ドワーフ少女は旅を始める
ロリっ娘主人公の新作です。よろしくおねがいします
惜しげも無く降り注ぐ陽光が、純白の浜辺をキラキラと輝かせている。
時折、思い出したように優しく揺れるヤシの木の根元に開いた穴から、一匹の小型魔物が姿を現した。
海兎。額に蒼い宝石を持った、宝石獣の一種である。
ぴょん、と長い耳を、潮騒の音と共にひくひく動かし、周囲を警戒しながら巣穴を出た海兎は、後ろ足で立ち上がり、不思議そうに海の向こうをじっと見つめる。
その視線の先、水平線の彼方には、青くかすむ大きな影が見える。
それは、世界樹。樹のように見えるが、その実、それは巨大な岩山であり、また、一つの鉱物生命体である。
絶海の孤島にありながら、遥か彼方の大陸より見ることのできるその大樹は、あるいは神樹と呼ばれている。世界樹は、女神が創り給うたこの世界を支え、維持しているとされるが…………魔物であるシー・ラビットには知る由もないことである。
シー・ラビットにとって、重要なことは、別にある。
世界樹の方角から、大きくて、ゆったりとした羽ばたきが、海の音に混じって聞こえてくるのだ。そして、それに合わせるように、鈴のように澄んだ歌声も……。
シー・ラビットの耳は、半径十キロメートルのあらゆる音を聞き逃さないほど優秀だが、その耳の性能に反して、目はそこまでよくない。
巣の中で、聞き慣れない音を聞きつけたシー・ラビットは、その正体を確かめるために、海の向こうをじっと見つめていたのだが――――。
青一色の空に浮かぶ小さな点が、シー・ラビットのいる浜辺に近付いてくることに気付いた。目を細め、黒い点を凝視するシー・ラビット。
「――――キュウ!?」
そして、シー・ラビットはその正体の余りの恐ろしさに、まさしく「脱兎」となり巣穴に駆け込んだ。
黒い点は、黒竜だったのだ。
黒光りする鱗は黒曜石の様であり、壮麗なる姿は心震えるほどに神々しい。
竜はしかし、美しいだけの生物ではない。その爪はあらゆるものを引き裂き、魔法ブレスはすべてを消し炭にする。
そんな、空と大地の支配者たる最強生物に対して、珍しいだけでそんなに強くない……むしろよわっちい部類のシー・ラビットができることといえば、巣穴に逃げ込んで、プルプルと震え隠れることくらいだった。
慌てて巣穴にとんぼ返りしたシー・ラビットは、だからこそ、その時はまだ気付いていなかった。
「~~~~♪」
――――黒竜の背中に、小さな白い人影が、ちょこんと座って、楽しそうに歌っていることに。
▽△▽
「ん。ここでいい」
わたしは竜の首をぽんぽんと叩いて、眼下に広がる砂浜に着地してもらうことにした。
「グルル~」
「わわっ」
黒竜の力強い羽ばたきで砂が巻き上げられて、反射的に目を瞑る。
「グル?」
「ぺっぺ、口の中がじゃりじゃり……」
地鳴りを立てて着陸した黒竜は、どうしたのだろうと振り返った。
わたしは、「大丈夫、なんでもない」と答えながら、頭を低くした黒竜の首を、滑り台みたいに滑って、砂浜に降りた。
砂まみれになった服を軽く叩いて、ついでに髪の毛も払う。わたしの髪は砂浜と同じ白色なので見た目にはよく分からないが、砂と潮風のせいで、とても不快なことになっている。
街に着いたら、真っ先にお風呂に入って、汚れを流し落としてしまいたいところだ。
「ガウ」
「ああ、ごめん。忘れてたわけじゃない」
黒竜が、わたしの背中をつっついてきた。
その目はどこか物欲しそうな期待に満ちている。黒竜が求めているのは、わたしをここまで運んできたことに対する運賃。
誇り高い黒竜は、本来決して人を背中に乗せないのだけれど、今回は特別に、わたしをこの大陸まで乗せてきてくれることになった。それは、わたしが黒竜が「人を乗せてもいい」と思えるような報酬を払うことが可能だからだ。
「ちょっと待って」
わたしはどうどう、と黒竜を制して、足元に手をかざした。わたしの手から、砂浜に魔力が流れ込むのを見ながら、黒竜は「待て」を指示されたわんこのように、尻尾をふりふり、待機する。
(こうして見ると、竜もかわいい。義姉さんの趣味も分からなくないかも)
竜は人々にとっては、力の象徴であり、畏れとともに語られる存在。
実際、十五メートル近くの巨体は、身じろぎするだけで小さなわたしの身体なんてぺちゃんこにしてしまいそうな迫力がある。
だけど、おとなしくお座りして、「まだかな、まだかな」とわたしのことを見つめる黒竜は、なんとも庇護欲のそそられる可愛さがあるから不思議だ。
そんなことを考えつつ、わたしは魔法で地中から五つほどの岩を掘り起こす。
「これくらい?」
「ガウ」
黒竜は首を横に振った。
「もっと? 持って帰れる?」
