十四、裁魔の踊る時
◆◆◆
シャキーラとルーフスが満足そうにしているのを見ながら、自分は焦っていた。
ユーモレックスとやらの、裁魔が始まる。
それは、異端審問会のようなものか?
魔法使いは、ステラミラよりも上位なのか?
石の力が必要かもしれない。
買い足した方が良いだろうか。
〈まあ、そんニャに心配することは無いニャ。ユーモレックスサマはお立場上、できることをやるしか無いニャ。悪いようにはしないニャン。逆らわずにそのまま流れを受け入れるニャンね。〉
シャキーラに釘を刺されたのか?
「……それは。すでに、裁魔の結果は決まっていて、筋書き通りに事を運べば、終わるという事でしょうか?」
〈ウィルディス、勘が良いニャンね。悪いようにはしないニャン?流れに身を任せて過ごすのも、悪くニャイにゃん?〉
決まった筋書き、誰かの思惑。
それに乗れと言うのだろう。
所詮は三次元の、低次元の存在。
ステラミラの標本人形として、筋書きに乗るのもアリなのだろう。
だが、それだと、ステラミラの青い眼は手に入らない。
ずっとずっと、欲しくて仕方のない青い石。
これは、好機かもしれない。
〈ニャンだか、エルレウスは悪い顔してるニャンね?どうなっても、知らニャイにゃんよ?〉
シャキーラの声が耳を通り抜けていく感じがした。
自分は悶々としつつウィルディスと別れ、ルーフスをマンションへ送り、また買い物に出た。
目的は石屋だ。
オニキス、ヘマタイト、漆黒の安定、勝利へと導く石。
勝利?
そうだ。自分の勝利。
ずっとずっと、青い石に触れていること。
✴︎✴︎✴︎
眠ると、また夢を見た。
母親が一方的に話すことに相槌を打つ。
ただただ、うん、わかった、と。
夢は現実を知る手段の一つ。
繋がりを意識できる場。
わたしたちの脳が持つ、本能的なシステムの、それぞれの正解たち。
多くの人々が創り出した共通認識。
世界を理解するための神話。
名前をラベルに書いて貼り出す作業。
あなたのほんとうの名前を、見つけ出すこと。
標本化は引き上げるの。
実験体を、上の次元に。
うん、わかった。母さん。
みんな、産まれる前にお腹の中で知っていた。
生まれた時に忘れるんだね。
◆◆◆
翌朝になった。
ステラミラの魔導空間は、蜂蜜のようにトロリとした魔導に覆われている。
それに加え、シャキーラのマタタビの粉による魔導が振りかけられている。
簡単に着替えと朝食を済ませ、ウィルディスとルーフスに声をかけた。
VR空間内の、マンションとマンションの間にある、樹木のゾーン。憩いの広場へ出る。
〈おはようニャン! よく眠れたニャンね?〉
いつもの躑躅色の猫型の何かは、ふよふよと浮いていた。
いつもと違うところは、葡萄色のマントを着けているところだろうか。
「おはようシャキーラ! よくねたよ~。」
「……まあまあ、ですね。その恰好はなんですか?」
「そのマント、渦巻き型の、金バッジが付いているな。」
〈裁魔の正式コーデにゃん。さてさて、そろそろお出ましニャン?〉
シャキーラが恭しく仰ぐ。
上空の光が、柔らかくこちらを照らす。
ガラスドームの影が映る。
透明球内のVR空間のはずが、音も無く、演劇の場面が切り替わるように世界が、空間が変わった。
いつの間にかそこは、ゆらゆらと色が変わる、どこか見たことがあるような、法廷へと変わっていた。
〈魔導法廷の出現ニャ!〉
シャキーラが興奮して叫ぶ。
と、空間に人が現れた。
檳榔子黒のロングコートのようなマントに、紫黒の長い服を着ている。
仮面を付け、顔が見えない。マントの丈から背は高く見える。
