんの表情が、幾分か和らぐ。


「ん、んぅ……」

「チビ!」

「「チビちゃん!」」


 活性化の効果により、チビちゃんはすぐに目を覚ます(活性化する)


 感動の再会を邪魔しては悪いと、わたしは親分くんの拘束を解いた。

 親分たちが弾かれたようにチビちゃんに縋り付くのと、チビちゃんが目を開けるのは、ほぼ同時だった。


「あれ……おや…びん……?」

「ああ、親分だ。心配かけさせやがって」

「よかったよぉ……チビちゃん!」

「うぇぇ……ひぐ……」


 抱き合って涙を零す三人。チビちゃんは一人だけキョトンとしていた。

 ひとしきり、感動の再会を味合わせた後、わたしはパンパンと手を叩いて注目を集めた。


「そろそろここを離れる。結構騒いだから、警備隊が近づいてきてる」

「あ、ああ。

 なあ、チビが良くなったの、ルミナのおかげだろ? ……ありがとよ。それに、疑うようなことして、悪かった……」

「ん。素直に謝れるのは、親分くんの良いところ」

「…………けっ」


 謝意を述べる親分くんをわたしが褒めると、親分くんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 ツンデレなの? 親分くんツンデレさんなの? 目付きの悪い男の子のツンデレに需要は無いと思うけど。


「あの、わたし達からも。お姉さん、助けてくれてありがとうございます」

「ひぐ……あ、ありがとう、ございます……ぅ」

「? おねーちゃん、ありがと?」


 双子の(たぶん)姉が礼儀正しくお礼を言うと、続いて、泣きっぱなしの妹と、よく分かっていないチビちゃんがお礼を言う。


「ん、どういたしまして。さあ、人が来る。行こ」


 わたしは親分くんたちを促して、路地裏の闇に紛れる。


(そういえば、証拠はちゃんと、残しておかないとね)


 わたしは遠隔操作で、さっき砂にした首輪を元の状態に修復する。

 これで、人攫いに捕まった被害者が逃げ出したという状況を、駆けつけてきた人に伝えることができる…………といいな。


 西門前が、多くの警備隊で大騒ぎになるのは、そのすぐ後のことだった。




 その後、路地裏を少し進んだところで親分くんたちとさよならしたわたしは、眠気と戦いながら、宿屋に戻った。


(あ、親分くんが一人で無双してたのと、チビちゃんを助けるのに夢中になってたせいで、ドラン商会の連中に()()し忘れてた。

 まあ、眠いし、楽しい楽しいお仕置きタイムは明日以降でいいか)


 ふわあ〜あ、とわたしはあくびを一つした。

 夜更かしは美容の敵だ。もし隈でもできていたら、ドラン商会の罪状に加算してやろうと決意する。


 宿に着いた時にはすでに、朝の日差しが顔を出していた。

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