「グル!」
今度は、縦に首を振った。
(あんまり欲張って、帰り道で落として泣かなければいいけど……)
まあ、持てるというなら、いいのだけれど。
わたしは、追加でもう三つ、岩を掘り起こして、合計八つの岩塊に、魔法をかける。
「永久変換」
わたしがそう唱えると、八つの岩は、それぞれ宝石に変化する。ダイヤモンド、ルビー、サファイア……さまざまな色の宝石が、太陽の光を反射して白い砂浜をカラフルに照らす。
それらの宝石は、待っていましたとばかりに腕を突き出す黒竜の手の中に納まった。
「グルル~♪」
黒竜は嬉しそうに一鳴きした。自然には見つかりえない巨大な宝石に、ご満悦の様子。
「喜んでもらえてよかった」
嬉しそうな様子を見て、わたしもなんだか嬉しくなる。自分の作った物が喜ばれるのは、「錬金鍛冶師」冥利に尽きる。
黒竜は宝石が大好きだ。それこそ、宝石のためなら、誇りを心の棚にしまって、人を背に乗せていいと思うほどに。
なので、物質を半永久的に別の物質に変換する「永久変換」の錬金術が使えるわたしにとって、彼らは便利な運び屋になってくれる。…………物欲に釣られる黒竜の誇りって、大丈夫かなって思いもするけど。
「グルル」
黒竜はわたしの身体に顔を擦りつけて、感謝の意を伝えると、一歩離れて、翼にぐっと力を込める。
そして、次の瞬間。黒竜が翼を振り下ろすと、爆発したような風圧と共に、竜が飛び上がる。
「わぷ……っ!?」
身体の小さなわたしは風圧に耐え切れず、尻餅をついてしまった。あと、せっかく払った砂埃を再び頭から被って、全身真っ白に……。オフロハイリタイ……。
「グルル~」
黒竜は数秒ホバリングして、身体をくるっと反転させると、青い空と海の境界線に向けて、飛び去った。
「…………わたしもそろそろ行こ」
次第に見えなくなる黒竜を見送って、わたしは立ち上がる。それから、風で地面に落ちたキャスケット帽をかぶり直す。
目指すは、さっき黒竜の背中から見えていた街。歩きで数時間足らずで着くと思う。
わたしはキラキラ輝く海に背を向ける。その時。
「キュゥ~」
「?」
ふと、足元に白い塊が寄ってきていることに気付いた。
白い身体で、長い耳。額に小さな水色の宝石。
「カーバンクル? 兎型? めずらしい」
わたしが知っているカーバンクルは、猫型だけだ。この大陸では、カーバンクルは兎型なのかな?
カーバンクルは、まるで甘えるように、おねだりするように、わたしの足元に身体を擦り擦りする。
「姿は違っても、生態は同じかな?」
わたしはその辺の石ころを拾って、宝石に「永久変換」する。
そして、「それちょうだい!」と熱視線を照射するカーバンクルの口元に宝石を差し出すと、カーバンクルはパクリ、と宝石を呑みこんでしまう。
普通の動物なら、「ぺっしなさい! ぺっ」と慌てなければいけないが、この子はカーバンクルだから問題無い。カーバンクルの主食は鉱物なのだ。
そしてカーバンクルは、宝石を好物にしている個体が多い。
……………………鉱物だけに。
きっとこの子は、わたしが黒竜に宝石をあげているのを見て、自分も宝石がもらえるかも! なんて思って寄ってきたのだと思う。野性のくせして、ちょっと警戒心が足りないというか、なんというか……。
「キュウ♪ キュウ♪」
宝石を食べたカーバンクルは、喜びを表現しているのか、ぴょんぴょんと足元を跳ね回って、とてもかわいらしい。
ひとしきり喜びの舞を踊り終えると、カーバンクルはつぶらな瞳でわたしを見つめる。いわゆる、「仲間になりたそうにこちらを見つめている」というやつだ。
「わたしと一緒に来る?」
「キュウ!」
「そう……。いいよ。
旅は一人より、二人の方が楽しいから」
わたしはカーバンクルに微笑みかけて小さな体を抱き上げた。うろ覚えの従魔契約の魔法を唱えると、すんなりと契約が成立した。
「もふもふ。けど、埃っぽいから、街に着いたらあなたもお風呂」
「キュウ~♪」
意味は分かってなさそうだけど、カーバンクルは楽しそうに返事した。
「じゃあ、出発」
わたしはカーバンクルを抱えたまま、砂浜から草原に向けて、歩き出した。
草原に足を踏み入れると、一陣の風がサァーっと駆け抜け、わたしの白い髪を優しく揺らした。
暖かな日差しが、わたしの――わたしたちの旅の始まりを優しく見守ってくれているようだった。
「そういえば、あなたの名前を決めないと」
「キュウ!」
「んー、キュウキュウ鳴くから、キューべーなんてどう?」
「キュウ……」
元ネタ
・世界樹……モデルはポケ○ンの世○のはじまりの樹
・仲間になりたそうにこちらを見つめている……ドラ○エ
・キューベー……まど○ギ。キュウ○え