68.悪徳商人の最後
ユイとリリィを奴隷から解放して5日。
僕らは相変わらずディーラさんの商売を手伝っていた。
ライバルとなるヴァルマンは、相変わらずいもしない敵に追われて逃げ回っているらしい。
風の噂によると、最近は幻影まで見るほど怯えているとか。
そうこうしているうちに、ヴァルマンの商売はディーラさんによって完全につぶされた。
やはりディーラさんは有能だ。
馬車で10日かかるガナードの街とランバールの街を、僕たちが一瞬で移動して荷物を運んだのも大きいらしいけどね。
それを有効利用してこの短期間で成功させるのはかなりの商才と言えるだろう。
もちろん娘のサーシャちゃんも商才を発揮して大活躍していた。
当のヴァルマンは、恐怖やら商売の失敗のショックやらで頭がおかしくなったと聞いた。
逃げる時に散財しまくった上、最後は給料未払いだった使用人にいろいろなものを持ち逃げされたらしい。
どこか遠くの街でホームレス的なものになったとかなんとか……。
悪人の最後はそういうものだろう。
特に見に行く気もないし、もう興味もない。
ただ、ユイのお母さんとヴァルマンの間にできた子……タニアのことだけは気になる。
ユイの唯一の肉親だし、なによりユイがすごく気にしてるんだ。
調べたところ、奴隷の身に堕とされてガナードの街の奴隷管理ギルドにいるらしい。
というわけで今から迎えに行くところだ。
ユイは妹を奴隷の身から解放してほしいと言っている。
でも僕としては、妹が昔ユイをいじめていたことがひっかかっている。
父親の悪影響も大きいだろうけど……。
着く前に、ユイには再度はっきり言っておこう。
「ユイ、もう1度確認しておくね。タニアは引き取るけど、奴隷から解放するかどうかはあの子しだいだよ。ちゃんとした子に更生できそうになかったら……ユイにとっては悲しいことになると思う」
「はい、わかっています。チャンスをいただけただけでも嬉しいです。わたしがしっかりと教育しますので……」
少しつらそうな顔のユイだけど、ここは厳しくしなくては……。
でも大好きなユイの願いを叶えてあげたいのもまた事実。
ユイの望む結果になるといいな。
奴隷管理ギルドでタニアを引き取りたいと伝えると、別室で待つことになった。
とりあえずまだ誰にも買われてなくてよかった。
しばらく待つと手枷と猿轡で拘束されたタニアがやってきた。
ユイを見てすぐに気づいたようで、ユイをにらんでいる。
いきなり生意気な姿を見せられているぞ。
ギルドの人は部屋を自由に使っていいと言って去って行った。
ではタニアと話してみようか。
「ユイ、タニアを自由にしてあげて」
「はい、ご主人様。タニア、今日からこの方があなたのご主人様のアルバート様だよ。拘束をほどくけどいい子にしててね」
ユイが敬語を使っていないのが新鮮だ。
タニアに対して敬語を使わないようにと言っておいたんだ。
やはりお姉ちゃんはお姉ちゃんらしくしてほしい。
タニアは僕を睨みつけている。
さて、自由になった口でなにを喋るのだろうか。
「はなせよー、この奴隷! わたしが奴隷になるなんてなんかの間違いだもん! パパのところに帰してよ!」
お父さんのヴァルマンがどうなったか知らないんだろうか?
知ってるけど認められないのかもしれない。
とりあえず、ユイを奴隷呼ばわりするのはやめさせよう。
「タニア、その子の名前はユイで君の姉だ。お姉ちゃんと呼ぶんだよ」
「なんでこんな奴隷が姉なのさ!」
生意気な子だなあ。更生させるのは難しそうだ。
というか、ユイが姉ってことを知らないのかな?
