表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

ドワーフ少女は海辺の町に到着する

①海辺の街の小さな戦争






「マーリン、あんまり離れるとはぐれる」

「キュウ!」


 結局、「キューベー」から何かを感じ取ったカーバンクルはその名前を嫌がり、「マーリン」で名前が落ち着いた。

 名前の由来は、カーバンクルの額にある、マリンブルー色の宝石から。

 マリンブルー→マリン→マーリン。

 わたしの兄さんが聞いたら、「安直だなあ」なんて言いそうだけど、わたしよりネーミングセンスの足りていない兄さんにだけは言われたくない。兄さんなら、もっと安直に「カーちゃん」とか付けていると思うから。

 素直にマリンにしなかったのは、好奇心旺盛な(どこかアホっぽい)あの子が、少しでも賢く育ってほしいと思ったから。マーリンというのは、とある賢者の名前なのだ。…………名前が駄洒落っぽいというのは言わないでほしい。


 ちょっと考え事をしている間に、マーリンはぴょんぴょんと草原を駆け回って、遠くまで行ってしまった。

 マーリンは草原に穴を見つけると、鼻をヒクヒク動かしながら、好奇心旺盛にその中を覗く。

 次の瞬間、穴から角の生えた兎が飛び出してきて、マーリンを狙う。最弱クラスの魔物の角兎ホーン・ラビットだ。


「キュウ!?」


 好奇心が強いくせに臆病な性格のマーリンは、泡を食って草原の向こうに逃げ出していった。マーリンを追い払ったホーン・ラビットは満足して穴の中に戻る。


「もう…………」


 わたしはつい、ため息を吐いてしまう。

 カーバンクルは、曲がりなりにも魔法が使える魔物。ホーン・ラビットくらい、簡単に倒せるはずなのに。

 うちの子は随分とへっぴり腰の弱虫ちゃんらしい。

 ともかく、このままではマーリンがどんどん遠くに行ってしまう。


「仕方ない。

 ~~~~♪」


 わたしは歌を歌って、マーリンの気を引くことにした。

 

「キュ?」


 わたしの歌に反応して、マーリンが耳をぴくりと動かし、振り返る。わたしは歌に魔力を乗せて、マーリンにこっちへ戻ってくるように呼びかけた。


「~~♪ ~~~~♪」

「キュ~♪」


 マーリンが歌に釣られて戻ってきたので、マーリンを抱きかかえて捕獲する。


「つかまえた」

「キュ!」

「もうすぐ街だから、離れちゃダメ」


 草原で街道を見つけたわたしたちは道なりに進んでいる。すでに、遠くには大きな街壁と、街に入るために並ぶ行列が見えていた。


「キュウ! キュウ!」


 捕まったマーリンは、不満そうに身体を動かす。


「ダメ。またどこか行っちゃうでしょ」

「キュ~!」


 そうじゃない~、とマーリンは首を横に振る。長い耳が左右に振り回されて、わたしの顎を撫でて、ちょっとくすぐったい。


「…………もしかして、歌が聞きたい?」

「キュ!」


 マーリンは「正解!」と言うように鳴く。

 余談だけど、さっきからマーリンの言っていることが分かるのは、従魔になったことで、わたしとマーリンはある程度の意思疎通ができるようになっているからだ。


「聞きたいなら、いいよ。

 ~~~~~~♪」

「キュキュ~♪」


 わたしの歌に合わせて、マーリンも身体を揺らしながら鳴き声を上げる。

 どうやらマーリンもわたしと同じで歌が好きらしい。歌好きの仲間ができたわたしは、上機嫌で歌いながら、街を目指すのだった。



 ▽△▽


 検問というのは、退屈な仕事だ。

 門番の男は、あくびをかみ殺して「次の方」と呼びかける。


 何度繰り返しても、終わりの見えない単純作業。

 そのくせ、街に不審人物や禁制品を入れてしまえば大変なことになるので、気を緩めることができない。それに、門番と言うのは街の顔だ。たるんだ姿など見せられるはずもない。


 兵士と言えば、魔物や悪党との切った張ったで街の人を守るかっこいい職業――――なんて思ってこの仕事に就いたのだけど、待っていたのは、退屈な検問作業と、書類仕事の山だけだ。

 最近はほとんど、まともに剣を振っていない。そのせいで、せっかく鍛えた剣の腕がどんどん鈍ってしまう。


(こんなことなら、冒険者にでもなるんだった)


