ドワーフ少女は海辺の町に到着する
①海辺の街の小さな戦争
「マーリン、あんまり離れるとはぐれる」
「キュウ!」
結局、「キューベー」から何かを感じ取ったカーバンクルはその名前を嫌がり、「マーリン」で名前が落ち着いた。
名前の由来は、カーバンクルの額にある、マリンブルー色の宝石から。
マリンブルー→マリン→マーリン。
わたしの兄さんが聞いたら、「安直だなあ」なんて言いそうだけど、わたしよりネーミングセンスの足りていない兄さんにだけは言われたくない。兄さんなら、もっと安直に「カーちゃん」とか付けていると思うから。
素直にマリンにしなかったのは、好奇心旺盛なあの子が、少しでも賢く育ってほしいと思ったから。マーリンというのは、とある賢者の名前なのだ。…………名前が駄洒落っぽいというのは言わないでほしい。
ちょっと考え事をしている間に、マーリンはぴょんぴょんと草原を駆け回って、遠くまで行ってしまった。
マーリンは草原に穴を見つけると、鼻をヒクヒク動かしながら、好奇心旺盛にその中を覗く。
次の瞬間、穴から角の生えた兎が飛び出してきて、マーリンを狙う。最弱クラスの魔物の角兎だ。
「キュウ!?」
好奇心が強いくせに臆病な性格のマーリンは、泡を食って草原の向こうに逃げ出していった。マーリンを追い払ったホーン・ラビットは満足して穴の中に戻る。
「もう…………」
わたしはつい、ため息を吐いてしまう。
カーバンクルは、曲がりなりにも魔法が使える魔物。ホーン・ラビットくらい、簡単に倒せるはずなのに。
うちの子は随分とへっぴり腰の弱虫ちゃんらしい。
ともかく、このままではマーリンがどんどん遠くに行ってしまう。
「仕方ない。
~~~~♪」
わたしは歌を歌って、マーリンの気を引くことにした。
「キュ?」
わたしの歌に反応して、マーリンが耳をぴくりと動かし、振り返る。わたしは歌に魔力を乗せて、マーリンにこっちへ戻ってくるように呼びかけた。
「~~♪ ~~~~♪」
「キュ~♪」
マーリンが歌に釣られて戻ってきたので、マーリンを抱きかかえて捕獲する。
「つかまえた」
「キュ!」
「もうすぐ街だから、離れちゃダメ」
草原で街道を見つけたわたしたちは道なりに進んでいる。すでに、遠くには大きな街壁と、街に入るために並ぶ行列が見えていた。
「キュウ! キュウ!」
捕まったマーリンは、不満そうに身体を動かす。
「ダメ。またどこか行っちゃうでしょ」
「キュ~!」
そうじゃない~、とマーリンは首を横に振る。長い耳が左右に振り回されて、わたしの顎を撫でて、ちょっとくすぐったい。
「…………もしかして、歌が聞きたい?」
「キュ!」
マーリンは「正解!」と言うように鳴く。
余談だけど、さっきからマーリンの言っていることが分かるのは、従魔になったことで、わたしとマーリンはある程度の意思疎通ができるようになっているからだ。
「聞きたいなら、いいよ。
~~~~~~♪」
「キュキュ~♪」
わたしの歌に合わせて、マーリンも身体を揺らしながら鳴き声を上げる。
どうやらマーリンもわたしと同じで歌が好きらしい。歌好きの仲間ができたわたしは、上機嫌で歌いながら、街を目指すのだった。
▽△▽
検問というのは、退屈な仕事だ。
門番の男は、あくびをかみ殺して「次の方」と呼びかける。
何度繰り返しても、終わりの見えない単純作業。
そのくせ、街に不審人物や禁制品を入れてしまえば大変なことになるので、気を緩めることができない。それに、門番と言うのは街の顔だ。たるんだ姿など見せられるはずもない。
兵士と言えば、魔物や悪党との切った張ったで街の人を守るかっこいい職業――――なんて思ってこの仕事に就いたのだけど、待っていたのは、退屈な検問作業と、書類仕事の山だけだ。