なんにせよ、かなり厳しくする必要がありそうだ……。
僕はタニアに近づき、頬っぺたを力いっぱいひっぱたいた。
「ひゃううっ! な、なにするのよぉ……パパにもぶたれたことないのに……」
「ユイ、その子を眠らせて。家に連れていくよ」
「はい……。タニア、眠っててね」
ユイの魔法で眠ったタニアのほっぺは赤く腫れあがっている。
思いっきりだったので僕の手も痛い。
やっておいてなんだけど、女の子を叩くのってつらいな。
でもこれも、タニアを更生させるには必要なことなんだ。
つらい思いをさせてごめんねユイ……。
「ユイ、その子が起きたらほっぺに回復魔法かけてあげてね」
「はい、ありがとうございます……」
僕の中でタニアが更生したかどうかの判定基準はこうだ。
ユイを姉として本気で敬い好きになるかどうか。
それができれば、タニアを奴隷から解放する。
そのために、僕はタニアに嫌われてもいいから厳しくする。
タニアにはまず、ユイだけが自分の味方だと思いこませるんだ。
ユイがタニアを抱っこし、地下の隠れ家へと向かうことにする。
あそこならタニアはまず逃げられないし、じっくり教育ができる。
うまくいくといいなあ。
「なんかあたしが初めてアルたちに会った時に似てるね。あたしもあの時生意気だったでしょ?」
「そうだね。あの時はこんなに仲良くなれるなんて思ってなかったよ」
「うん、あたしもそう思ってた。だからきっとこの子も仲良くなれるからさ、そんな悲しそうな顔しないでよユイ」
「そうですね、きっとこの子もご主人様の魅力に気づくはずです……」
それはないよ。
この子が気づくのはユイの魅力だからね。
僕は嫌われるだけさ。
ただ不安なのは、その過程でユイに嫌われちゃったらどうしようってことかな。
大丈夫とは思うけど……。
そして地下の隠れ家に戻った。
タニアをベッドに寝かせて、これからのことを話し合う。
この子にはまず、ここで掃除とかの仕事をしてもらおうと思う。
ユイが最初は自分に任せてみてほしいと言うので、任せることにした。
僕とリリィは部屋の外で様子をうかがう。
「タニア、起きてね……」
「ん……うーん……ほっぺ痛い……」
「治してあげるね……」
「あ……痛くない」
ここまで聞いた感じだと、なんかいい雰囲気だ。
タニアは今寝ぼけてるのかな。
「ってあんた奴隷じゃんか! ここどこなのさ!」
「わたしはもう奴隷じゃなくてユイだよ。お姉ちゃんって呼んでほしいな。ここはわたしたちのお家。今日から一緒に暮らそうね」
「意味わかんない! わたしのお家はちゃんとあるもん。パパのところに帰してよ!」
「タニア、よく聞いてね。あなたのお家は無くなったの。お父さんももう……」
「うう……なんでパパはおかしくなっちゃったの? お前がなにかしたんだろう! パパにいじめられたから仕返ししたんだ!」
タニアは自分の状況をよくわかっているようだ。
なぜ奴隷になったかもわかってるんだろうな。
自分のことを不幸だと思っていそうだ。
ユイがいることの幸運を知ってほしいものだ。
「タニアのお父さんはね、たくさん悪いことをしたからああなっちゃったんだよ。タニアはそうならないよういい子になってほしいな」
「わたし悪くなんてないもん! なのに奴隷なんかにされちゃったよ……もう終わりだよ……」
「大丈夫。お姉ちゃんね、奴隷じゃなくなったんだよ。ご主人様は優しいから、タニアがいい子にしてたら奴隷から解放してくれるよ」
「そんなの……信じない!」
走る足音が聞こえる。
タニアが逃げてこっちへ走ってきたようだ。
僕はそれをあっさり捕まえる。
これはまたおしおきしなきゃいけないかな……。
「うう! 離してー!」
「逃げようとするなんて、まだ自分の立場がわかってないみたいだね」
「きゃああーっ!」
「ご主人様っ!」
僕がタニアのほっぺたを叩こうとした瞬間、ユイがタニアをかばった。
その結果……僕はユイを叩くことになってしまった。
うう……ユイを叩くなんて一生ないと思ってたのになあ……。
「ユイ……」
「ご主人様申し訳ありません……。タニアはわたしがしっかり教育しますので、許してあげてください」
ユイの目は真剣だな……。
ここは任せてみようか。
「じゃあユイに任せるよ。僕はリリィと出かけてくるから、ここの掃除をタニアにやらせておいてね。あと、今逃げようとしたことのおしおきもユイが代わりにするんだ。そうだね、お尻叩きでもしてもらおうかな。甘やかしたりしたらタニアを捨てるからね」
「はい……」
厳しいことを言っているが、これはタニアを怯えさせて僕を怖がらせるためだ。
ユイの頭に触れ、本心は心で会話して伝えておこう。
『ユイ、おしおきの方法も全部ユイに任せるよ。でもあんまり甘やかしすぎないでね。明日帰ってくるからしっかりと頼んだよ』
『ご主人様……ありがとうございます』
そして僕とリリィは2人で外に出た。
しばらくどこかで時間つぶしをしていようかな。
「アル、大丈夫? 厳しくする演技って大変でしょ」
「あ、気づいてたんだね。ユイの願いを叶えるにはこうするのが早いかなと思ってね。ユイにはつらい思いさせちゃうかもしれないけど……」
「大丈夫。ユイだってアルの本心は気づいてるはずだよ。ユイはあたしよりアルのことをよく知ってるんだからさ」
「そうだね……」
うん、リリィの言うとおりかな。
ユイを信じて任せるとしよう。
戻って来た時はユイとタニアが仲良くなってたらいいな……。




