07.気分はデート
戦闘は長い時間に渡って続いていた。
ユイは余裕の表情で次々に現われるモンスターを倒していく。
僕は魔力障壁に守られている安心感から、のんびり戦利品を回収していた。
それにしても……どうしてこんな大量のモンスターが現れるんだ?
ユイが大丈夫そうな時に話しかけてみようか。
「ねえユイ、戦いっぱなしだけど大丈夫なの? 一旦引いて休憩した方が……」
「あ、そうですね……。ではそうしますので、少しお待ちください」
「え? うん……」
すると……何故か急にモンスターが現れなくなった。
近くにいた数匹の狼をユイが斬り倒し、あたりは静かになる。
「ではご主人様。休憩をさせていただきますね。あ、そこの石に座れるのではないでしょうか。どうぞ座ってください」
「あ、うん……」
とりあえず座ってから説明してもらおう。
でも……ここはやはりレディーファースト。
この石は2人ならぎりぎり座れそうだ。
僕は手持ちのタオルを石の半分に置いた。
「ユイ、この上に座りなよ」
「そ、そんなの恐れ多いです……。私は立ったままでいいですから」
「だめだよ、僕と同じように座って休んでくれなくちゃ」
「それでしたらわたしは地面で……あ、ご主人様に買っていただいた服が汚れちゃいますね……。ではあの……座らせていただきます」
1人で遠慮して気づいて慌てて……可愛いなあユイは。
ユイの隣に座りたいけど、まずはユイの後ろに回り込む。
「ご主人様? お座りにならないのですか?」
「疲れてるだろうから、ユイの肩をもんであげたくってさ」
「そ、そんなのだめですよ……」
「僕はユイのお世話をしたいんだよ。それとも、僕に触られるのは嫌?」
「そんなことはないです! ではあの……お願いします」
よし、気持ち良くなってくれるといいな。
何気に僕はマッサージが得意なんだ。
練習できる相手が男ばっかりだったから、女の子にするのは初めてだけど。
ユイの華奢な肩にそーっと触れて、優しくもんでみる。
「ひゃう……」
「気持ちいいかな?」
「はい……幸せです」
よし、このまま続けよう。
これまで苦労していたからか、肩がすごく凝っているようだ。
あ、ユイは頭をなでられるのも好きだった。なでなで……。
「はふぅ……ご主人様ぁ……」
「ユイががんばってくれた後はさ……僕にこうさせてね」
「はい……。こんな素敵な気持ちになれるのなら……ずっとだって戦えそうです」
「うん、でも疲れたらちゃんと言うんだよ。僕は自分のことを正直に言ってくれる子が好きなんだ」
「好き……。えっと……実はさっきの戦いで少し疲れちゃいました」
あ、ちょっとだけ弱音を聞けてうれしい。
余裕で戦っているように見えたけど、僕に心配させまいと無理をしていたのかな。
「じゃあこうやって疲れを取ろうね」
「ふぁい……んー……」
遠慮なく甘えてくるこの感じ。
うんうん、いい傾向だ。
「ユイ、してほしいことがあったら遠慮なく言ってね」
「はい、正直にですね……。えっと……頭くしゃくしゃってされてみたいんです」
「うん、こうかな?」
ユイの髪の毛をくしゃくしゃっとしてみる。
女の子の髪の毛っていいなあ。
でもお手入れしてなくて痛んでるっぽいから……これもなんとかしてあげたいな。
「えへへー、気持ちいいです」
「ふふっ、でもユイの髪が乱れちゃったよ」
「それがいいんです……変ですねわたし」
「変じゃないよ。そうだ、今日の帰りにくしを買って帰ろう。ユイの髪を僕に梳かさせてね」
「はい……お願いしたいです」
「うん、正直でよろしい」
まるで恋人同士のようで楽しい。
早く奴隷の身分から解放してあげたいぞ。
その時までに、ご主人様と奴隷ではない対等な関係を築いておきたいな。
「ところでご主人様……わたしの髪は気持ち悪くないのですか?」
「え? なんで? すごく気持ちいいよ」
「だってあの……こんな醜い色をしています」
そりゃあ痛んではいるけど、素敵な黒髪だと思うのに……。
はて? そういえば街で見た女性は茶髪とか金髪ばっかりだったか?