最近はほとんど、まともに剣を振っていない。そのせいで、せっかく鍛えた剣の腕がどんどん鈍ってしまう。
(こんなことなら、冒険者にでもなるんだった)
そう思っても、なかなか退職への踏ん切りがつかない。
なにせ、兵士と言うのは給料がいいのだ。今の安定した生活を捨ててまで、剣を振るためだけに、その日暮らしの冒険者になれるか――――無理な話だ。
それに、もし兵士から冒険者になったりすれば、もう二年も共に暮らしている彼女にも、愛想を尽かされてしまうかもしれない。結婚指輪だってようやく買えたのだ。こんなところでフラれたら、笑い話にもならない。
せめて、検問の受付ではなくて、外で立っている先輩と仕事を変わって欲しいものだ。はじめは、「ずっと立っているのも辛いだろうから」と受付仕事を進めてくれて、良い先輩だと思っていたが、大間違いだった。
何か門の外でもめごとが起こった時に、身体を動かすことができる門兵の仕事の方が、精神的にはずっと良さそうである。少なくとも、検問のルーチンワークで精神をすり減らされることは無いのだから。
「次の方」
そうして、今日だけでもう百回以上繰り返した呼びかけをする。
しかし、いつまでたっても、次の入街希望者は現れない。もしかして、自分が担当する今日の仕事は終わりだろうか? なら、今からでも素振りしに行こうか、と男は傍に立てかけてある木剣を掴もうとした。
「ねえ」
その時、受付デスクの下から、声が聞こえた。どこから聞こえたのだろうかと疑問に思い、身体を乗り出して見てみると、綺麗な身なりをした十二歳くらいの白い髪の少女がいた。
(うわ、スゲー可愛い。褐色の肌……外国の貴族の娘とかか? 親かお付きの人はどこだ?)
白のブラウスと紺色のスカート姿で、キャスケット帽をかぶった人形のように顔立ちの整った少女だ。
腰くらいまである白い髪は絹糸のように艶やかで、淡い褐色の肌とのコントラストが美しい。アーモンドみたいな大粒の瞳はなんとなく眠たげで、驚くべきことに、左右の色が違う。右目が空色、左目が金色のオッドアイだった。
少女は兎のカーバンクルを連れている。
カーバンクルは餌代がかかるが、ペット用の従魔として人気で、ますます少女が良いところの御令嬢であることをうかがわせる。
「通ってもいい?」
男が固まっていると、少女はてくてくと街の中に入ろうとするので、男は慌てて少女を呼び止めた。
「待った待った! 嬢ちゃん、まずは先に身分確認しないと。
それより、嬢ちゃんの親か従者はどこだい?」
「忘れてた。…………いつもは兄さんが済ませてたんだっけ。
あと、わたしは見ての通り一人」
「一人!? 嬢ちゃん、どうやってここまで来たんだい?」
「黒りゅ……歩いてきた」
「歩いて!?」
男は素っ頓狂な声を上げる。なにしろ、一番近い町でも、大人の足で二日以上の距離にある。それに、街の外には野生動物や魔物、果てには盗賊なんかがうろついている。
何の装備も持たない少女がひとりで出歩ける場所ではない。
仮に、ひとりでここまで来たのだとしても、この少女をはたしてこのまま通していいものかと悩む。
見た目からして、やんごとなき方である可能性が高く、従者もいないことから、家出してきたのだとも考えられる。ならば、この子をここで保護した方が賢明ではなかろうか?
少なくとも、ここで素通りさせて、後々問題が生じるよりは良さそうな気がする。
(いや、でも。もし反感を買って、この子が家に帰ってからこの子の親にでも告げ口されたら、平民の俺程度ぷちっと……なんてことも。ああ、どうすればいいんだ!)