 そう思っても、なかなか退職への踏ん切りがつかない。

 なにせ、兵士と言うのは給料がいいのだ。今の安定した生活を捨ててまで、剣を振るためだけに、その日暮らしの冒険者になれるか――――無理な話だ。

 それに、もし兵士から冒険者になったりすれば、もう二年も共に暮らしている彼女にも、愛想を尽かされてしまうかもしれない。結婚指輪だってようやく買えたのだ。こんなところでフラれたら、笑い話にもならない。


 せめて、検問の受付ではなくて、外で立っている先輩と仕事を変わって欲しいものだ。はじめは、「ずっと立っているのも辛いだろうから」と受付仕事を進めてくれて、良い先輩だと思っていたが、大間違いだった。

 何か門の外でもめごとが起こった時に、身体を動かすことができる門兵の仕事の方が、精神的にはずっと良さそうである。少なくとも、検問のルーチンワークで精神をすり減らされることは無いのだから。


 

「次の方」


 そうして、今日だけでもう百回以上繰り返した呼びかけをする。

 しかし、いつまでたっても、次の入街希望者は現れない。もしかして、自分が担当する今日の仕事は終わりだろうか? なら、今からでも素振りしに行こうか、と男は傍に立てかけてある木剣を掴もうとした。


「ねえ」


 その時、受付デスクの下から、声が聞こえた。どこから聞こえたのだろうかと疑問に思い、身体を乗り出して見てみると、綺麗な身なりをした十二歳くらいの白い髪の少女がいた。


(うわ、スゲー可愛い。褐色の肌……外国の貴族の娘とかか? 親かお付きの人はどこだ?)


 白のブラウスと紺色のスカート姿で、キャスケット帽をかぶった人形のように顔立ちの整った少女だ。

 腰くらいまである白い髪は絹糸のように艶やかで、淡い褐色の肌とのコントラストが美しい。アーモンドみたいな大粒の瞳はなんとなく眠たげで、驚くべきことに、左右の色が違う。右目が空色、左目が金色のオッドアイだった。

 少女は兎のカーバンクルを連れている。

 カーバンクルは餌代がかかるが、ペット用の従魔として人気で、ますます少女が良いところの御令嬢であることをうかがわせる。


「通ってもいい?」


 男が固まっていると、少女はてくてくと街の中に入ろうとするので、男は慌てて少女を呼び止めた。


「待った待った! 嬢ちゃん、まずは先に身分確認しないと。

 それより、嬢ちゃんの親か従者はどこだい?」

「忘れてた。…………いつもは兄さんが済ませてたんだっけ。

 あと、わたしは見ての通り一人」

「一人!? 嬢ちゃん、どうやってここまで来たんだい?」

「黒りゅ……歩いてきた」

「歩いて!?」


 男は素っ頓狂な声を上げる。なにしろ、一番近い町でも、大人の足で二日以上の距離にある。それに、街の外には野生動物や魔物、果てには盗賊なんかがうろついている。

 何の装備も持たない少女がひとりで出歩ける場所ではない。


 仮に、ひとりでここまで来たのだとしても、この少女をはたしてこのまま通していいものかと悩む。

 見た目からして、やんごとなき方である可能性が高く、従者もいないことから、家出してきたのだとも考えられる。ならば、この子をここで保護した方が賢明ではなかろうか?

 少なくとも、ここで素通りさせて、後々問題が生じるよりは良さそうな気がする。


(いや、でも。もし反感を買って、この子が家に帰ってからこの子の親にでも告げ口されたら、平民の俺程度ぷちっと……なんてことも。ああ、どうすればいいんだ!)


 悩んだ末、男は一つの結論に辿り着く。そうだ、丸投げしよう、と。


「ええと、お嬢ちゃん。ここは平民用の門だから、貴族のお嬢ちゃんは隣の門から手続してくれるかな?」


 貴族の娘は、貴族係にお任せ。そう思いつき、少女を隣の門に誘導しようとする男だったが、


「ん。問題無い。わたしは平民だから」

「…………」


 どう見ても平民っぽくない少女はそう言った。

 本当にどうしよう…………と視線を彷徨わせると、門兵の先輩と視線が合った。先輩は視線で「通してしまえ、問題無い」と語りかけてくる。

 男はもはや自分ではどうすべきか決めかねていたので、何かあったら先輩を恨みます、と視線で伝えると、一般的な入街手続きをすることにした。


「じゃあ、手続きをするが、何か身分証明できるものを提示してくれ」

「ちょっと待って」


 そう言って、少女はポケットの中を弄り、一枚の金属プレートを取り出した。

 …………どう見ても、小さなポケットに入る大きさのプレートではなかったが、いちいちツッコんでいたら、どんな藪蛇になるのか分からないので、男は気付かないふりをした。


 男がプレートを確認すると、プレートは見慣れた冒険者カードや自国の住民票、貿易許可証などではなかった。金属プレートに掘られていたのは少女の名前、平民の身分と、教会の聖印だった。