ちなみに僕は茶髪。
そして好みは黒髪である。
「醜くなんてないよ。だって僕、ユイの髪の色が世界で一番好きなんだ」
「こ、この色がですか? 醜いと昔から馬鹿にされたのですが……」
「そうだよ。その色が好きなんだ。だから醜いなんて思っちゃだめだよ」
「はい……。この髪の色でよかったです……」
ユイの顔を覗き込んでみると、真っ赤な顔で照れながら微笑んでくれた。
うん……可愛い。
そしてなんかドキドキしてきたぞ。
なんかさっきから僕はユイを口説こうとしているような感じだ。
ちょっと話題を変えよう。
「そういえば……どうしてモンスターは急に出なくなったのかな?」
「あ、そうでした……。説明しますね。今はご主人様にモンスターが近づけなくなる結界を展開しています」
「そ、そんなこともできるんだ」
「はい、ご主人様のことを考えていればなんだってできますよ。先ほどはご主人様の財産と名声を高めることを考えて、モンスターを呼び寄せる念を発していました」
もうなんでもありだな……。
その根源が僕のことを想ってくれているから、というのが嬉しい限りだ。
「ユイはほんとすごいね」
「いいえ、この力をくださったご主人様がすごいんです」
「こんなすぐに使いこなせるってのはすごいことだよ」
「使いこなせるようになったのはご主人様のおかげですから」
お互いに譲らず褒め合う……なんか楽しい。
そしてユイのことがますます気になっていく。
「ご主人様、そろそろ座ってお休みになってください」
「あ、そうだね……じゃあユイの隣に」
「はい……」
小さな石に2人で座ると、肩がくっついてなんともドキドキする。
ちょっと積極的にいってみようかな。
「ねえユイ、肩に手をまわしていい?」
「はい……。でもわたしは奴隷ですよ。お聞きにならずとも……」
「奴隷とか関係無しにさ、僕はユイの嫌がることをしたくないんだ。だから正直に答えてほしいな」
「では正直に答えますね……。わたし……ご主人様にたくさん触ってほしいんです」
「そっか、僕たち同じ気持ちなんだね」
というわけで、おそるおそるユイの肩に右手をまわしてみる。
女の子ってやわらかいんだなあ。
そのまま左手でユイの頭をなでなですると、ユイが僕の肩に頭を預けてきた。
なにこれ……肩がすごく気持ちいい。
「ご主人様……わたしたちってまるで……」
「まるで?」
「あ! いえ、なんでもありません」
「まるで恋人みたいだよね、僕たち」
「えええっ! あ、あの……そ、そうですね……じゃなくて畏れ多いです……」
ユイもきっとそう考えていたんだと思うので、思い切って僕から言ってみた。
言ったはいいけど……恥ずかしくなってここから何も言えなくなってしまう。
自分のへたれっぷりがなんとも情けない……。
「ユイ、あのさ……」
「は、はい……なんでしょう」
「ちょっと早いけど、お昼ご飯食べようか」
「そ、そうですね。お腹すきました」
照れ隠しに全然違う話題を出してしまった。
ユイはがっかりしているのか、それとも安心したのだろうか?
「僕のカバンからパンを取り出してくれるかな?」
「はい、失礼しますね」
この程度のことは頼まず自分でするべきだけど、ユイの肩に置いた手を離したくなかった。
「どうぞ、ご主人様」
「うん、ありがと。じゃあ食べようか」
「はい!」
ユイはお腹がすいていたのか、おいしそうにパンを食べ始めた。
あれだけ運動したもんなあ。
明日からユイの食事は多めに用意したほうがいいかな。
「ユイ、おいしい?」
「はい! 朝に食べたパンとはまた違う味でおいしいです」
「そっか、よかった」
ほんとおいしそうに食べるから、見ていて気持ちがいい。
そのうち僕の手料理を食べてもらいたいな。
どんな顔で食べてくれるんだろう。
ユイを眺めていると、すぐに食べ終わったようだ。
足りないかもしれないな。
「ユイ、僕のパン少しあげるよ。僕って実は小食なんだ」
「えと……よろしいのですか?」
「うん、それにユイがおいしそうに食べる姿が可愛いから」
「そ、そうですか? では、いただきます」
少し照れた顔でパンを頬張るユイ。
それを見ながら、僕は幸せを感じるのだった。