〈魔法使いユーモレックスサマニャ!〉
どうやら、彼が魔法使いらしい。
自分とウィルディスとルーフスは、先ほどからこの場に圧倒され、動けずにいる。
魔導法廷の傍聴席には、いくつもの影が動く。織り成す影絵達からは、おそらく聴衆だろう声がする。
――太陽系が老朽化、魔導士は回転の揺らぎと速度から、止まる推測を――
――少なくとも三億人は……月に住んでいる予定……――
――老朽化前に火星に行ける生命体もいたはずでは――
――だが出来なかった――
――魔元素の無い……実験体――
騒めきの中、意味のある言葉が漏れて聞こえる。
この空間で、自分たちは声も出すことができない。
気付くとステラミラが傍にいる。
葡萄色の三角帽、合わせた葡萄色のマント、渦を巻く金色のバッジ。
〈三人とも魔主人サマの保護を受けてるから、大丈夫ニャ〉
シャキーラが言うが、自分たちはうなずくこともできず、魔導法廷内の中心にいる。
ユーモレックスが一番高い位置にある、裁判官の席に着き、先端が渦を巻いた杖を振る。
『傾聴! 脈動オーロラのために、魔導旋律を唱和せよ!』
魔導法廷にいる聴衆の、歌う声が聞こえた。
朗々と響き渡る不思議な歌声が、流れるような旋律を生み出す。
意味のわからない言語による、不可思議なメロディー。
歌が終わり、余韻の中、興奮した聴衆が声を上げる。
[[裁魔!裁魔!裁魔!]]
ーー目の前がぐらりと揺れ、自分達は宙に浮いていた。
『ご静粛に!』
細かな粒子が空から降る。
『あれは宇宙塵。魔素の芥』
ステラミラのささやき声
魔元素? 視えるのか?
ねじれた空間、たゆたう意識。
緑と赤のまばゆい点滅。
光過敏性発作の誘引。
ルミネッセンスの鉱物蛍光。
聴衆は光る粒のざわめき。
蜂蜜色の魔導が視える。
――歌。詩。うた。
多過ぎて目詰まりする、情報の羅列。
螺旋に巻かれた三本の糸。
あお、みどり、あか。
これは、自分たちの色?
『謹聴! この裁定を終わらせるのだ』
裁判官が再び杖を振る。
静まり返る場、響く声。
『ステラミラ、其方は違法手段をとった。間違いないな。』
『憲章に違反はしておりませぬ。
全てはこの地の魂を救うためでございます。』
『いいや、違う。標本体は三重螺旋の持ち主と知りながら、三体しか作り出していない。』
『それこそが重要なのです。三重螺旋を三体。三を三、集めたのです。』
『乗ずるとても言うのか? シャキーラ、証言せよ。』
〈かしこまりました、ユーモレックスサマ! 発言をお許しください、ニャ〉
〈シャキーラは、魔主人サマと契約中の身でありながら、お諌めいたしました。 しかしながら、標本:ルーフスを実験体とするため、この区域の、この魂に見合う石を用い、標本化いたしました。 そうです、彼女は強制的に標本となったのですニャ!〉
[[裁魔!裁魔!裁魔!]]
傍聴席の喧騒が大きくなる。
[[螺旋の力を回せ!]]
『裁魔! 憲章違反により、ステラミラの右眼の剥奪! ステラミラには標本実験の継続を命ずる!』
ユーモレックスが裁決を下すと、ステラミラの身体が、魔元素の渦に捕まる。
ユーモレックスが彼女に杖を向け、ステラミラに渦が、螺旋を描いて向かっていく。
魔元素の光が強まる。
オパールの遊色のような、シャボン玉の表面のような。真珠層の薄淡い虹の色の光。
ふっと光が収まり、自分が手に入れたい、最高の石が、月から見た地球のような光を放つ。
ステラミラの右眼。青い宝石。
蘭銅鉱の、ラタナキリブルーの、碧と青。
星を閉じ込めた、宇宙そのもの。
ステラミラは、うっすらと微笑んでいた。
ーー右眼を剥奪されて。