 教会の聖印は巡礼者などのために使われ、教会がその身分を保証していることを意味する。聖印がある身分証明証があれば、ほとんどの国に自由に出入りできる。要するに、冒険者カードの教会版みたいなものである。


「では、これからいくつか質問をする。

 まずは、名前を答えてくれ」

「ルミナ」

「年齢は?」

「十八歳」

「十八……?」


 男は疑問に思ったが、プレートにも確かに十八歳だと書かれていた。


(あれ、おかしくないか? こういうのって普通、年齢じゃなくて生年月日を書くはずだろう? けど、このプレートには年齢が書かれてる? …………いや、これが教会流なのか?)


 そこまで考えて、男はめんどくさくなり、次の質問に移った。教会の聖印は間違いなく本物なのだから、偽造ということもあるまい。


「ええと、じゃあこの街に来た目的は?」

「鍛冶師修行の旅の途中」


 鍛冶師? と男は首を傾げた。この小さな少女が、重たい鎚を振るうことなどできなさそうだが。


「わたしはドワーフ」

「ああ、なるほど!」


 ようやく、男はいろいろと合点がいった。

 可憐な容姿に騙されていたが、少女は成人でも背の低いドワーフで、見た目よりもずっと大人なのだ。


 ドワーフはその大半が大酒飲みで、ビール腹――つまり、男も女もころころと丸っこい肥満体質なのだ。

 しかし、この少女はあまり酒を飲まないのか、少女然とした姿だ。

 男はすっかりと勘違いしていたが、どうやら先輩は少女がドワーフだと見抜いていたらしい。


 というか、貴族の令嬢が街の外からひとりでやってくるよりも、体力の高いドワーフの少女がひとりでやってきたと考える方がよほど自然である。それに、この辺りにはドワーフがほとんど来ないので忘れていたが、少女の淡い褐色の肌は、ドワーフの特徴の一つだ。


「では、質問を続けるが、そこのカーバンクルは従魔かい?」


 男に指差されたカーバンクルは、臆病な性格なのか、「キュキュ!?」と慌てて少女の後ろに隠れた。


「そう」

「滞在予定日数は?」

「一週間くらい休んで、出発する」

「うん、質問は以上だ。次に、入街料として銀貨一枚を払ってくれ」

「現金の持ち合わせがないから、持ち物を換金してもらえる?」

「では、鑑定士を呼ぼう」


 男が鑑定士の爺さんを呼ぶと、少女はポケットから赤い宝石を取り出した。

 爺さんの鑑定によれば、宝石は金貨五枚の値打ち(五十万アリス)で、少女には入街料と手数料を差し引いた金額が支払われた。それから、忘れないように、身分証明証が返却される。


「あと、一週間の通行許可証だ。これを見せれば、所用で街の外に出ても、一週間以内なら街にタダで入ることができる」

「分かった。もう入っていい?」

「ああ。ようこそ、海辺の街オーゼアへ」

 





 男は少女の後ろ姿を見送りながら、先輩に話しかけた。


「先輩、流石ですね」

「何が?」

「よくあの子がドワーフだって分かりましたよね」


 この辺にはドワーフなんてほとんどいなくて、おまけにドワーフと言えばまるまるコロコロしているという先入観があるのに、よく初見で見破れたものである。伊達に、長いこと門番をしていないというわけだろうか?


「ああ、そのこと。なに、簡単なことさ」

「というと?」

「俺もあの子を貴族用の門に誘導しようとして、ドワーフだって教えてもらっただけだ」

「おい。ちょっと先輩のこと見直した俺の尊敬の心を返せ!」




元ネタ

・マーリン……アーサー王伝説の賢者様。あと、世○樹Xの宿屋の飼い猫。

・カーちゃん……ぷよ○よのカ○くん。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