悩んだ末、男は一つの結論に辿り着く。そうだ、丸投げしよう、と。
「ええと、お嬢ちゃん。ここは平民用の門だから、貴族のお嬢ちゃんは隣の門から手続してくれるかな?」
貴族の娘は、貴族係にお任せ。そう思いつき、少女を隣の門に誘導しようとする男だったが、
「ん。問題無い。わたしは平民だから」
「…………」
どう見ても平民っぽくない少女はそう言った。
本当にどうしよう…………と視線を彷徨わせると、門兵の先輩と視線が合った。先輩は視線で「通してしまえ、問題無い」と語りかけてくる。
男はもはや自分ではどうすべきか決めかねていたので、何かあったら先輩を恨みます、と視線で伝えると、一般的な入街手続きをすることにした。
「じゃあ、手続きをするが、何か身分証明できるものを提示してくれ」
「ちょっと待って」
そう言って、少女はポケットの中を弄り、一枚の金属プレートを取り出した。
…………どう見ても、小さなポケットに入る大きさのプレートではなかったが、いちいちツッコんでいたら、どんな藪蛇になるのか分からないので、男は気付かないふりをした。
男がプレートを確認すると、プレートは見慣れた冒険者カードや自国の住民票、貿易許可証などではなかった。金属プレートに掘られていたのは少女の名前、平民の身分と、教会の聖印だった。
教会の聖印は巡礼者などのために使われ、教会がその身分を保証していることを意味する。聖印がある身分証明証があれば、ほとんどの国に自由に出入りできる。要するに、冒険者カードの教会版みたいなものである。
「では、これからいくつか質問をする。
まずは、名前を答えてくれ」
「ルミナ」
「年齢は?」
「十八歳」
「十八……?」
男は疑問に思ったが、プレートにも確かに十八歳だと書かれていた。
(あれ、おかしくないか? こういうのって普通、年齢じゃなくて生年月日を書くはずだろう? けど、このプレートには年齢が書かれてる? …………いや、これが教会流なのか?)
そこまで考えて、男はめんどくさくなり、次の質問に移った。教会の聖印は間違いなく本物なのだから、偽造ということもあるまい。
「ええと、じゃあこの街に来た目的は?」
「鍛冶師修行の旅の途中」
鍛冶師? と男は首を傾げた。この小さな少女が、重たい鎚を振るうことなどできなさそうだが。
「わたしはドワーフ」
「ああ、なるほど!」
ようやく、男はいろいろと合点がいった。
可憐な容姿に騙されていたが、少女は成人でも背の低いドワーフで、見た目よりもずっと大人なのだ。
ドワーフはその大半が大酒飲みで、ビール腹――つまり、男も女もころころと丸っこい肥満体質なのだ。
しかし、この少女はあまり酒を飲まないのか、少女然とした姿だ。
男はすっかりと勘違いしていたが、どうやら先輩は少女がドワーフだと見抜いていたらしい。
というか、貴族の令嬢が街の外からひとりでやってくるよりも、体力の高いドワーフの少女がひとりでやってきたと考える方がよほど自然である。それに、この辺りにはドワーフがほとんど来ないので忘れていたが、少女の淡い褐色の肌は、ドワーフの特徴の一つだ。
「では、質問を続けるが、そこのカーバンクルは従魔かい?」
男に指差されたカーバンクルは、臆病な性格なのか、「キュキュ!?」と慌てて少女の後ろに隠れた。
「そう」
「滞在予定日数は?」
「一週間くらい休んで、出発する」
「うん、質問は以上だ。次に、入街料として銀貨一枚を払ってくれ」
「現金の持ち合わせがないから、持ち物を換金してもらえる?」
「では、鑑定士を呼ぼう」
男が鑑定士の爺さんを呼ぶと、少女はポケットから赤い宝石を取り出した。
爺さんの鑑定によれば、宝石は金貨五枚の値打ち(五十万アリス)で、少女には入街料と手数料を差し引いた金額が支払われた。それから、忘れないように、身分証明証が返却される。
「あと、一週間の通行許可証だ。これを見せれば、所用で街の外に出ても、一週間以内なら街にタダで入ることができる」
「分かった。もう入っていい?」
「ああ。ようこそ、海辺の街オーゼアへ」
男は少女の後ろ姿を見送りながら、先輩に話しかけた。
「先輩、流石ですね」
「何が?」
「よくあの子がドワーフだって分かりましたよね」
この辺にはドワーフなんてほとんどいなくて、おまけにドワーフと言えばまるまるコロコロしているという先入観があるのに、よく初見で見破れたものである。伊達に、長いこと門番をしていないというわけだろうか?
「ああ、そのこと。なに、簡単なことさ」
「というと?」
「俺もあの子を貴族用の門に誘導しようとして、ドワーフだって教えてもらっただけだ」
「おい。ちょっと先輩のこと見直した俺の尊敬の心を返せ!」
元ネタ
・マーリン……アーサー王伝説の賢者様。あと、世○樹Xの宿屋の飼い猫。
・カーちゃん……ぷよ○よのカ○くん。